軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

136 VSロッツ(5)

アレンが帰った後の、ロッツ・ファミリーの事務所。

狂犬が遠くの路地を曲がり、見えなくなったのを破れた窓から見届けてから、トーモラはようやく息を吐き、隣に立つレッドへと問いかけた。

「あの条件はどういうつもりだい、レッド?

あの子と『りんごの家』への不干渉は仕方ないにしろ、東支所の縄張りをこちらからくれてやる必要はなかっただろう?要求もされてないんだから」

レッドはその狐のような眼を細めて、その背をブルリと震わせながら答えた。

「あぁ、 狂犬(あれ) はちょっと……普通の人間とは違うね……

見誤った。とても私らが飼い殺せる奴じゃあない。

だがまだガキ臭いところが随所にあった……リンドが来た時に一瞬緩んだのもそうだし、あれだけの酷い殺気を放ちながら得物を抜いた人間相手にこれだけ暴れたのに、今日は1人も殺してないしねぇ。

甘いっちゃそうなんだが、ただ甘い野郎に放てる殺気じゃない……不思議なやつだ」

「それは私も思いましたが……あの子は何というか、バランスがおかしい。

……何が貴方の狙いなのです?

私はもうあの子の相手をするのは嫌だよ?

とても仲間に引き入れられる気がしない」

「言いたい事は分かるよ。

だが、これだけ下手を打ったんだ……ただ引いたんじゃ私らは勿論、『ゼスト』さんもただじゃ済まないよ」

レッドは唇を舐めながら続けた。

「狂犬は裏社会の権力はもちろん、秩序にも全く興味を示さなかった。

なら飼うのは無理でも、私らの仕事の邪魔になる奴じゃない。

あの妙な甘さもあるし、奴の要求を通してさえおけば、ビジネスパートナーとして付き合えるはずさ。

それよりも、鶴竜会のジンが王都に戻ってるって話がある……

今王都の裏側で最も実力があって厄介なのは、間違いなくあの男だ。

ロッツと交渉できるのは狂犬『だけ』。

そう周囲に認識させ、鶴竜会を孤立させる」

トーモラはその狙いに気がついたのか、愉快そうに笑った。

「ひゃっひゃっ!

なる程なる程。

ロッツとは関係のない所で狂犬が勝手に祭り上げられて、気がついた時には彼は抱えきれないほどの荷物を持っていると。

いくら強かろうが、とても1人の子供に務まる立場じゃない。

では、鶴竜会と狂犬が仲良くするとまずいですねぇ。

独立独歩のリンドの下だし、狂犬は恐らく鶴竜会にも興味はないでしょうが……

間違いのないように、東を仕切ってるジンはメンツ丸潰れで、狂犬との仲は険悪、というストーリーが必要ですね。

小鳥さん達に頑張って囀っていただき、チョコチョコと鶴竜会側に裏工作をしましょう」

レッドは頷いた。

「ロッツと関係のない所で、祭り上げるだけならリスクは低い。

狂犬にはロッツも兜を脱いだと、私らが公言するだけだからね。

色んな所に負荷が掛かって、結局私らを頼らざるを得なくなった所で恩を売る。

一度こちらに依存したら、もう抜け出せないさ」

「くっくっく。くっくっくっく」

「ひゃっひゃっひゃっひゃっ!」

「ひゃっひゃっひゃっひゃっ!

……と、最後は高笑いしていました。

正真正銘のアホどもですね」

俺は師匠の指示通り、翌日にはすぐ報告に来て、詳細に経緯を報告した。

今報告したのは俺が退出して路地を曲がり、俺の姿が見えなくなったところであの三下2人組が交わしていた会話だ。

まさかあのアホどもでも索敵防止魔道具を破壊されていることに気がついていない、なんて事は無いとは思うが……

まぁあれだけ距離があって会話を拾える人間がいるとは思っていなかったのだろう。迂闊な奴らだ。

眉間にシワを寄せて話を聞いていた師匠は、話が終わると同時に額に青筋を立てて俺の耳を引っ張った。

「痛いです師匠!

耳がモゲます!」

「このよく聞こえるはずの耳は飾りかコラ?

