軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 王立学園

林間学校から一同が戻り召集された臨時職員会議。

会議の責任者はこの学園の理事長、ミハル・シュトレーヌ。彼女はこの王国に3家しかない公爵家の人間で、現王パトリック・アーサー・ユグリアの叔母に当たる。

この教育機関の理事長は、伝統的にユグリア王家、もしくはいずれかの公爵家から出される。

民が愛する国――

この国の初代国王、アーサー王はその基本理念を繰り返し述べた。その為には広く人材を登用すべきとも。

この王立学園卒業の金看板が、有名無実のお飾り学歴ではなく、絶対的な最高学府としての実力と権威を維持してこられたのは、ひとえにその理念を貫くという、ユグリア王家の鉄の意志と努力によるところが大きい。

そして王家に人材がいない時は、伝統的に文武を重んじるシュトレーヌ家を中心に、いずれかの公爵家が補助をする。

会議の議題はもちろん、1-Aクラスの林間学校のスコアをどうするか? というものだ。

「という訳で、これ以上拠点防衛戦を続けるのは事実上不可能と判断し、わしは降伏を申し出た。何か質問はあるかの?」

ゴドルフェンはそう言って、林間学校で1-Aクラスがこなした内容の大まかな報告を終えた。

事実を詳細に纏め上げ、かつ的確な所見が添えられた資料は、彼らに同行し、つぶさに内容を視察した王国騎士団第五軍団副軍団長のティムが纏めている。

彼もまたこの王立学園の卒業生であり、戦闘面だけではなく、その事務能力が抜群に高い。

特に王国騎士団の、主に第五軍団の人事面の実質的な責任者であるティムは、その自身の好みによらない公正な人材分析能力に定評がある。

この場に集められたのは王立学園の理事長以下、教員たち並びに一部の関係者だ。

誰もがその想像を絶する内容を聞いて、報告書を手に茫然としている。

そんな中、笑っている人間が1人。

参考人としてこの場に招集されている、王立学園所属の魔物食材の研究者、ソーラだ。

彼女が寮母を務める一般寮、通称犬小屋には1-Aクラスの生徒全員が入居しており、彼らの私生活面を最も把握している人物と言えるだろう。

「ひゃっひゃっひゃっ! ひゃっひゃっひゃっひゃっ!

ああ面白い。

王国騎士団で副騎士団長まで務めたあんたが、生徒に『泣かしてやるから全力で攻めてこい』と挑発されて、大人気なく全力で攻めた挙句、見事に全滅させられたのかい?

ひゃっひゃっひゃっひゃっ!」

ソーラは手を叩いて笑っている。

「楽しそうですね、ソーラ・サンドリヨン女史……」

こう言った副理事長のムジカ・ユグリアは複雑な表情だ。

生徒たちの成長は素直に嬉しい。

だが、自分たちで 伸ばした(・・・・) という手応えがない上に、自分たちの知らない間に想像を遥かに超えて成長しているという事実を、教育者として 諸手(もろて) を挙げて歓迎する訳にはいかないだろう。

「そりゃそうさね。

あの子達がどれほど自分を律してストイックな生活を送っているかは、私が誰より分かっている。あの子達はみな私の子供も同然さ。我が子が発表会で活躍して、嬉しくない親はいないだろう。

尤も…… アレン(坊や) は今ほど寮生が増える前から、『この寮は天国』とか言っていたけどね」

ティムは苦笑して頷いた。

「入学当初、不正の嫌疑がかけられていたことは聞き及んでいますが……

やはり尋常ではないほど負けん気が強いですな」

「ひっひっひ。

他の子達はともかく、坊やのあれを負けん気や反骨心と捉えていると見誤るよ。

……ある時、あの坊やはこんな歌を口ずさんでいた」

そう言ってソーラが口にしたのは、誰も聞いたことがない、どこか物悲しいメロディの歌だ。

歌詞は、蛍の光や窓辺の雪を頼りに 書(ふみ) を読む月日を重ねたが、とある朝に自分は扉を開けて誰かと別れいくという、壮絶な内容になっている。

間違っても鼻歌気分で歌う内容ではない。

「初めて聴く歌だったから坊やに何の歌かを聞いたら、オリジナルだと言っていた。確かに、窓の外の雪の白さを頼りに勉強するような境遇に比べたら、どこだって天国だろうさ」

