軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16. エイダンの旅

一方、エイダンは愛馬に乗ってひたすら休みなく移動していた。

乗馬はもともと好きな方だが、遠くの目的地に向かってひたすら走らせるというのは、なかなか楽しい。

景色も変わるし、土が変わると伝わってくる衝撃も変わる。上り坂や急斜面、歩きながら木に手を伸ばしたりする。

疲れたら歩き、また気まぐれに走らせて。川辺で水を飲ませながら休憩して、また移動する。

目をつぶって駆けていると、自分がペンシルニアの公子だと言う事を忘れて、何者でもない、ただの人になれたような気がする。

王都から馬を走らせて、間に野宿が2回。

街を経由しても良かったが、どうせなら行軍訓練も兼ねてはどうかとライアスに言われ、目的地までは野宿となった。

いつも訓練で擦り傷を作ると苦い顔をするシンシアが反対するかと思ったが、キャンプと思えばそれも楽しそうね、と意外とあっさり許可してくれた。

時折シンシアはエイダンも不思議に思うくらい大胆な感覚になることがある。

エイダンのすぐそばにはタンとオレンシア、そして副騎士団長のゲオルグが並ぶ。どの面子も気心の知れた者達なので、エイダンは開放感に浸っていた。

目的は穀倉地帯だと言っているから、明日の昼には到着する。エイダンの本当の目的地であるワイナリーは、もう目と鼻の先だった。何ならそこまで進んでしまいたいくらいだ。

アイラには手紙で、ついでに寄るかもしれない、と言っている。返事はなかった。アイラは筆不精なので、大体返事がない。

問題は、いつの時点で騎士団をまとめているゲオルグに言うかだ。

反対はされないと思う。マリーヴェルと違って、エイダンは自分の身は自分で守れるし、これまでも行き先についてはエイダンが決定している。しかもここはペンシルニア領だ。

ただ・・・冷やかされる気がする。

あくまで、自然に、ついでに寄った風を装いたかった。

だからまずは予定通り真面目に穀倉地帯を見学して、国倉の管理状況を見て、水路も確認して。——それから最後にちらっと寄ったらいいだろうか。

そんなことを考えなくても、エイダンが思っているほど騎士たちは主君の色恋事情に野暮なことは言わない。

ただ、何しろエイダンは12歳。背伸びしたり、何食わぬ顔でいたい。ちょっと難しいお年頃なのである。

予定通り穀倉地帯を見て回り、国倉を見学して回ると、その規模にエイダンは少し感動した。今回訪れたのはトウモロコシと麦の畑だった。

乾燥した草原に見えるが、その一帯は全て作物を育てていると言われる。

国を支えると言われるのが納得できる広さで、あちこちに倉庫が点在している。それらすべてにきちんと管理人が存在した。

治水設備に水路も見学しながら数日滞在して、再び一行は出立した。

帰りも野宿である。

行きにも通った森の中で拠点を定めた。

穀倉地帯では豪華なもてなしを受けたが、エイダンはこの野宿が結構気に入っていた。

今日の野営地は森の中の、少し開けた場所だ。

「最も有効な訓練は、なんといってもやはり狩猟です、エイダン様」

ゲオルグが強く勧めるので、野営の傍ら、獲物も狩る練習をしている。

この日も兎、猪と、戦果は上々だった。

「お見事、まったく、恐ろしい」

恐ろしいなんて思ってなさそうに、ゲオルグは豪快に笑った。笑うと口周りにある髯が一緒に揺れる。

マリーヴェルがむさ苦しい、と眉を寄せる男だ。

騎士らは手分けして木々を集めて火を起こしたり、荷物を用意し始める。

「坊ちゃん」

「・・・・・・・」

タンに声をかけられて、エイダンはげんなりとした目を向けた。

「タン。それやめてって」

「それ・・・?」

「坊ちゃんっての。——なに?」

「捌くの、やりますか」

タンはほとんどしゃべらないのに、口を開けばエイダンの事を坊ちゃん、という。エイダンが4歳の時から仕えているから無理もないのかもしれないが、いい加減、その呼び方は改めてほしい。

ただ、滅多に呼ばれないので修正もなかなかされない。

「捌くのは、見てる。任せるよ」

「はい」

少し離れた水場へ捌きに向かった。タンに任せ、エイダンはその様子を見ていた。他にも鳥を取ってきている騎士もいた。皆、肉を切り分けるのも手慣れている。

エイダンも要領を掴んできたから、流れに乗って準備を手伝えるようになった。

ただ、野生の獣の肉は臭くてかなり苦手だ。臭みを取るために香草を山ほど入れるが、それもまた苦手だった。騎士が休憩中に草を摘んで、それが入っていたりする。たまに小さな虫も入っている。エイダンとしては衝撃だった。

