軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

花開く その思い 9

母にお茶を頼まれたと顔を出したソフィが、お茶とお気に入りの茶菓子を持って調理場を離れ、再び姉二人は調理を再開した。

ついてきた白銀の猫は、オデットが与えた水切り籠の中で、満足そうに喉を鳴らしながらそんな二人を見守っている。

そんな猫を見ながら、オデットは首を傾げた。

「そういえば姉さん。この猫は、どんなものを食べるの? 猫達にもごはんを作った方が良いわよね」

オデットとしては、貴族の館で飼われる猫が、普段どんなものを食べているのか想像もできないのである。

この近辺の猫達は、ねずみ取りが主な役割だけあって、小動物を勝手に捕まえて食べている。だが、貴族の家で飼われているのは、愛玩用であってねずみ取りが目的ではない。 それならば、普段は高級なものを食べているだろうと妹に言われて、はじめてジゼルは気が付いた。

「……そういえば、猫ちゃんは、ごはんを食べてるのですか?」

猫に真面目に問いかける姉を驚きの表情で見つめていたオデットは、その姉の質問に答えるように、にゃうと鳴いて首を振った猫にも驚いた。

「あら、じゃあ、何も食べなくても大丈夫なんですか?」

猫は、頷いている。

「……姉さん、これ、なんなの?」

姉が猫ちゃんと呼んでいようと、ものを食べない、そしてこんなふうに返事をする生き物が、猫のはずはない。

黒猫のノルは、シリルにぴったり身を寄せてはいるが、気が向かない限り、顔を向けるどころか鳴きもしなかった。

オデットの視線を受け、白銀の猫は「なに?」と尋ねるように首を傾げていた。

「これは、ええと、シリル様が魔法で作った生き物なの。シリル様にとっては、動く道具のような感じ?」

「……え、じゃあどうしてこんな人みたいな仕草をするの?」

「それはまあ、中身が、その……半分シリル様らしいから」

「……残りの半分は?」

「私が想像した猫、らしいんだけど、私もそんな事を考えていた訳じゃないから、本当かどうかは……。だから猫らしい部分も多いけれど、シリル様がこの体を使っている時もあるから、その時は猫とは思えない動きをするの」

え、とオデットは硬直した。

猫は問いかけに対して頷く事はあまりない。ましてや、否を表すために首を振らない。

今やった仕草は、人だからこそ通じるものである。

「……もしかして、今……」

「この猫ちゃん、今はシリル様が動かしているわよ」

オデットは、ぎくしゃくと猫に視線を向け、その姿をじっくりと眺めた。

そんなオデットを猫は見上げて、「にゃあ」とひと鳴きすると、笑った。

あきらかに笑ったのである。

「……」

あんぐりと口を開けたオデットに、ジゼルは苦笑しながら、説明した。

「じゃなければ、私たちを護衛しているはずのシリル様が、簡単にあの部屋から私達を出すはずがないでしょう? この子が追いかけてきたから、シリル様はずっとあの部屋に居るのよ」

しばらく、猫を凝視していたオデットは、そのままの姿で呆然と姉に尋ねた。

「……じゃあ今、シリルさんは、自分の目で母さん達のいるあの部屋を見ながら、この猫が見ている私達も、同時に見ているの?」

「深く考えた事はないけれど、そういう事になるわね」

「……魔術師って、どういう頭の構造をしているの」

「さあ。でも、シリル様の見ている世界が、とても綺麗なのは知っているわ」

ジゼルは微笑みながら、手元にあった芋を手早く剥き、水を張った鍋に入れていく。

オデットは、硬直が解けた体で姉の横に移動すると、その横で蒸し上げた豆の薄皮を丁寧に剥き、すり鉢に入れる作業を始めた。

二人とも、手慣れたように、大量の食材を捌いていく。

保存が楽なもの、そして調理に手間が掛からないものは、兵士達の食料として持たせており、ここに残っているのはその逆で、保存がきかないもの、そして調理が大変なものばかりである。だが、それらは二人にとって、使い慣れた食材。手早くその作業をこなし、どんどん料理を作っていく。