会の進行を務める副理事長のムジカが、その顔を引き攣らせつつ首を捻る。

「あ、アレン・ロヴェーヌ君が歌、ですか。王都出身者や高位貴族の子息令嬢には音楽を嗜んでいる者も珍しくありませんが、少々意外ですね。

……いくら田舎の裕福ではない貴族とはいえ、流石にそこまで困窮していたということはないと思うのですが……」

「……そう思って聞いてみたら、例の家庭教師から歌詞を連想したとの事だったね」

このアレンの口から出まかせを聞いて、ゴドルフェンは肩を震わせた。

「歳をとると涙腺が緩くていかんのう。

ゾルド氏ほどの人物が、なぜ世に出ておらんのか不思議じゃったが…………どれほどの不遇を託って生きてこられたのか、わしのような境遇に恵まれた凡人には、想像もつかん。

氏にせめてもう少し人としての欲があれば、間違いなく不遇を跳ね返し世に出ていたであろうに……惜しいのう」

ティムは唸った。

「うーむ……

時間は有限、一般寮での清貧など綺麗事だと頭から決めつけておりましたが、彼らの不屈の闘志、チームワークを見せつけられた今となっては、考えを改めざるを得ない。

……彼らの目線の高さは異常と言っていい。皆が皆、あのレベルにいるという事は、やはり共同生活で培われたものと考えざるを得ませんな。

精神力というのは定性的で、スコアをつけるのは難解極まりないが、彼らの何が群を抜いているのか一つだけ挙げろと言われれば、私なら精神力と答える」

ムジカは、アレンが前世銭湯の閉店を想起しながら風呂上がりに歌った鼻歌のせいでしんみりとした会議室で、努めて明るく声を出した。

どれほど採点が困難でも、スコアはつけなくてはならない。

「な、難解ですが、スコアは出さざるをえません。一つずつ想定を評価していきましょう!」

そう言って、皆で意見を擦り合わせてスコアをつけていく。

導き出されたスコアは、驚異の5250。

50の基礎点に難易度70が掛けられ、さらに達成度150%などという、意味不明のパーセンテージが掛け合わされている。

「……まさか120年前に打ち立てられた、不滅の大記録と言われた 4320(あの記録) を、到着順位5位で更新するとは……」

2年Dクラスの担任をしているジェフリーがそう言って首を振ったところで、ゴドルフェンは重々しく口を開いた。

「実はのう。

この第五想定には続きがある。まだ理事長にしか話しておらんが、ティムには何となく分かっておるじゃろう。

……わしが北の拠点でアレン・ロヴェーヌとベルド・ユニヴァンスに降伏を申し出たところ……小僧に説教されたんじゃ。

『百折不撓』が この程度(・・・・) の事で諦めてどうする、とのう」

みなゴドルフェンが何を言っているのか、理解が追いつかずポカンとした。

ティムが纏めた報告書には彼が戦死した後の事は書かれていない。

一旦戦闘に加わったからには、視察を続ける事はできないからだ。

そこにいるだけで内容、結果に影響を及ぼす可能性がある。

「……時間が合わない。もちろんその事には気がついておりました」

ティムが感情を消した顔でそう言うと、ゴドルフェンは頷いた。

「その先は、あまりにも様々な面への影響が大きいと判断し、わしの判断で一旦伏せた。

そして先程理事長と相談し、この歴史と伝統ある学園の誇りを守るためには、一時の屈辱は受け入れ、諸君らこの王立学園教師陣には共有すべきと判断した」

皆が一斉に理事長、ミハル・シュトレーヌの方を向く。

「すでに陛下にも相談しています。一任、との事でしたので、わたくしの判断で共有する事にいたしました。ですが、 この先は(・・・・) 秘匿レベル4とされました。他言無用ですよ?」

ミハルは険の無い顔にニコリと品のいい笑顔を浮かべた。

皆がごくりと唾を呑む。

林間学校の採点で、陛下に相談とは……?

