軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

32.ライアスの来襲

今日は本当に、とんだ一日だ。

ヒューケは心の底からそう思った。

始まりから良くなかった。

痛みのひどい頭を抱えながら、再び城の門をくぐる。

諸々の処理を終えて、ようやく家に辿り着いたのが、昼過ぎ。一先ず色々なことは忘れ、休もうと思う。少し遅くなってしまったものの好みのお茶を淹れてさあ飲もうとしたとき——その報せは届いた。

今日はもう、休もうとすると良くない知らせが来るという呪いでもあるのか。

一国の宰相という立場だから、あらゆる有事の際に働かねばならぬものだし、対処できるという自負もある。——いや、あった。最近少し揺らいでいる。

予測の外を常にいくのは、決まってペンシルニアが絡んだ時だ。

初めは革命軍の時。見返りを求めない支援の数々に常にその裏を読もうとした。結局今となっては、それも純粋な支援だったのだと改めて驚愕する。他人で、しかも、平民の孤児だったアルロを公女の侍従にし、更には専門的な教育を施し、かと思うと簡単に他国に手放す。

気前が良すぎて大丈夫かと思いきや、敵国には容赦がない面もある。

だから今日のこの報せも、ペンシルニアが関わっているような気がしてならない。まだ紅旗が立ったとしか聞いていないが、そうに違いない。

急いで城に駆け付けると、ちょうど帰ってきたアルロと謁見の間の前で鉢合わせる。

3人で謁見の広間に入り、変装を解いた瞬間、そこに、スタンレーに連れられた伝令が駆け込んでくる。

「——失礼いたします。武装した、——軍隊……?おそらく、その……」

「落ち着いて」

伝令も混乱していた。走っている間ずっと、何と説明しようか考えていたが、結局混乱したまま、まとまらなくて今に至っていた。

「ペンシルニアから人が来るのは予測していたから。慌てなくていい」

国王たるアルロが平静だからか、伝令も何とか息を整え、言葉を探した。

「その……旗はペンシルニア騎士団です。しかし、なぜか、その……武装しており」

顔がみるみる青ざめている。そんなに恐ろしいものを見たのだろうか。

「あれは、さながら、魔王——」

え、僕?——アルロは一瞬そんなことを考えてしまった。

闇の魔力の使い方を誤ると暴走し、それがかつて魔王と呼ばれたと言うところまでは、前回までの調査で発表されている。

「魔王はファンドラグにはいねえだろ」

スタンレーが呆れたように言うと、伝令が思い詰めた顔で続けた。

「しかし、お、おそろしい……魔力が、漏れ出ています。あれほどすさまじい魔力を持つものが、人間であるはずが……」

「人間よ。大魔神だけどね」

ふん、と吐き捨てるようにマリーヴェルが言った。

そこで初めてその存在に気付き、伝令の動きが止まる。

銀の髪、金の眼——ペンシルニアの銀花が、どうしてここに。

「——用件には予想がついている。公爵様は何と」

アルロが促すと、伝令兵ははっとした。

「その、話が通じず。進軍が、何を聞いても止まらず……とにかくブラントネル王城まで来ると」

「物々しいな……」

スタンレーが驚かないのは、マリーヴェルが来たのをヒューケから聞いていたのだろう。

「まさか戦争を仕掛けに来たわけではないだろうが」

「それも、その——あ、相手次第だと!」

伝令は震えているようだった。

ペンシルニアの上級騎士が10人集まれば城が落とせると言われている。

さすがに王城を落とすには10では足りないだろうが、相手はライアスである。本気になったら、国を滅ぼすこともできるだろう。

実際にその軍団を目にして、それが決して誇張された情報ではなく、攻め入られたらひとたまりもないと感じたのだろう。

——いや、こちらにはアルロがいる。

ヒューケとスタンレーの視線を感じ、アルロは驚いたように首を振った。

「え、いや、戦いませんよ。迎えに来ただけでしょうから、姫様を」

「私は帰らないわ」

マリーヴェルがきっぱりと言い放つ。

「姫様……」

「親子喧嘩に国を巻き込まないでください」

マリーヴェルはヒューケを睨みつけた。

「喧嘩じゃないわ!」

「——とにかく、迎えにいかないと」

火急の時なので一先ず街の城門は閉じている。

「僕が行きます。姫様は——」

「私も行くわ」

またアルロに何かしたら許さない、と意気込んでいる。

「——私も行きます」

そう言ったのはスタンレーではなく、ヒューケだった。

「え、宰相が?」

「はい」

当然、というような言い方で。口を挟ませない雰囲気だった。スタンレーはじゃあ、と引き下がった。

「——俺は、一応、兵を招集しとくか」

「お願いします」

動揺する伝令兵を宥め、一緒に出ていってくれた。

諸々の事はスタンレーに任せていて大丈夫だろう。

アルロ達は城門まで馬を飛ばした。

城門の見張り台から見ると、物々しい一軍がすぐ目の前に迫っていた。

騎士らの顔は見えなかった。鎧は全身を覆い、頭もしっかりと覆われて顔もわからない。