手は止めることなく、それでも楽しそうに、ジゼルはシリルが見せてくれた、あの光る糸について話して聞かせた。

ふわりふわりと舞う糸達が、仄かな光によって見せてくれたのは、幻想的で、とても静かな世界だった。

「……それでね、糸と糸が合わさると、その部分がほんの少し、他より明るく見えるの。それが、星が瞬いているようで、とても綺麗なのよ」

ジゼルが、それは楽しそうに話すのは、オデットにとって、まさに幻想の世界だった。想像を超える世界だが、それを作り出すのが魔術師というものであり、今までのオデットにとっては、まったく未知の世界に生きる人である。

だが、ジゼルがそれらを語る表情を見て、オデットは心の底から安堵していた。

「……姉さんが、シリルさんの事が大好きなのは十分わかったわ」

くすくす笑いながらオデットがそういうと、ジゼルは一瞬ぽかんとして、そしてその後、指の先まで真っ赤に染まった。

「ちょっ……オデット! へんな事言わないの!」

「様子を見てたら、結婚に熱心なのはどちらかというとシリルさんだったから、ちょっとだけ不安だったの」

苦笑したオデットに、ジゼルはほんの少し困った顔をして、ゆでた芋をすり鉢でごりごりと潰しはじめた。

「……結婚は、全然考えてなかったの」

「……え?」

「でも、シリル様のお側にはずっといようと思ったの。帰ってきたのは、父さんと母さんにそれをちゃんと伝えて、許可をもらいたかったから」

「結婚、考えてなかったって……どういうこと?」

「シリル様は、結婚してはいけない方なんだと思ってたから……。いろんな事情があるし、お仕事もとても大変だし。そもそも、他の何より、そのお仕事を優先しないといけない方なのよ。それに、身分の事もある。貴族の、それも王族の血を引いた方の所に、自分がお嫁に行けるなんて、欠片も考えられなかった。だから、お側にいたいなら、私も結婚せずにずっと侍女として仕えるしか方法はないと思ってて……」

「……王族?」

「シリル様のお母様は、今の国王様の妹姫なのよ?」

「……え」

驚きで、会話をしていても止まらなかった手が、一瞬止まる。

オデットは、唖然とした顔をしたまま、すぐ傍にいた猫に視線を向けた。

猫は、相変らずゴロゴロと喉を鳴らしながら、嬉しそうにジゼルを見つめていた。

「……王族……」

あまりにも気さくなシリルの姿をその猫から思い浮かべ、怪訝な表情をしたオデットに、ジゼルは思わず苦笑した。

「シリル様ご自身は、あまりそれを感じさせない方だけど、ご実家は公爵家だし、とても大きなお家の方なのよ」

「そう、なの? 確かに、なんか、超然とした方だなとは思ったんだけど、それは魔術師だからなのかと思ってた」

「だからかもしれないけど……。結婚できると聞いても、実感がわかなくて。婚約期間の間に、実感も沸いてくるかなと思ったら、いきなり婚約無しでどうかって聞かれて、なおさらよくわからなくなっちゃった」

