軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

04 エリオット殿下

その瞬間、父が息を呑む音が聞こえた。

「エリオット殿下……!」

思わず声が上ずるほどの驚きをにじませながら、父は慌てて右手を胸に当てる。それから腰を折った。

その動きに私たちもすぐに気づき、慌てて席から立ち上がる。私たちもまた、スカートや礼服の裾を整えて、深く頭を垂れた。

レオン兄様はその場にとどまることなく、すぐにその方のそばに駆け寄り、騎士の礼を取っている。

(いま、エリオット殿下と仰ったわよね……?)

使者ではなく、ご本人が来られたということ。

私は頭を上げられずに、思考を巡らせる。

今日は王宮でのお茶会だった。王家には王子が三人いらっしゃることは把握しているけれど、茶会や夜会で俯いて過ごしてばかりだったせいで、殿下がたが今日のお茶会に参加されていたのかどうかを認識できていない。

第三王子エリオット殿下。

たしか、王国の中でも魔術の天才と呼ばれている御方だ。

公の場に現れることはあまりなく、自由気ままな人物だと誰かに聞いたことがある。

(先ほど、私の名をお呼びになったわよね……?)

向こうは私のことを知っているみたいで、それが一層どういうことなのかわからない。

「エリオット殿下。なぜ、あなたが直々にこのような場所へ……」

一見すると平静を保っているように見えた父だったが、その声音には、礼を尽くしながらも困惑と戸惑いがにじんでいた。

「うん! 直接来たほうが早いと思ってね~。ピューンとひとっ飛びしてきちゃった」

エリオット殿下は軽く手を振りながら、あっさりと答えた。

「エリオット殿下。まさかとは思いますが、おひとりでいらっしゃったのですか?」

レオン兄様がおそるおそると言った表情で尋ねている。

確かに、彼の周りには護衛や付き人のような人はいなかった。

そういえば、馬車が近付くような音もしなかった。だとしたら、先触れがあるはずで、だからこそ父たちも来客に不思議そうな顔をしていたのだもの。

「うん、そうだよー」

「殿下、おひとりでの行動はおやめ下さいとあれほど」

「でもー。大丈夫だよ、ボクだもん。ちゃんと魔塔のみんなには言ってきたから大丈夫だよっ」

「しかし」

「も〜! レオンくんは心配性なんだから。大丈夫だって。ボクは魔塔の主だよ」

呆気に取られる私の前で、レオン兄様とエリオット殿下がそんな会話を交わしている。

普通、王族が貴族の家を直接訪ねてくるものではないけれど。きっとそういうものさしでは測れない御方なのだろうということが分かった。

(……魔塔)

二人の会話を拾った私は、ゆっくりとその言葉を反芻した。

聞いた事がある。

魔塔とは、王国内に存在する高位魔術師たちが研究と修行を積む施設で、一般人にはほとんど縁のない場所だと。

貴族の中でも、ごく限られた才能ある者しか入れないのではなかったかしら。

そんな場所を統括するのが、この目の前にいる第三王子エリオット殿下ということ……

エリオット殿下は、私の視線を感じ取ったのか、にっこりと笑った。

「そうそう~! ボクが魔塔の主、エリオット・ウィンフォードだよ」

名乗りながら、なんと私の周りをぐるぐると回り始めた。

「お初にお目にかかります、エリオット殿下。エバンス伯爵家の長女、リリアナと申します」

「うん、リリアナ! よろしく〜」

「……え、ええっと、殿下……?」

「ふんふん、思ったとおり、物凄く珍しい魔力の色だなぁ~!」

挨拶が終わった私の周りをくるくると回りながら、殿下はとても楽しそうだ。赤い瞳が私をじっと見つめている。

「これは研究しがいがありそう~!」

――もしかして、殿下は私を実験対象にされるおつもりなのかしら。

そう思ったところで、私と殿下の間にレオン兄様がずいと割って入る。

「エリオット殿下。妹が怖がっておりますので」

「あっ、レオンくん! この前は実験に協力してくれてありがとうね~!」

エリオット殿下は足を止め、きょとんとした顔をした。

あ、お兄様の表情がものすごく暗くなったわ。

「この前レオンくんには、レンガ耐久実験に参加してもらったんだよ~! 能力強化魔法がピカイチだからさ。ボクらが開発した『スーパーレンガくん百号』とレオンくんのどっちが強いか!」

エリオット殿下はとてもニコニコしている。

……え、ええと。百号ということは、もしかしたらその実験は百回近く行われていたのかしら……?

そう思ってレオン兄様を見ると、明らかに遠い目をしていた。

「……ともかく。リリアナは王宮の騎士ではなく貴族令嬢です。そうした実験動物を見るような目では見ないでいただきたい」

「ボクはただ、研究者として純粋に観察してるだけなんだけど~?」

「殿下にとってはそうかもしれませんが、一般的にはそうではありません」

お兄様の口調は冷静だったが、その声にはわずかな疲れの色が滲んでいた。

百回の実験。なんだかすごい。