作品タイトル不明
263 昇竜杯(12)
観覧席では、もはや誰もが言葉を失っている。
先程まで当てずっぽうで、
『まさかすでに四大精霊全てと契約を済ませているとはな……』
『あぁ……こりゃ驚いた……さすがアレン・ロヴェーヌ、といったところか……』
などと知ったかぶっていた妙に目の肥えた事情通二人組すらも、一言も声がない。
モニターに映る 戦場(フィールド) は、炎の海と煙に覆い尽くされ、地獄のような光景となっている。
アレンは精霊に語りかけ、手に握った杉の枯れ枝に着火した。
それだけでも観客たちは仰天したのだが、その時点では種火がアレンの足元で燃えていたに過ぎなかった。
だがアレンはその種火を身に纏うようにして、一本杉を起点に北東へと広がる杉の樹林帯へと走りこんだ。
アレンと共に、樹林帯を覆っていた杉の枯れ枝の下に潜り込むように種火が風と通り抜けていく。
火はあっという間に燃え広がった。
もちろん全ての枯れ枝がカラカラに乾燥していたわけではないので、生乾きの枯葉や若草が燻ぶった事で真っ白い煙が森を覆い尽くしている。
警戒心が強く、たまたま立ち位置もよかったファットーラ王国のリオネラは途中でまずいと思い辛くも樹林帯を脱出したが、帝国代表のエクレアは完全に炎と煙に巻かれて逃げ場を失っている。
『げほっ、げほっ! ぐっ……どちらに行っても風下になる……! 出てきなさい、アレン・ロヴェーヌ!』
魔力ガードで何とか凌ぎながら煙の吹いてくる方にどんなに進んでも、アレンの姿は影も形もない。
すでに方向感覚を完全に失っている事に加え、煙で視界が完全に閉ざされている今、風魔法で完璧に相手の動きを把握しているアレンの事を捕まえられるはずがない。
肺を焼く程の熱風と煙が執拗にエクレアを襲い、余りの息苦しさにエクレアはじりじりと、だが確実に後退させられている。
「まるで山焼きの火勢ね……恐ろしいわ」
山焼きとはその名の通り、大勢の火の魔法士などで山を取り囲み、山を丸々焼くことだ。
この世界では、危険な魔物が繁殖した時などに駆除目的などで行われる。
カタリーナがそう呟くと、ムジカもまた険しい顔で頷いた。
「ええ……あっという間に燃え広がりました。本当に恐ろしい」
もちろん両者は、もし自分があの中にいればどう打開するか、あるいはもっと先、森林での戦になった時への影響にまで想像を巡らせている。
「信じられないけれど…………精霊は存在するのね?」
カタリーナはアレンの映るモニターを見ながら、そう言って首を振った。
煙で見えにくいが、アレンは燃え盛る炎と煙の中で腕を組み、黙然と立っている。
そうして、たまにエクレアの動きに合わせて悠然と歩くのだが、なぜかアレンが歩く先の炎はまるで幻だったかのように弱まっていく。そうして通り過ぎた後、また炎がメラメラと燃え広がっていくのだ。
まるでアレンの歩く道を炎が避けているかのように――
自然に燃焼している炎の強弱をコントロールする事など、火の性質変化を持つ者でも絶対にできない。
カタリーナのこの問いに、ムジカは首を横に振った。
「……わかりません。先ほども言いましたが、アレン・ロヴェーヌ君が考えていることは誰にも分かりません。ですが彼は言っていました……『この世の全てに 八百万(やおよろず) の精霊が宿っている。精霊はいるさ……皆の心の中に』と――」
この分かったようで、さっぱり意味が分からない説明は、もちろんアレンがノリで厨二ムーブを繰り出しただけなのだが、眼前の光景と併せて聞くと何やら途轍もなく深い意味がありそうな気がしないでもない。
ちなみに炎がアレンを避ける現象に、種明かしというほどのものはない。
もちろんアレンが練習している風魔法に関係がある。
『燃える』、という事が何を意味するのかを知っている日本人には詳しい説明は不要だと思うが、要は移動方向の酸素濃度を調節しているだけだ。
空気を薄めたり、風を止めて酸素の追加供給を絞ると当然火の勢いは落ち、再び十分な酸素が供給されると空気口が開かれた薪ストーブのごとく再燃し出す、というだけの事だ。
もっとも、これは無敵のバリアーという訳ではない。
体外魔法にも効果は見込めるが、丹念に練り上げられ、高速で飛んでくる魔法を瞬時にかき消すには、術者以上の技量を必要とするだろう。
例えばアリーチェやプリマの魔法であれば、アレンのこの真空もどき防御は容易く突き破ると思われる。
モニターを見ると、エクレアは自分がどこに追い詰められていたのかを把握し、絶望をその顔に浮かべたところだ。
「……なるほど。初めからそれが狙いってわけね……」
カタリーナはアレンの狙いを理解して、淡々とそう呟いた。だがその背中には嫌な汗が流れている。
炎の壁に囲まれ、じりじりと誘導されながら後退したエクレアの後ろには四番ゲートがある。
ゲートの外に逃げ場はあるが、当然フィールドの外に逃げると失格になる。
そうすればロザムール帝国の敗退は、タイムアップを待たずに確定する。
『げほっ! げほっ! 私がっ! 私が、アリーチェ様の三連覇の栄冠に……帝国の未来に影を差す訳にはっ!』
逆に言えば、この火と煙の地獄の中でタイムアップまで粘れば、悪くても同点優勝となる。
性質変化を伴わない炎でいくらダメージが入ろうとも、ユグリア王国には得点が入らないからだ。
エクレア一人が犠牲になれば、勝利への道は開かれているのだ。
……たかが競技に、命を懸ける覚悟さえあれば。
そんなエクレアを嘲笑うかのように、アレンは虚無の顔で容赦のない猛烈な炎風をエクレアへと送り込む。
エクレアはとうとう地に膝を突いた。
唇を噛みながら苦し気にモニターを見守っていたアリーチェが、堪らず四番ゲートの方へと走り出す。帝国一年生代表のキャバリアはそれを追いかけていった。
「…………容赦が……ないですね、監督。普段はあんなにやさしいのに……」
ドルはプリマの感想には返事をせず、無言でじっとモニターを見ている。
するとアレンは、お面を片手で押さえながら天を仰ぎ、炎の中で『くっくっく……ひゃーはっはっはっ!』などと高笑いを始めた。
その異様な光景に、会場中が息を呑む。
ドルは首を振った。
「…………あれは……『闇堕ちして魔族にいいように利用された挙句、ボロ雑巾のように捨てられた悲しき人間』の真似です。……一体何を考えているんだ、アレン……」
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「くっくっく……ひゃーっはっはっはっ!」
全くもって笑うしかない。
…………熱すぎて死にそうだ!