軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

25. ソフィアのおたのしみ

次第に日中の日差しが温かくなり、雪解けの水で湖の水位が上がっている。

朝晩の冷え込みはまだあるが、日中の日差しが温かい。

季節はもうすぐ春になろうとしていた。

ペンシルニア家の始まりは朝食のダイニングから。

家族で朝食を摂っている中、ライアスが登城するので一番に席を立つ。

子供達が行ってらっしゃいと声をかけ、シンシアが立ち上がって見送る。

「すぐに帰ってきます」

とライアスが呟きながら長めの抱擁を交わす。——これもいつもの事だ。

「パパ、きょうは、まどねーるね」

ソフィアが昨夜約束した土産を確認する。

「マドレーヌでしょ」

すぐに訂正してくるのはマリーヴェルだ。ソフィアは無視する。

「約束ね。2つね」

「ああ。買ってくる」

王城からの帰り道、少し足を延ばして洋菓子屋に寄って買って来てほしいと言うおねだり。最近のソフィアのお気に入りのお菓子だ。

ライアスの返事に満足してソフィアは食事を再開した。

ふわふわのパンケーキにクリームたっぷり、冬のベリーがちりばめられている。

エイダンは同じくパンケーキではあるがハムやベーコンと卵がふんだんに乗っている。それでも良くお替わりをしているから、マリーヴェルが信じられない、と渋い顔をする。

そんなマリーヴェルはパンケーキは1枚だけでサラダを多く食べている。シンシアと同じメニューだ。紅茶まで真似している。

ソフィアは知っている。マリーヴェルは本当はソフィアと同じくクリームたっぷりのパンケーキがいいし、飲み物もジュースやミルクがいいくせに、強がってシンシアの真似をしていることを。

