軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

241 帝都への旅路

ロザムール帝国の帝都オリンパスはドスペリオル家が治める古都ラベルディン等と並び、この大陸でも有数の永い歴史を持つ 都(みやこ) だ。

そしてその美しさを大陸一と評する向きも多い。

オリンパスには、代々帝国を統治するロザムール家の権威の象徴たるオリンパス城やマリラード宮殿と並び、街を形作る特徴的な建造物がある。

近隣の水源からこの大都市に水を供給している水道橋だ。

中でも最も歴史があって大規模なものは遥か霊峰インディアナ山から水を運んでおり、百数十キロメートルにも及ぶ始点と終点で、その高低差は二十メートルもないとされる。

これらの水道橋は、その建造技術、建築物としての美しさ、そしてこの国に今なお残る身分制を具現化したものとして、重要な意味を持つ。

ロザムール帝国には大きく分けて四つの 階級(カースト) がある。

頂点には支配者階級、即ち戦士(貴族)の階級があり、この階級は労働を卑しいものと捉え、武力で以て財を成す事を美徳とする。

近頃はややマイルドになりつつあるが、それでも戦争のみで生計を立てることが戦士の誇りと公言する者も未だに多い。

その下に生産階級、即ち農工商人階級があり、ここまでが上位階級といわれ、国外へ商いに出る事が許可されるなど身分的な特権があるといえるだろう。

生産階級の下には隷属階級がある。これは『人に使役される事』が生まれながらに定められている階級であり、この身分に生まれると十分な教育すら望めず、自力で立身出世するのはほぼ不可能と言っていい。

帝国民で最も人口の多い階級だ。

最後は『それ以外』、即ち帝国民の階級の外側にいる者たちである。

人としてすら認知されていない最底辺であり、犬猫のように上位カーストの者に『所有』されていることもある。

この街は美しい。

四方の山々の湧水を帝都へとしずしずと運び、街の至る所で美しい水を際限なく利用する事を可能としている水道橋。

長久の年月と人の手が掛けられ続けているその長大な石橋を象徴として、整然と整備された緑溢れる美しい街並み。

身分によって明確に居住区画が分けられ、観光客の目に見せたくない現実が、彼らに触れることは決してない。

帝都オリンパスは……ロザムール帝国とは、そんな場所だ。

ドラグレイドを出立した俺は、魔導列車を乗り継ぎ一路北へと向かった。

途中で少し問題があった。

ロザムール帝国との国境にある街ミンスへと来たところで一悶着あり、足止めを食らったのだ。

国境の谷あいにあるミンスは、ユグリア王家の直轄領だ。

より正確に言うと、街の中程にロザムール帝国との国境があり、重厚な壁によって南北がきっぱりと分かたれており、壁の南側はユグリア王国、北側はロザムール帝国という形で両国により共同統治されている。

有事の際は国境を管理する門が固く閉じられるが、平時におけるミンスは人々の往来も含め、貴重な外交チャンネルの一つとなっている。

問題は、国境の街ミンスで王立学園生アレン・ロヴェーヌとして国境を越えようとしたところで起きた。

ティーボという名のこの街の責任者とかいう偉そうなおじさんがすっ飛んできて、色々と悪目立ちしている俺が単身帝都へと入るのはあまりによろしくない、せめて魔鳥で帝都に外遊中の陛下から正式に許可を取って書類を揃えるから数日待て、などと言われて止められたのだ。

俺はこれに猛反発した。

王立学園生は申請すれば入国および昇竜杯の見学は一律認められると聞いており、俺は予め申請を出していたからだ。

そりゃ集合時刻に遅れたこちらにも落ち度はあるが、遅刻くらいで陛下の許可など、いくら何でも大袈裟すぎるだろう……。

納得がいかず『へーきへーき』などとごねていたのだが、しまいには『豪胆が過ぎるぞ、アレン・ロヴェーヌ殿!』などとキレられたので、俺は渋々諦め――

るフリをして、その足で探索者協会へと向かった。

護衛の依頼か何かを受けて探索者レンとしてさっさと国境を越えてしまおう、と考えたからだ。

探索者が仕事で国外へと出ることは全て自己責任の範疇であり自由だ。それなら国にとやかく言われる事もない。

だが、この一悶着のお陰で俺は意外な出会いをこの街で得た。

偶然にも、元りんごの家のメンバーでこの国境の街で頑張っている兄貴分達に出会ったのだ。

ミンスの探索者協会は、両国の探索者達が入り混じり絶えず怒声の飛び交う実に刺激的な支所で、名を名乗ると偶然近くにいたベリオさんという人に声をかけられた。

俺が加入する半年ほど前までりんごの家に所属していた人で、この国境の街ミンスで一旗揚げて王都で仕事にあぶれているチビ達の受け皿を作る、と言って仲間達と共にこの街にやってきたという、言わば兄貴の兄貴だ。

今はこの街で『りんごの木』という名前の互助会を立ち上げ、慣れない街で悪戦苦闘しつつも少しずつ活動の幅を広げているらしい。

俺のことはアムールとロイの兄貴達から手紙で知らされていたらしく、『弟達が世話になった』などと涙ながらに感謝され、伝手を使って何とか国境を越える護衛依頼に俺を押し込もうと四方八方に働きかけてくれた。

