軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 BBQ串君

アレンが夜行列車で旅立った三日後。

「フェイのやつはまだ 研究室(ラボ) に篭っているのかい?」

ドラグーン邸の敷地内に建てられている代々受け継がれてきた研究室の入り口で書類整理をしていた秘書の セイレーン(セラ) は、その訪問者を見て慌てて立ち上がった。

「これはメリア様。はい、フェイ様は相変わらず研究室に篭りきりで、例の金属製の棒のような物を調べております。久々に魔道具士としてのスイッチが入っておりますよ。それはもう、かつてないほどに」

その報告を聞いてメリアはますます顔を顰めた。

「全く、あれだけ恋だの愛だのと入れあげておいて、見送りにすら行かないだなんて……私の夫もそうじゃったが、魔道具士という生き物が考えることは未だにさっぱりわからない」

そう言ってため息をつくメリアに苦笑を返しながら、セラは研究室のドアを開けた。

「フェイや、いつまで実験室に篭ってるつもり……何してるんだい?」

メリアにそう声をかけられて、フェイは顕微鏡から顔を上げた。

顕微鏡の下にはアレンの言うBBQ串君――ではなく、 ガラス板(プレパラート) が設置されている。

「ぷっ! OK、アレン。そういうことね」

その猫科の肉食獣のような目は爛々と輝いている。

「……アレン・ロヴェーヌの出立を見送りもせず、いったい何をしてるんだい……落とす気あるのかい!?」

フェイはにこにこと笑いながら頷いた。

「もちろんあるよ? おばあさま。でもアレンが今僕に求めているのは、健気な見送りじゃあないからね?」

そう言って、脇に置いてあった銀白色の 金属棒(BBQ串君) を手に取り光にかざす。

「……アレン・ロヴェーヌは今回のサトワの依頼でゴーレムを復活させる鍵を見つけてくるかもしれない……確かそういう話だったね。まぁあたしも話半分に聞いていたが、それもあってお前が予算無制限で何をしようとも小言一つ言わなかった。あの状況じゃ、ドラグーン家としては動かざるを得なかったしね。……まさかそのカエルをぶっ刺して焼いたBBQ串君とやらが、その鍵なのかい?」

フェイは楽しそうに首を振った。

「ぷっ。多分だけど、この棒はそれとは関係ないかな。……アレンはあの時言ったよね? これで遺跡の自動で開くはずのドアをこじ開けたって。そう、巣の手前にあって、恐らく今もまだ無事だと思われるその倉庫のドアをね。……先端に僅かに付着していたこの不思議な結晶。これが恐らく『鍵』だよ」

フェイがそう言って顕微鏡の下にあるガラス板を指すと、メリアは呆れたように口をあんぐりと開けた。

「な、なんだい、それじゃそれ自体はやっぱり、ただの棒なのかい?」

フェイは再び首を振りながら楽しそうに笑った。

「きゃははは! この棒が何なのかはさっぱり分からないよ、おばあさま。少し物性を調べたけど、硬度も融点も桁違いに高そうだ。まるで伝説に出てくる、『神の三金属』の一つみたいにね?」

フェイが事も無げにそう言うと、メリアとセラは揃って仰天した。

「か、神の三金属、ですか。あの発見すれば小国を国ごと買えると言われている……現存するのはステライト正教国に秘宝として伝わるヒヒイロカネの神槍のみで、それすら眉唾物と言われておりますが……」

フェイはにこにこと笑って頷いた。

「まだ確信は無いけどね? もし本物なら、これはヒヒイロカネではなく、いくつものありふれた鉱物を合成して作るとされる究極の多元合金、『 十元合金(じゅうげんごうきん) 』のBBQ串、という事になるだろうね。ぷっ。えーっとおばあさま? 今回の件では随分お金を使ってごめんね?」

「…………ふんっ。はっきり言って、もしそれが本物なら今回の出費なんて鼻くそ以下だよ。まるで釣り合いが取れていない。……どうしてアレン・ロヴェーヌは、あんな渡し方をしたんだい? 言葉を少し変えるだけで歴史に名を残して、このドラグーン家に途方もなくでかい恩が売れるのに。……意味が分からないよ」