この前それを言うと「そうやってレディになっていくのよ」とよくわからないことを言っていたから、それ以上追及していない。

自分が好きなことを我慢してまで何かをしようという気持ちは、ソフィアには理解できなかった。

「——さあ、今日は何するの?」

シンシアがライアスを見送って戻って来た。

「僕は帝王学、経済学、午後は法令の授業で模擬裁判を行うので一日屋敷にいます」

「まあ。今日は一日中勉強?大変ね」

「私は社会、天文。後なんだったかしら・・・魔法数式かな。ねえお母様、私まだ魔法数式やらなきゃだめ?魔力がないんだから覚えても仕方ないと思うの」

魔法数式の授業は、魔法陣について学ぶ。それぞれ光や土といった固有の魔術と違い、魔法陣には魔力をこめれば発動する。

その計算された魔法陣は難しい数列で成り立っているから、全てを理解する必要はないのだが。

「使えなくても知っておくことは大切よ。ほら、魔道具にも魔法陣が入っているって習ったでしょ?」

「魔道具は魔石で勝手に動くでしょう。いちいち仕組みを分かってなくても平気よ」

「基本の基本だろ?それくらいは知ってないと後で困るよ」

エイダンまで口を挟んで、マリーヴェルは口を尖らせた。

魔法数式は数学の知識も必要だから複雑で苦手になっている。

それでもシンシアとしては、必要最低限の教育までは終わらせるつもりだった。前世でいうところの義務教育レベルくらいは。

「アルロと準備なさい」

「はあい」

そして最後に、ソフィアへとみんなの目が向けられる。

こうして一日の予定を言う習慣はいつの間にか定着して、ちゃんとソフィアにも聞いてくれるのが嬉しい。

「わたしは、おひるのごはんまではおさんぽにいって、よるのごはんまではへやであそぶ」

「いいわね。一緒にティータイムしましょう」

「うん!」

こうして朝食を終えて各々解散となった。

ソフィアは一人で2階の廊下を歩いていた。

2階の部屋はエイダン、マリーヴェルと並び、エイダンの向かいがソフィアの部屋となっている。

エイダンは勉強と訓練に忙しく、マリーヴェルも最近は真面目に授業を受けているので課題に追われて勉強部屋にいることが多い。

ライアスもシンシアも公爵家と王国軍の仕事で忙しく、基本的には執務室に籠っている。

ソフィアの側には乳母のダリアがいるが、ダリアはもともとエイダンの乳母でもあったので、ペンシルニアではかなりの重鎮である。乳母としての仕事以外でも忙しい。

ソフィアの行動範囲はそれほど広くないので、屋敷内では騎士も側にはついていない。

エイダンと違って動き回ることもなく一人遊びが上手で、マリーヴェルのように構ってほしい性格でもなく話しかけて回るという事もない。

ソフィアは小さな頃から一人遊びが得意だったし、一人になることが多かった。

そんなソフィアが一人でとことこと歩いているのは、特に珍しくもない光景になっていた。

ソフィアはエイダンの部屋をノックした。

「にいさま」

呼ぶと、中からすぐにエイダンが出て来る。

先ほど帝王学の教師が帰って行ったのは確認済みである。

「どうしたの?ソフィア。珍しいね」

遊んで、とは滅多に言ってこないソフィアである。

マリーヴェルが毎日暇さえあれば勇者ごっこをしてと言ってきたことを思えば、ソフィアがこうして来るのは非常に少ないと感じる。

「あそびたくて」

「あー、えっと・・・」

エイダンはちら、と背後を見た。

机には分厚い本が積み上がっている。次の授業まで15分しかなかった。

「いまじゃないよ」

「あ、そうなの?」

「にいさまって、こども?」

「ん?」

質問の意味が分からなくて、エイダンはしゃがんだ。

「こどもじゃないと、だめなんだけど」

ソフィアの中でエイダンは子供か大人か迷う存在らしい。

大人のように思われているようで、エイダンは笑みがこぼれた。

「僕はまだ子供だよ。成人式してないからね」

それを聞いてソフィアはきょろきょろと辺りを窺った。心配しなくても今はだれもいない。

「にいさま、しってる?おんしつの、ゆうれい」

「・・・・・・・・・は?」

ソフィアは低い声で周囲を窺いながら言った。自然とエイダンも小さくなる。

「おんしつにね、ゆうれいがでるの、って」

「幽、霊・・・?」

突拍子がなさ過ぎて、エイダンは珍しくおうむ返しすることしかできなかった。

「おとながいると、だめなんだって。でてこないの」

「へえ・・・え、幽霊?」

「にいさま、つよいから、つかまえられるかな」

「捕まえたいの?幽霊を?」

「うん」

「捕まえてどうするの?」

「えっと・・・」

ソフィアはくりくりの目を更に丸めた。

頑張って言葉を探している時の顔だ。この必死さが可愛い。

「ともだちに、なるの」

友達。

エイダンは緩んでいた顔のまま、きょとん、とした。

ソフィアの中で幽霊ってなんなんだろう、と思いながらエイダンは曖昧に返事をした。

ソフィアはそんなエイダンの腕を掴んだ。

「きょう、くらくなったら、おんしつ、いこ」

妹の頼みをほとんど断ったことのないエイダンは、今日もとりあえず頷くことにした。

「わかった。晩御飯の前にする?」

「ううん。あと」

「わかった。じゃあ、晩御飯を食べたら出発しよう」

「うん!」

うきうきと駆け出しそうになって、ソフィアはまた、あ、と止まった。

「アルロも、こども?」

「そうだね。僕と同い年だよ」

「じゃあ、アルロもくるね。マリーも」

晩御飯の前だと、アルロとマリーヴェルはまだ勉強をしていたり、2人で過ごしたりしている。

晩御飯の後はアルロも自由時間だ。訓練場や書斎で見かけることがある。

「アルロも 行(・) く(・) 、だね」

温室は庭園の一部なので、別に何の危険もない。

夜に子供達だけで出かけるというのも、たまには面白そうだ。

「わかった。じゃあソフィアからマリーとアルロに伝えといてくれる?」

「うん!」

ソフィアはすぐさま勉強部屋へ向かった。

部屋の中にはアルロしかいなかった。

「アルロ」

「ソフィア様」

声をかけると、アルロはゆっくりと歩いてきて、膝をつこうとする。ソフィアは手を伸ばした。

そうするとアルロは抱き上げてくれる。

ソフィアはまだ小さいので、こうして手を伸ばすと皆が抱っこしてくれた。

アルロも初めは戸惑っていたが、今では自然と抱き上げて運んでくれる。

「マリーヴェル様はお部屋に戻られたところで」

「ううん。アルロなの」

「——僕、ですか」

ソフィアは頷いて、そっと耳打ちするように両手でアルロの耳と自分の口元を覆った。

「あのね、きょうね、おんしついくの。ゆうれいみに」

「はい」

アルロは静かに頷いた。アルロはあまり動じないので、ソフィアが何を言ってもはい、と返事をするのはいつもの事だ。

「アルロも、いこ?」

「え・・・僕ですか。その、温室に・・・?」

幽霊、というのは聞き間違いかと思って、温室というところだけ繰り返す。ソフィアは大きく頷いた。

「こどもだけよ。おとながいるとだめなの。ばんごはんたべたら、ね」

ソフィアが楽しみに体を揺らしながら言う。アルロは少し戸惑いながらも頷く。

小さくとも仕える家のお嬢様だ。命じられたことには従う。

「マリーにいっといてね」

「はい」

アルロがそう返事をするのを聞いて、ソフィアは満足そうにまた部屋を後にした。

その日の夕食。

王城から帰ったライアスは食後に約束のマドレーヌを出した。

「ソフィア、マドレーヌだ」

しかし、それを見たソフィアは思っていたような反応ではなかった。

そわそわと食後の水を飲み干して、椅子から降りる。

「ありがとう。あした、たべるね!」

「明日・・・?」

あれほど念押しされたからすぐ食べるかと思ったのに。不思議そうにするライアスにエイダンが補足した。

「みんなでこの後、温室へ行くんです。ソフィアは楽しみにしていて」

「温室・・・?何かあるのか」

今は果物も実をつけていないと聞いているし、特に目新しいものはないはずだが。

「なんでも、幽れ——」

「だめ!ないしょ!」

ソフィアが険しい顔で見てくる。エイダンははたと止まってから、肩を竦めた。

「——だそうです。すみません。ちょっと行ってきます」

「子供だけで行くんですって」

マリーヴェルが言った。めんどくさそうにしているが、アルロと夜出かけられるのが嬉しいのだろう。アルロに言われたら、二つ返事で行くことを決めていた。

「今から・・・?温室と言っても寒いから。ちゃんと上着を着て行ってね」

エイダンが、はいと返事をして妹たちを連れて行った。

仲良く遊ぶ子供達を見ると嬉しくなる。シンシアは微笑ましく思いながら送り出した。