互いに助け合うから互助会であり、俺もりんごからは沢山のものを受け取っているので感謝される筋合いはないのだが、家族みてぇなもんなのに遠慮なんてすんな! などと言われ、俺は恐縮しながらも甘えさせてもらった。

その笑顔にどことなくおやっさんや兄貴達に通じる人情味を感じ、家族が背中を押してくれているような暖かさを覚えたからだ。

結果的には、俺がこっそり国境を越えようとしている事がティーボさんの耳に入り、俺は正規の伝令として帝都へ向かう道中だった騎士団員のジャスティンさんと正式に国境を越える事になった。

だがここで紡いだ縁は、受けた親切は、きっと『りんご』に返す。俺はそんな事を考えながら生まれて初めてユグリア王国を出た。

「ぷっ! あっはっはっは! 相変わらずだね、アレン。ミンスで出国できなくて困ってるかもとは思ってたけど、まさかこの状況下で一般人として帝都オリンパスに潜り込もうとしてるとは思わなかったよ。……ティーボさんにも悪気はないと思うよ?」

帝都オリンパスへと向かう寝台列車の特等客室へと入ると同時に、ジャスティンさんはそう言って破顔した。

それは俺も分かっている。

当初はその紋切り型の役人対応に閉口していたのだが、ティーボさんに『豪胆が過ぎるぞ、アレン・ロヴェーヌ殿! 貴殿の身の安全を心配して言っているのだ!』などと言われ、それが口先だけの言葉ではないと思ったから、大人しく引き下がったのだ。

向こうも仕事だし、さぞ迷惑な事だっただろう。

だが……俺にも譲れない物はある。

「…………分かってますよ、ジャスティンさん。任務中にお手を煩わせてすみません」

ジャスティンさんは、何やら魔鳥の遠距離通信では済ませられない重要な報告があるとの事で、直接陛下に伝達するべく帝都オリンパスへと向かっていたらしい。

その道中、ミンスで俺が秘密裏に国境を越えようとしているという動向をキャッチして、任務に同行させてくれるよう便宜を図ってくれたようだ。

「ふふっ。別に構わないよ。僕の任務はマッドドッグという近頃名を売っている探索者が、つい先日ドラグレイドで起こしたとある事件の報告を陛下の耳に入れる事だからね。アレンと同行する事は理に適ってるし、元から出来ればミンスで合流したいと思っていたのさ。アレンと面識のある僕が伝令に抜擢されたのも、それを見越しての事だろうしね。ぷっ! ドラグレイドの基地司令のロンフォさんから、心のこもった長い長い お手紙(報告書) がオリーナ団長に届いたとかで、デューさんが白目になってたよ?」

にやにやと笑うジャスティンさんにそう言われ、俺はうんざりした。

どうやら騎士団から指名手配を掛けられていたらしい。

「……一々陛下の耳に入れるような事ではないと思いますよ……。そのマッドドッグとやらがどこのどいつで、何をしたのかは知りませんけどね」

今回、俺は確かにやらかしたという自覚はある。

だがあの方法以外に生き延びる術が思いつかなかったし、しょうがなくない?

どんな大発見も、死んだら意味がない。

……とにかく何を言われても不可抗力の事故と言い張るしかないな。

「で? アレンは何しに帝都へ行くの? まさか今回もただの観光かな?」

ジャスティンさんが目をきらきらと輝かせてそんな事を聞いてきたので、俺は大いに頷いた。

「もちろん観光です! メインは昇竜杯の応援になりますけど、時間の許す限り帝都を見て回りたいなと」

「あっはっは! 荷物に紛れ込んででも国境を突破しようとしていた君の目的はやっぱり観光なんだ? 相変わらず楽しそうだね!」

な、なぜそれを……。

確かに他に手が無ければそれも最後の手段として検討はしていた。

何があっても行く。どうしても行く。

そう勝手に自分で決める事が、物事を進展させるコツだ。

「デューさんに、合流したら決して クソガキ(アレン) から目を離すなって指示されたんだけど……アレンとこの時期に帝都観光とは、役得だなぁ。参考までに、どこを見て回るか聞いていい?」

ジャスティンさんがルンルンとそんな事を言ったので、俺は嬉しくなった。

あの王立学園を首席で卒業したにもかかわらず、相変わらずこの人は気取ったところがまるでない。

「それはこれから考えます! さっき売店で『帝都の歩き方』とかいうガイドブックが売ってるのを見ました! ちょっと買ってきます!」

俺がそう言って席を立つと、ジャスティンさんはひらひらと手を振った。

「はーい、行ってらっしゃいアレン。あ、ついでに水買ってきて?」

「了解です!」

俺はそう言って客室を飛び出した。

師匠に目を離すなと言われているにもかかわらず、即行で目を離すところが実にジャスティン先輩らしい。

だが――

仕事はできるのにさぼる気満々の先輩と海外出張とは、これはこれで何やら楽しくなってきたぞ?