フェイは楽しそうに小首を傾げた。

「ふふっ。あの場で恩着せがましく言ってほしかったの? サトワや騎士団の皆がいる場で?」

「…………ドラグーン家に対して他国や他勢力から余計な疑念を生ませない、その為にあんな道化を演じたってのかい? 後からこっそり教えるなり何なり、いくらでも恩の売りようはあるじゃろう」

フェイは前髪を掻き上げながら当然の事のように頷いた。

「それがアレンだよ、おばあさま。一人だけ別の次元を生きている。今回は偶然、何ヶ月も前からアレンが本気で仕込みをしているのを知っていたから、何をやるのかと思ってわくわくしていたけど……予想するのがバカらしくなるほど、いつも想像の遥か斜め上をいく」

メリアは近くにあるソファーへと腰掛けてから、ポツリと言った。

「……王国騎士団の調査チームにより、ルートゼニア鉱山遺跡の深部で死骸が確認された。遺跡の方は最深部の崩落が酷くエリア81の方から開通工事をして確認する事になるじゃろうが、少なくとも炭塵爆発を利用してシュタインベルグを単独討伐した事は間違いないじゃろう。……確かゴーレムの素材集めの手伝いも、腕を失った友達のため、だなんて言ってたね? それじゃ本人は得る物が何もないじゃないか……命懸けで、これだけの仕事をして、名誉すらない。いやそれどころか、いつかこの恩は返すなんて言ってたよ?」

「きゃははは! アレンにとっては大した事じゃないんだろうね。世紀の大発見も、伝説の魔物の討伐も。だから興味がない。それだけの事さ。全く、嫌になるよね? 見ている世界が違いすぎて」

そう言ったフェイの顔は、どこまでも嬉しそうだ。

「……あんたは王都へ魔道具開発の拠点を移すために、莫大な投資をしたいって相談をしにきた時、反対する私にこう言ったね? 『今動かないと、アレンの『スピード感』についていけなくなる。それはドラグーン家の当主として許容できない』。……いったい何があやつを突き動かしているんだい?」

珍しくにがりきった顔をするメリアを見て、フェイは再び吹き出した。

「ぷっ! それは僕にも分からないよ、おばあさま。アレンがなんであんなに生き急いでいるのかはね。普通に考えたら、戦争を見据えているのだろうと思うけど……アレンだからね? ……遺跡を吹き飛ばした炭塵爆発は、もちろんカエルに追われて止むに止まれずだったのかもしれないし、もしそうだとしても責められる事じゃないけど――」

フェイはそこで一旦言葉を区切り、そのライオンを思わせる目を爛々と輝かせた。

「アレンはきっとこう言ってる。過去に縋るなって。僕ならできるって。伝説を超えてみせろって……アレンはそう言ってるんだ!」

メリアは頭痛を覚えてソファーへと沈み込んだ。

伝説の魔道具士、ムーン・ドラグーンが、どれ程の領域にあったのかを理解していない人間は、ドラグーン家には一人もいないだろう。

ドラグーン家が誇る歴代のどれほど卓越した魔道具士も、その残された僅かなヒントから模倣品を作る事に生涯を捧げ、そしてその雲上に輝く星に手を伸ばす空虚さを思い知らされて生涯を終えた。

その中には今は亡きメリアの夫、つまりフェイの祖父も含まれる。

ましてやそれを超えろなどと……しかもそれを信じて、二度と戻らない人類の宝を木っ端微塵に吹き飛ばすなんて事をする人間が、この世にいるはずがない。

ただでさえ、次の大戦は国家存亡を懸けた大規模なものになると噂される物騒な時勢なのだ。

だが、未だあどけなさが残る孫娘は自分なら出来ると頭から信じ、真正面から雲上へと挑もうとしている。

メリアとしては、その青臭さに閉口するしかない。

「ふふっ。逃がさないよアレン? アレンがどれほどの高みへと進んでも、僕はついていく。そしていつか必ず――」

自分の前ではいつもにこにこと愛想笑いを絶やさず、絶妙なバランス感覚を決して崩す事のなかった孫娘が、好戦的な笑みを浮かべて溢れる感情を隠そうともしていない。

殻を破ったばかりだと思っていた可愛い雛鳥の横顔がふと 凰(おおとり) に見えて、メリアは思わず自分に苦笑を漏らした。

「――フェイルーン・フォン・ドラグーンは、いつか必ず、実力で君の隣に堂々と並び立つ!」