狩っておきながら食べないのもどうかと思うので一応は食べるが、正直なところ携帯した干し肉だけで十分だった。

小腹が空いたので皮袋に携帯していた干し肉を口に入れて、エイダンは拠点とする場所へ戻り、木にもたれて休憩した。

食事が出来上がって、今から食べようかとなった時。エイダンはゲオルグに声をかけられた。

「エイダン様、お客様ですよ」

「客・・・?」

野営中に客とは。

そう思いながらゲオルグの背後を見ると、馬をひいて、アイラが籠を持った手を振りながら近づいてくる。

見間違いかと思った。

「ア、アイラ?なんで」

「公子様が来てる気がして。——これ、差し入れです」

ずい、と差し出された籠を見ると、ワインと干し葡萄が入っている。

「——え」

エイダンは予想外の事に何と言っていいか分からなかった。

アイラはエイダンの顔を覗き込んだ。

透明感のある水色の瞳が間近に迫って、エイダンは慌てて一歩後ずさる。

「大丈夫?疲れてる?」

「や、びっくり・・・して。手紙、返事なかったし」

「はは。ごめんね。来れるか分かんなかったから」

エイダンはまだ驚いたまま、籠を受け取った。

「——あ、今から、晩御飯なんだ。一緒に食べる?」

「うん!」

アイラは即答した。

冬の野営は焚火が欠かせない。しっかりと薪を燃やして、それを取り囲む。エイダンが敷物を敷いて、その上に2人で座った。大きな輪がいくつかできているが、エイダンからは少し遠慮してみんな距離をおいてくれている。

ゲオルグがにやにやと笑いながら食事を渡して来る。

本人は微笑んでいるつもりだ。にやにや、と見えたのはあくまでエイダンの主観である。

「これ、エイダン様が狩った猪肉ですよ」

ゲオルグが説明しながら渡す。

「え、すごいね。猪倒したの?弓で?」

「うん——いいから、そういうこと言わなくて」

エイダンは追い払うようにゲオルグにワインの籠を渡す。

「——おお、あったまりそうだ。ありがとうございます!」

騎士らがご機嫌でアイラに礼を言った。

エイダンは手元のスープをすすった。アイラも早速食べ始める。

メニューは猪肉を入れた野菜のスープと、パンと、硬いチーズだ。

ワイナリーから馬で1時間くらいだろうか。冬なのでもう辺りは暗い。

「——え、危ないよね。1人で来たの?」

「今更?」

アイラがけらけらと笑った。

この笑い方、アイラだ。

食事を食べ進めて落ち着いてきたら、やっと思い至ったのだ。

「馬で?1人で?」

「大丈夫、大丈夫。この辺何もないから。もう慣れてるの」

「駄目だよ、危ないよ」

「もー、心配性だなあ」

アイラはクスクスと笑った。

笑い事じゃない。

「・・・ワイナリーは、どう?」

「すっごく楽しい!ずっとここで働きたいくらい」

「え・・・」

「今はもう冬だから、そんなにやることなくて暇なんだけど。収穫時期はすっごく忙しかったけど、楽しかった」

アイラの目が輝いている。

「全部終わって出荷も済んだ頃に、葡萄畑が紅葉に染まるの。一年頑張った作り手へのご褒美みたいな、それはもう絶景なんだから。公子様にも見せたかったー」

「その、公子様ってやつ・・・」

「あっ、いいの?」

「いいよ。騎士しかいないんだから」

アイラは両親にキツく言われてるので、店に行った時は公子様、と呼んでくる。アイラはみんな呼び捨てにするのに、自分だけいつも。

「じゃ、エイダン」

名前を呼ばれると、どきりと胸が苦しくなった気がした。

平静を装ってエイダンは聞いた。

「ワイン作りもしたの?」

「洗って潰すところだけね。あとは見てるだけ。樽の葡萄をみんなで踏むの。すっごくいい香りがするのよ!終わる頃には足が膝まで染まっちゃって」

「膝まで・・・、え、膝まで出して踏むの?みんなで?」

「膝どころかここまで——」

「あ、わ、い、いい、いいからして見せなくて!」

貴族じゃないからなのか、アイラだからなのか?簡単に足を見せようとするなんて。

エイダンは顔から火が吹きそうになった。

幸い、焚き火のあかりでばれてはなさそうだ。

「——楽しそうで、良かったよ」

「うん!エイダンは?何してたの?」

「いつもと一緒だよ。勉強して、訓練して」

「ふうん。大変だね」

「ん——だから、この旅が、すごく楽しい」

「偉いねえ」

アイラはそう言ってエイダンの頭を撫でた。

アイラには昔、泣いているところを見られたことがある。それ以降、どうも弟のような扱いを受けている気がする。

まだアイラの方が少し背が高い。この時期なんだからそのうち成長すれば越すだろうと分かっていても、やっぱり複雑な気持ちだった。

この頭を撫でるのもそうだ。

子供扱いするなと跳ね除けたい気持ちと同じくらい、撫でられているのも心地いいなんて思ってしまっている自分がいて——。

はあ、とエイダンはため息をついて顔を覆った。

きっと変な顔になってる。見られたくなかった。

「どうしたの?食べないの?スープ」

「うん。——ちょっと、この匂い、苦手で」

「食べてあげよっか?」

アイラはずっと手を差し出して来る。

え、食べるの?これ。

エイダンは迷った。

「どうしたの?食べるの?」

「いや、もう——」

「じゃ、ちょうだい」

そう言ってアイラはエイダンの食べていた器をサッと取って、食べ始めた。

それ、口付けたのに・・・。

言おうかと思って、言えなかった。

平民の間では同じ食器を使うのは普通の事なのか?——いや、そんな事はないはずだ。

すごく近しいものならあるだろうけど。——ということは、アイラは僕を、近しい・・・好き?

「エイダン?」

「うわっ」

声をかけられて、エイダンは急速に現実に戻ってきた。

「大丈夫?考え込んじゃって」

「だ、大丈夫」

馬鹿なことを考えてしまっていた。

アイラを前にすると、思考が全く論理性がなくなる。なくなるとわかっているけど、ついつい、変な風に思考が一人歩きしていく。

エイダンは冷たい水を仰ぐように飲み干した。