そんな心の声が聞こえてきそうだ。

「つ、つまりその後も自主的に想定を継続されたという事でしょうか? 到着順位の占める割合が大きいこの林間学校で、いったいなぜそんな事を……」

ムジカの質問に、ゴドルフェンは淡々とした口調で返答した。

「ふむ。

アレン・ロヴェーヌは、降伏を申し出たわしに、こう言ってのけた。

『スコアなどどうでもいいから好きにしろ、俺たちはまだ遊び足りない、最後まで付き合え』とな。

そして翌日のタイムリミットまで、ベスター・フォン・ストックロードの指揮で、全員でわしを本気で 殺(と) りにきた。

このゴドルフェン・フォン・ヴァンキッシュを、本気で 殺(と) りにきたのじゃ。

結果はタイムアップで引き分けじゃったが、下手したらやられていてもおかしくないところまで追い詰められた」

そう言ってゴドルフェンは、目を細めて白髭を撫でた。

「ち、ちょっと待ってください……

彼らに将来この国を背負って立つほどの、類稀なポテンシャルがある事は認めます。

準備をして待ち構えている防衛側が有利である事も間違いないでしょう。

それでもです。

流石に翁がそこまで追い詰められるというのは、ちょっと考えられないのですが……

そもそも、では仮にアレン・ロヴェーヌ君が延長を申し出なければ、彼らは何番目にゴールしていたのですか?」

「……まず、予想到着順位。

これは恐らくはトップじゃったろう。その場合、先ほど皆で付けたスコア5250の時の基礎点50が、4倍の200になる。つまり21000、という評価になるの」

一同は絶句するより他ない。

その文字通り桁外れのスコアと、アレンのセリフが意味するもの。

まるで相手にされていない――

この王立学園の価値を、そして伝統を守る事に誇りを持っている、この国を代表する教師陣は、その意味を正しく理解した。

「さすがアレン。

話を聞くだけで、まるで海の前に立っているかのように錯覚しそうになるスケール感。

でも、翁を20人足らずの1年生が野戦で追い詰めるのは、正攻法では流石に考えられない。多分さっき報告のあったティムさんが本隊もろとも落とされた薬品だろうけど、外でそれ程の効果を出すのはよほど大量の劇薬がないと普通無理。魔道具?」