無機質な鎧に赤いマントがずらりと並ぶ。

日の入りが近いから、影は伸び、厳つい形の影が大地を覆い隠す。

完全武装である。

「まさか……ここまでする?」

戦時下でしか見ない様相に、マリーヴェルも驚いていた。

馴染みのないブラントネルの国境兵は喫驚したことだろう。あの一人一人が魔力持ちの騎士だとしたら、街は跡形もなくなる。

「とりあえず、話を聞きに行って参ります」

ヒューケが言うのでアルロは慌てて振り返った。

「え、いえ、僕が行きますよ」

「まさか!」

これには、ヒューケが思いの外強く反応した。

「国王陛下自ら?行かせられません!」

「え、でも……」

用件はわかりきっているし、それは間違いなくマリーヴェルとアルロに関することだ。

それに相手はライアスである。アルロの方が近しい。

「また万が一——」

ヒューケの視線がアルロの頬にあることに気づく。

アルロが気にしていなかったから、気づくのが遅れた。ヒューケはアルロがまた殴られるのではないかと心配しているのだろう。

「宰相、大丈夫だから」

「何が大丈夫なんですか?」

「公爵様はそんな、理由なく攻撃したりは——」

「理由なく?今目の前で起きてることを見てもそう言えますか」

「それは……」

「お父様、どういうつもり!!」

二人で話していると、マリーヴェルが身を乗り出して叫んだ。

叫ぶと確かに聞こえる距離だろうが……見張り台からそんなに身を乗り出したら、危ない。

「姫様!」

アルロは慌てて体を支えた。

こちらを見上げるライアスと目が合う。

離れていてもものすごい威圧感、存在感だ。一人だけ頭部の鎧はつけておらず、先頭に立ってこちらを睨み据えている。

びりびりと肌が総毛立つ。もうすぐ地響きも起きそうだ。

「お父さま、そんな格好で戦争でもするつもり?」

「あり得ない事ではないな」

「なっ……」

その場にいた全員に緊張が走る。

「どうしてここがわかったの」

デートだったのに、とマリーヴェルが呟いている。

そんな場合だろうかと誰もが思っただろう。

「娘がいなくなったんだ、手を尽くして探すのは当然だろう」

「ソフィアね。あの子……」

ライアスは固い表情のまま、呆れたようにため息をついた。

「ソフィアと第一王子殿下に聞いた」

聞いた——まさか、その気迫のままに聞いたのだろうか。ライアスのひと睨みで、アレックスはさぞかし震え上がったことだろう。

ソフィアだけではなく第一王子を巻き込んだことにはライアスも呆れているようだ。

「その辺りの分別の話からしなくてはいけないか」

ライアスの低い声が響いた。

マリーヴェルに対してそう言う物言いはかなり珍しい。

いつもマリーヴェルが少しでも反抗すれば、もうそれ以上言えなくなって、よくシンシアに怒られている——そんな構図だった。

対してマリーヴェルはどう思っているのか。普段からほとんど怒ることなく何でも許してくれたライアスが、突然こんな風に強硬手段に出て。有無を言わさず連れ帰ろうとしている。

マリーヴェルの性格上、驚いて従う——などという事は、決してない。

逆である。

「私絶対帰らない!!」

マリーヴェルはアルロの腕にしがみついた。

「何があってもアルロから離れないから!」

「マリーヴェル、話を聞きなさ——」

「お父様なんて、大っ嫌い!」

ペンシルニアの騎士らに動揺が走る。

巨大な爆弾が投下されたのと同様のダメージじゃないか、と心配していた。

しかしライアスは怯まなかった。

「大人になったと思っていたら……」

「自分の胸に手を当ててみたら?私一人連れ戻すのに騎士団を動かして、それが大人のすることなの!?」

「姫様」

アルロが遠慮がちにマリーヴェルに手を添えた。静かな声だったが、マリーヴェルの勢いがしぼむ。

「ここは風が強いですし、危ないので、一旦中へ入りましょう」

アルロはライアスに向けて声を上げた。

「とにかく、話を、しませんか」

このまま親子で会話を続けるととんでもなくこじれて行ってしまう。

「もうじき日が暮れます」

アルロの言う通り、西の山に今にも陽が隠れそうになっていた。騎士等の影が長く伸びている。それが一層不気味に、魔王軍のような様相を呈しているのだが。

「城門を開けます」

「その必要はない」

軍団を引き連れてきたライアスに対し、アルロは全幅の信頼を見せた。しかしライアスはきっぱりと拒否した。

「娘を連れ戻しに来ただけだ。引き渡しさえすればこのまま帰還する」

城に上がるつもりもなく、このままマリーヴェルを受け取って帰る。それ以外は認めないという。

「では、僕がそちらへ——」

「いけません」

ヒューケがアルロを止めた。それからライアスに向かって丁重な姿勢を崩さず、頭を下げる。

「公爵閣下。我が国の国王陛下に、相応の対応をしていただけませんか」

ライアスはしばらく考えてから、騎士らに待機の合図を送った。

「私1人で入る。すぐに発てるよう待機しておけ」

そう言ってブラントネル城門へ悠然と歩を進めた。