お前には決して深入りするなと言ってあった筈だが?」

こう師匠に詰められて、俺は開き直った。

「師匠の指示は『探索者として自然に過ごして深入りするな』と、『止むを得ず接触があったなら逐一報告しろ』でしたからね。

探索者レンとしてそうするのが自然な動きだと思ったので軽く挨拶に行って、こうしてすぐ報告に来た訳です、はい。

全て師匠の指示通りです!」

俺だって騎士団の手前まずいかなとは思ったし、出来る事なら関わり合いになりたくなかったのだ。

だが止むを得ず接触があったのだから仕方がない。

「ひぃーひぃー、あ〜笑いすぎて息が苦しい。

まさかデューさんを始め、第3軍団と王国諜報部が嗅ぎ回っても決定打が掴めなかったロッツへと単身で乗り込んで、気分に任せて無茶苦茶に暴れた挙句あっさり重要な情報を掴んできたかと思うと、その感想が『正真正銘のアホども』とはね。

アレン君はいったい何でそんなに人生楽しそうなんだい?

コツがあるなら教えてくれない?」

別に楽しくてやってる訳じゃないんだけど……

「ウケてんじゃねぇぞパッチ!

お前は各国のリストに『ゼスト』って野郎がいないか徹底的に洗ってこい!」

師匠は涙を流しながら笑うパッチさんを怒鳴りつけた。

するとジャスティンさんが真剣な顔でこんな事を言った。

「いやはや、お見それしました。

流石は王国が誇る『一瀉千里』、デュー・オーヴェル軍団長だけはある。

まさかこの大胆不敵な一手が全て!

デューさんの指示とは。

危うく『正真正銘のアホども』の正体すら掴めない無能だと第3軍団が笑われるところでした。ぷっ」

ジャスティンさんは感心しているフリをして師匠を煽った。

「テメェも無駄口叩いてねぇでとっとと動けジャスティン!

あの小物どもはどうでも良いが、尻尾を切られる前に背後関係を絶対に押さえる!

やつらとロザムール及びジュステリアとの繋がりを徹底的に洗ったが、どちらとも繋がっている様子が今のところ見えてねぇ。

この2国に組んで動かれるだけでも相当面倒なのに、まだ他にも向こう側に付いてる国があって、10年以上も前から既に具体的な行動を起こしている、なんて事になってみろ!

本当になにがどう転ぶか分からんぞ!」

「はいはい。

折角全員生かしておいてくれたんだ、アレンが引きつけている間に片を付けましょう。

……レッド、トーモラ、剣士、吹き矢の徹底マークですね。髭2人はもういいかな。

先程アレンから聞いた見た目の特徴を情報部に伝えてきます」

パッチさんとジャスティンさんはニヤニヤとした顔をすっと引き締めて、隙のない顔つきで出ていった。

それを見届けてから師匠は再び俺をギロリと睨みつけた。

「まぁすぐ報告に来た点はいいだろう。

奴らがお前にボコボコにされて頭を下げた、なんて話を積極的に広げている理由も分かった。

だが……どうするつもりだ?

ここまで派手にやって、奴らがお前を祭り上げると、流石に『狂犬のレン』について色んな人間が調査を開始するだろう。

他国の諜報も含めてな。

奴らと頻繁に接触するとなると、流石に正体を隠すのは無理だ。

もしお前の正体が騎士団員だとばれたら、奴らは直ぐにでも背後関係を詳しく知る人間を処分するだろう。

連絡手段とやらはどうしたんだ?」

痛いところを突かれて、俺はごにょごにょと説明した。

「ゴールド・ラットのベンザ……

めんどくさかったので、こいつに全てを押し付けちゃいました……」

「へっ?あんなのが?!

…………傷薬持ってるか?」

「……忘れました……」

おやっさんが三下と間違えてチャブルをぶっ飛ばしてしまい、どうやってナシを付けるかと悩んでいると、俺の索敵魔法はこんな声を捉えた。

「アニキぃ〜!

アニキの男気に惚れたベンザ以下、10名が助太刀します!

『 漢(おとこ) ・レン』と一緒に死なせてもらいますぅ!」

ちらりと粉々になった窓から外を見ると、ベンザは防御力が皆無と思しき真っ白な装束を身に纏い、手には太い棍棒を握ってこちらへ向かって走っていた。

その他にもチラホラと見えるのは、大体俺に絡んで1度はぶっ飛ばされた奴らだ。

「……傷薬屋さんが到着しました」

ベンザとその他は、そこいら中に俺がぶっ飛ばした奴らが転がっているビルを登ってきて、流石に驚愕した。

「こ、これをアニキとロートルの2人で……」

俺はベンザを引っ叩いた。

「おやっさんに向かってロートルとは何様だ!