ぴくりと猫の耳が揺れ、ぱちりと眼があいた。

その翡翠の瞳は、ジゼルを凝視し、何か言いたそうにしていた。

ジゼルも、その猫の様子に気が付き、ほんの少し、躊躇いがちに、猫に声をかけた。

「……もう少しだけ。父が帰るくらいまで、お返事は待ってくださいますか。それまでには、お返事できるように、ちゃんと考えをまとめます」

「……にう」

こくりと頷き、猫はその瞳を閉じた。

「姉さん。今の話、シリルさんが聞いてたの」

「ええ」

次にその目蓋をあけた時、その猫は、『眼』に変わっていた。

「……」

二人から、一身に視線を向けられていた猫は、大きなあくびをして伸びをすると、そのまま丸まって、目を閉じた。

それはまさに普通の猫の姿で、先程までずっとジゼルの姿を見つめていた時とは、確かに違う印象だった。

「……たしかに、なんだか、違う気がする。姉さん、よくわかるわね」

「それだけ、ずっと一緒に居てくれたもの」

眼であっても、シリルであっても、ずっと見守ってくれていた。陽のある間は『眼』が、月の出ている間はシリルが、そっと寄り添ってくれていたのだ。

「……名前……そうだ、リスはどうかしら」

「……リス?」

「陽の神リステル様のお名前の一部をいただいてみたの」

リス、と呼びかけてみると、猫はぱちりと目を開けて、ジゼルを見つめた。

もう一度呼びかけると、ぴくりと耳を動かし、猫はそれは嬉しそうに、「にゃあ」と答えたのだった。

陽が落ち、女性達が部屋に鍵をかけ眠りにつくと、シリルはそのまま、宿舎の屋上に上がった。

見張り台がこの上にあるため、警戒中の現在、そこにはちゃんと兵がいる。

そして今、そこにいるのは、副隊長のブレーズだった。

ジゼルとの件に関しては味方だと判明した副隊長は、突然現われたシリルに、気軽に声をかけてくる。

まだ、ほんの僅かの付き合いだが、同じ歳だという事で、二人はすっかり打ち解けていた。

「副隊長が自ら見張りですか」

「今は、階級がどうのと言っていられるほど、人数が多くないもんでね」

数人のグループで、四人ずつが順番に、時間に関係なく休みを取り、常時警戒しているのだという話を聞き、シリルは頷いた。

「まだ、本隊から連絡は……」

「まあ、まだだな。今日は、現場に到着してどうにかなったくらいだろう。連絡が来るとしたら、明日だろうな」

シリルが、手に持っていた瓶をすっと差し出すと、副隊長はそれを無造作に受け取り、そして危うく取り落としそうになった。

「うおっ!?」

シリルがそれを予見したようにさっと拾い上げなければ、落として割れたところだった。

「なんでこれ、暖かいんだ? 燗でもしてきたのか」

副隊長は、その予想していなかった温もりに驚いたのだが、シリルは苦笑しながら、首を振った。

「魔法で温めてみたんだ」

「……なるほど。便利だなあ、魔法」

「加減を考えないと、やけどさせるけどね。そういう調整は、得意なんだ」

受け取った瓶を無造作にあおり、中身を口に含む。

「……なんだこれ?」

「目覚まし用の薬湯」

「……」

複雑な表情になった副隊長をみて、シリルはくすくすと笑った。

「いくらなんでも、見張りをしている相手に、酒は持ってこないよ」

「ありがとよ……」

再び瓶を突き返され、それに蓋をしたシリルは、空を見上げながら、まるで世間話をするように、副隊長に尋ねた。

「少し聞きたいんだけど……。この辺で、最近妙に羽振りの良い海賊はいなかった?」

「は? 海賊は大概、仕事が終われば羽振りが良いんじゃないか?」

「そういうんじゃなくて。妙に装備がよくなってたり、船がしょっちゅう改造されていたり。つまり、突然、金を使い始めた相手は居なかったかなと思って」

シリルの質問の意味を察し、副隊長は眉間に皺を寄せた。

「……それは、なにかそっちとかかわりでも?」

「どうも、王都での私の仕事に、繋がってたらしいから。聞いたからには調べて帰らないと、うちの上司に怒られそうだし」

「上司? 王宮魔術師長か?」

「それとはまた、別なんだけど……。あっちでジゼルが関わっていた事件だから、できるなら解決したいし、教えてもらえないかなと思って」

怪訝そうな表情を崩しもしない副隊長を、シリルは苦笑しながら、その表情を見つめていた。