こう問いかけたのは、ソーラと同じく学園に所属する研究者で、魔道具部の顧問も務めるエミーだ。

ゴドルフェンはアレンから預かった赤い蓋の瓶を、ことりとテーブルに置いた。

エミーはその瓶をまじまじと見て、おもむろに蓋を開けた。

そしてすぐさま魔道具ではないと断言した。

隣からソーラが瓶を受け取り、匂いを嗅ぐ。そして小指の先にほんの僅かだけ薬をつけて舐めた。

「ひっひっひ。

かなり濃縮されているが、この時期のダーレー山脈にある一般的な素材で調合可能な対魔物用の麻痺薬だね。現場で調合したんだろう」

エミーとソーラの見解に、ゴドルフェンは頷いた。

「風魔法、しか考えられん。

ここにいる諸君なら、ティムの報告書を読めば、その索敵能力と魔物を狩り出す応用力のポテンシャルについては説明するまでもないじゃろう。

じゃが――

どうやらそれだけではない。

あの子達を追い詰めるたびに、風通しのいい場での戦闘の最中に、わしはその麻痺薬を何度も摂取させられ、その度に這々の体で逃げ出した。

決して一朝一夕で実現できるような技能ではない。

あやつの目にはいったい何が見えておるのか……

わしらを含め、国中からスカート捲り魔法などと笑われても一向にぶれぬその姿には、強烈な信念と、まるで未来が見えているかのような確信を感じる」

会議が始まってからこちら、絶句しっぱなしの教師陣は、再び絶句した。

進行役のムジカですら言葉がない。

「ときにムジカよ。ライオ・ザイツィンガーの『魔法剣』については、どこまで把握しておる?

わしは報告を受けておらんかったが」

こうゴドルフェンに問われ、ムジカは困惑した。

未報告を咎められる類の話ではないと思ったからだ。

「…………アレン君が、剣が燃えていたらかっこいいからと、ライオ君に習得を勧めていた事は把握しています。

た、確かに実用性があるとは思えませんが、性質変化や魔力操作の鍛錬には一定の効果が見込めるため、口出しはしていません」

ゴドルフェンは首をゆっくりと横に振り、ライオとの一騎打ちで体験した魔法剣について、その可能性について説明した。

「…………あれは危険じゃ。

わしでも一つ間違えれば重傷を負っていたじゃろう。

部活動での対人訓練は禁止せよ。どうしても必要なら、魔力の通り難い普通の鉄剣を使用させる事。進度をムジカの目で正確に把握し、事故の無いように管理せよ。

ザイツィンガー家にはわしから正式に話を通しておく。

よいな?」

教師陣は、ゴドルフェンのその真剣な表情での警告に絶句した。

「まだある」

ゴドルフェンがこう言うだけで、教師陣は絶句した。

「ジュエリー・レベランスが、聖女サリーが使ったという、複数人への同時聖魔法の行使に成功したそうじゃ。ティム、報告を」

教師陣はティムの報告を聞き、そして――絶句した。

会議では何とかアレンが申し出た『おかわり』を難易度と達成度に組み込み、総合得点6560というスコアは弾き出した。

だが誰もがそのハイスコアの空虚さを……剣鬼サラマン、火神フェスティ、聖女サリーなどを擁した120年前の伝説の世代が叩き出した、永久不滅と言われたスコアを軽々と超えた、このスコアの空虚さを理解している。

スーパーエリートである王立学園教師陣は、この会議を潮目に、初めて危機感を持った。

漫然と、今の立場にあぐらをかいていたら、時代から取り残されかねない。

その皆の顔つきを見て、この学園を預かるミハル・シュトレーヌは微笑んだ。

「ふふっ。

とても従来のスキームで測れる内容ではありませんね。

一応、対外的なスコアは6560としますが、陛下への正式な報告書には『評価不能』と私の名で明記します。異論はありますか?」

誰からも異論が出ない事を確認し、ミハルは続けた。

「様々な報告を聞くに、アレン・ロヴェーヌ君はどうやら『常識』という言葉を好んで使うようですね。

風魔法も魔法剣も、そして聖魔法による範囲回復魔法?とやらも、彼に言わせると常識だそうです。

ふふっ! 『ただの常識』だそうですよ?

……逆説的な表現ですが、彼は既存の常識を打ち破れと言っている。そう私は理解しました」

ミハルは立ち上がり、彼女の席の後ろのカーテンを引いて、窓を開けた。

鰯雲が広がる秋晴れが部屋を照し、少しだけ冬の気配を感じる風が彼女の髪を揺らす。

ミハルは振り返り、1人ずつ目をゆっくりと合わせ、静かに言った。

「生徒に鼻で笑われて、平気な教師はこの学園にはいらない。

かならず取り返す。

この学園の誇りを」

このミハルの言葉に、一同は心を激らせた。

その皆の表情を見て、ミハルは再び微笑んだ。

そう、それが――

それでこそ、王立学園。