リンドさんと呼べ、リンドさんと!」

「……まぁ俺が歳なのは確かだから、別に何と呼んでも構わんがよ。

これはレンが1人でやった。俺がついた時には既に片付いた後だった」

おやっさんがこう言うと、ベンザは歯を食いしばって目を瞑り、顎を上げた姿勢で感動に打ち震え始めた。

もはやギャグだ。全く理解が及ばない。

おやっさんに知り合いだと思われるのが恥ずかしくって仕方がない。

俺はベンザから傷薬を受け取ると、チャブルにかけた。

だがチャブルは意識を取り戻したが、既に心が折れたのか、ガタガタと震えるばかりでまるで話にならなかった。

「会長は今日話し合いをするのは無理だね。

私が代わりに話を聞くよ。

もっとも、先程話し合いも殆ど終わったけど。

で、私たちが狂犬に連絡を付けたい時は何処に連絡すればいい?」

レッドがこのように話を蒸し返してきたので、俺はめんどくさくなった。

おやっさんをはじめ、りんごのメンバーを窓口にして巻き込まれるのは勘弁願いたい。

俺はベンザの肩に手を置いて、こう言った。

「……こいつはゴールド・ラットのベンザって品のない野郎だが、気合いだけは俺も認めている。

何か不都合があれば、こいつに連絡しろ……」

さも、ベンザを介せば俺に連絡がつくかのような言い方をしたが、もちろんベンザに俺と連絡が付くすべを持たせるつもりなどない。

「了解。ラットのベンザ君ね。

もううちらは東に絡むつもりは無いから、これからよろしく頼むよ」

ベンザは気合の入った顔で『おうっ!』と返事をした。

俺が話し終えると、師匠は頭を抱え、こう俺に質問してきた。

「ラットのベンザ君だと?!

……誰だよ!!

そいつは探索者の荒くれ者どもを纏めて、上手く立ち回る事ができるほどの器なのか!?

お前が見込んだほどの男なんだよな?!」

「あっはっは!

知りませんよ、そんな事。ほぼ他人だし。

まぁ普通に考えたら無理でしょう、面倒くさくてつい思いつきで押し付けただけですからね。

あ、安心してください!

あのアホどもと調整なんて、めんどくさくてやっていられないので、ベンザには諸事情により俺は暫く連絡がつかなくなると伝えてあります。

何か困った事、迷うことがあれば、全部お前の『心の羅針盤(前世パクリ)』に従えと言っておきました。

いやぁ〜気合い入ってたなぁ、ベンザ君。

『不肖ベンザ……アニキの下で 漢道(おとこどう) を学ばさせて頂きます』とか言っちゃって!(笑)」

俺がヤケクソ気味にそう告げると、師匠はしばし絶句したあと叫んだ。

「お、面白くねぇぇぇえ!」

狂犬が、王都で飛ぶ鳥を落とす勢いだったロッツ・ファミリーの 事務所(本拠地) に単身で乗り込んで、100余名を血祭りに上げた挙句、大人顔負けの交渉術で、一切の交渉を受け付けなかったロッツから完全勝利と言える条件での妥協案を引き出した――

この大事件は『狂犬』の名を一躍王都アウトロー業界で押しも押されもせぬ大看板にまで引き上げた。

狂犬が『不殺』を貫いた事については、ある者は力の差による余裕と理解し、ある者は交渉のためだろうと評価し、またある者は単にガキくさい甘さと考えた。

後の世で、アレン・ロヴェーヌと狂犬は、実は別人だと主張する者の根拠の一つにこれがある。

その目的のためには非情と言えるほど手段を選ばなかったアレン・ロヴェーヌに対し、『狂犬』は不思議なほどに殺しを厭った。

そこに何か深い哲学があるのか、それとも単なる気まぐれか、まさか本当に別人なのか――

ついでながら。

幼き日に孤児院に棄てられ、未だ苗字の登録すらしていない札付きの 悪(わる) 、ベンザ。

――彼の 漢道(おとこどう) は、この時まだ始まったばかり。