軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

42 静寂の執務室

夜会の喧騒が嘘のように、王宮の執務室には静けさが満ちていた。

重厚な扉が閉じられる音が、やけに遠く響く。磨き上げられた書棚、堅牢な机、壁に掛けられた王家の紋章。その全てが、どこか現実離れして見えるのは、さっきまでの出来事があまりに衝撃的だったからかもしれない。

「全員、揃っているな」

アルフォンス殿下が席に腰を下ろし、落ち着いた声で言った。

この場にいるのは、殿下がた三人と私とアイリス。あとは、レオン兄様と数名の近衛騎士、そして医務官が控えている。

みんな、少しだけ疲れた顔をしていた。

「クラリス妃殿下は、現在は一時的に軟禁下にある。侍女とカミラ嬢も医務室で保護中だ。母上は、もはやこれ以上の混乱を望まないだろう」

アルフォンス殿下は、視線を下げてほんの少しだけ深いため息をついた。エレオノーラ妃は最後まで毅然として意識を保っていた。今は自室に下がっているとのことだ。

エリオット殿下がぽりぽりと頬をかきながら呟く。

「ごめん、ちょっとやりすぎたかも〜」

「いや。あれがなければ、カミラ嬢の証言は永久に封じられていた」

セドリック殿下の声は低く、けれど責める響きはなかった。

「エリオットが切り札を出してくれたおかげで、決定的になった。リリアナが結界に囚われた事件、そして俺に向けられた毒攻撃。すべて、クラリス妃の意志で行われたことだ」

言葉にした瞬間、空気が重くなった気がした。

でも、それはもう、逃げるわけにはいかない真実。

「クラリス様は最初から、王妃様に罪を着せるつもりだったのですね」

私の口から漏れた言葉に、アルフォンス殿下が頷いた。

「母上もそのことは覚悟しておられた。だが、それを証明するには、あまりにも材料が少なかった。エリオット、君が映像を出してくれたことが、すべてを変えた」

「……うーん、ボクだって、お母さまのこと嫌いじゃなかったんだけどね。いろいろやりすぎなんだよ」

エリオット殿下は、ふっと視線を伏せる。

今日私が護衛ではなく令嬢として出席したのも、レオン兄様がそばに居たのも、全て彼女の油断を誘うためだった。

「ボクはのんびり魔塔に引きこもってられるのに……まったく、こっちの身にもなってほしいよ」

小言のようなその言葉に、セドリック殿下は小さく笑った。

「すまないな、エリオット」

「ううん、ボクのほうこそ。……セド兄が無事で、本当によかった」

その言葉に、思わず胸が温かくなった。彼は子どもらしい無邪気さを残しながらも、確かにこの国の一員として、自分の意思で動いたのだ。

そして、それを支えてくれた人が、もう一人。

「アイリスも……ありがと」

照れくさそうに頬をかきながら、エリオット殿下がぽそりと呟く。いつもの元気いっぱいな声よりも少しだけ小さくて、けれど心からの感謝が滲んでいた。

その隣で、アイリスがぱちぱちとまばたきをし、それからはにかむようにうなずく。

「はい。殿下のお力になれたのなら、わたくし、嬉しいのです!」

ふたりのあいだにふわりと漂うのは、まるで見えないお花の香りのような、柔らかくて甘い空気。言葉を交わさずとも、ぴったりと息が合っている様子に、私は思わず目を細めた。

「……まったく。年少組に先を越されるとは」

ぽつりとこぼれたのは、アルフォンス殿下の小さな嘆息だった。けれど、その表情はどこか嬉しそうで、少しだけ呆れたようでもあった。

兄弟たちのやり取りに、セドリック殿下も肩をすくめながら微笑んでいる。

「さて……これからの話をしようか」

柔らかい声でそう切り出したのは、アルフォンス殿下だった。いつもの穏やかな笑みを浮かべているけれど、その瞳の奥には揺るがぬ意志が宿っている。

「実は、父上――国王陛下のご体調が優れなくてね。近いうちに、正式に即位することになると思う。その前に、国の中にある膿は出し切っておきたい。そういうお考えなのだ」

会場にいた者たちは皆、静かに耳を傾けていた。夜会はすでに終わったはずなのに、ここにはまだ、国の命運を左右する者たちが集まっている。誰一人、軽々しい言葉は口にしなかった。

「申し訳ありません。発言してもよろしいでしょうか」

「なにかな、リリアナ嬢」

「失礼いたします……アルフォンス殿下。顔色が、優れないようにお見受けします。なにか影響があるのではないですか……?」

私は、気がつくとそう口にしていた。一見するといつもと変わらない。だけれど、どこか青ざめているように見えたのだ。

アルフォンス殿下は、少しだけ驚いたように目を瞬き、そしてふっと笑う。

「鋭いね。実は……心を覗く力には、少し反動があってね。ときどき、心臓に負担がかかるんだ」

「そんな……」

「以前は、強い魔力で妨害されていてうまくいかなかった。でも、今回はエリオットが母上に反発したから、クラリス妃も気が緩んだのだろうね。おかげで、すべてが見えた。嘘も、怒りも、真実も」

優しい口調とは裏腹に、その言葉は静かな重みをもって響いた。クラリス妃の真意も、その罪も、そして彼女がどれほど自分の子に執着していたかも――。

だけどそれを責める言葉ではなく、ただ、ありのままを受け止める声だった。

「でもそうだね。少し辛いかな? 続きはまた今度にしよう。……きっと、全て良い方に向かうはずだよ」

そう言ったアルフォンス殿下の笑顔は、まっすぐで、あたたかくて、少しだけ寂しそうだった。

その言葉を合図に、皆が一礼して、それぞれの帰路につく準備を始める。魔法で封鎖されていた扉が開かれ、ようやく夜会は、静かに幕を閉じたのだった。

後日の調査により、クラリス妃の関与した数々の事件が明らかとなった。

セドリック殿下を狙った毒入り葡萄酒の手配、さらには王妃エレオノーラへの中傷と失脚を狙った策略。それらはすべて、自身の子であるエリオットを王位継承争いの頂点に押し上げるための行動だった。

クラリス妃は王命により幽閉され、公的な場からの永久追放が決定された。侍女たちもまた、偽証と実行犯としての咎めからは逃れることができず、処罰を受けることとなった。

クラリス妃の手引きで王宮に出入りしていたカミラ・アルトマンについては、あの夜会のショックとクラリス妃からの強制魔法のせいで声を失ってしまった。セドリック殿下を襲った罪は重く、それ相応の――重い刑を受けることになる。今は、いつ来るかわからないその日を牢で待つことになる。

事件は重く国全体を揺るがしたが、同時に王族たちがそれぞれの役目と向き合い、団結するきっかけともなった。

まもなくしてアルフォンス殿下が即位して国王となり、エリオット殿下は臣籍に下った。

セドリック殿下は王弟としてアルフォンス国王陛下を支える決断をされたそうだ。

こうして、一連の陰謀は幕を閉じ、ウィンフォード王国は新たな秩序に向けて静かに歩みを始めた。