軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31.時計台から見える景色

いろいろな露店を回っていたら、あっという間に昼過ぎになった。

お店で食事をするよりも、色々な露店の物を食べたい、とマリーヴェルが言う。そのため、そのまま二人は喧騒を少し離れた高台に上った。ちょうど穴場のようなところで、人が急にいなくなる。

「本当に何もないので、誰も来ないんです」

そうは言うが、少し高台になるから街の建物より少しだけ目線が上がって、遠く山岳まで見晴らせる。なおかつ、兵舎が近いので治安がいいらしい。

アルロは切り株の上に自分の外套を敷いて、マリーヴェルと座った。

マリーヴェルの好きそうなものをいくつか選んで、アルロが軽食を買っておいてくれた。羊の香草焼き、香草の入ったパン——ブラントネルでは色々なものに様々なハーブを入れる。ファンドラグではハーブと言えばお茶が主流なのでそれも新鮮だった。それから、ファンドラグではあまり知られていない、不思議な甘みのあるフルーツのジュースや果物。

「美味しい!」

「お口に合ってよかったです」

どれも外れがなくて本当に美味しかった。マリーヴェルの好きなものをアルロが分かってくれているのも嬉しい。

もしかして、いつか来た時のためにと考えていてくれたのだろうか。それくらいアルロは迷いなく買い集めてくれた。

ごみを片付けて身軽になったら、アルロは再びマリーヴェルの手を引いて歩き出した。

手を繋いで小道を歩いていると、何だか懐かしいような気がする。

マリーヴェルとアルロが出会ったのは、もう10年以上前になる。その時からアルロはずっと、こうしてマリーヴェルの手を引いてくれているように思えた。

「姫様、まだお疲れではないですか?」

「うん、全然元気」

このまま城に帰るのは何だか惜しいと思っていたから、マリーヴェルの顔はパッと明るくなった。

「どこに行くの?」

「まだ建築中なんですが、足場はできたので登れるんです。あそこに——」

アルロの目線のすこし先に、街で一番高い建物が、まだ骨組みの部分も露わになった状態で聳え立っている。

「何を建ててるの?」

「時計台、兼、見張り台のようなものを。——元は街で一番大きな教会だったんです。何か象徴のようなものを造りたいと、街の人々から申し出があって」

「象徴……」

現在、ブラントネルには教会がほとんどない。これまでは街で一番の建物と言えば、どの街でも大抵教会だった。それだけお金も権力も集中していた。それが今は、教会の権威は地に堕ち、廃止されているわけではないが細々と何とか保っている程度だ。

復興のシンボル、心の拠り所——そういう類のものが欲しいと街の方から声が上がったのを、アルロはほとんど二つ返事で了承した。

国民が要望を声に出すこと自体、今までありえなかった事だった。たった4年でそれが成ったことがまず何より嬉しかった。

「少し階段が続くのですが、とても景色が良くて——」

「行ってみたい!」

マリーヴェルが即答するので、アルロは笑って手を引いた。

時計台の建築は今日は休日らしく、誰も人がいなかった。市場から離れ、学術区域らしい。人もまばらで、この未完成の広場に立ち寄る人もいない。

立ち入り禁止の札をよけて、アルロが招き入れてくれる。

「入っていいの……?」

「はい。僕が建てている建物なので」

確かに。所有者みたいなものだから、いいのだろうか。

この国のどこでもアルロが行けない場所なんてないんだろう。マリーヴェルの中ではアルロはまだ国王という実感がなくて、不思議な感じがする。

建物はまだ半分もできていないけれど、足場の土台は完成していた。

剥き出しの階段をアルロと一緒に登っていく。

先ほどの高台よりもずっと城に近いから、首都の外よりも王城から街並みまでが一望できる。

半分を過ぎたくらいから激しく息切れしたマリーヴェルに合わせて、アルロがゆっくりと休みながら登ってくれる。手を引き、腰を支えてもらいながら、そのドキドキが触れ合っているからなのかただの運動によるものか分からないくらいだ。

そうして、かなり時間をかけて二人は時計台の頂上に当たる場所まで登った。

「うわあ……」

マリーヴェルはその景色に歓声を上げた。

高さがあって、怖いけど。それはアルロが支えてくれているから問題ない。

城の中程と同じくらいの高さになって、街が一望できた。それだけではない。城を囲む湖の澄んだ水面がきらきらと陽光を反射して、輝いている。

城を水面に移し、更にはその底に水中都市が見えて、まるで別世界の王国を天からのぞき込んでいるようだ。街並みもひしめき合って建てられた建物が一つの絵画のように美しい景色になっている。

なんて素敵な景色なんだろう。

言葉を失って、しばらく見とれていた。

「——すごい、アルロ。たった4年でここまで街を変えるなんて」

「僕の力ではないんですけど」

アルロは組まれた骨組みにそっと触れた。何の素材でできているのか、石でも木でもない、頑丈そうな素材だ。

「——この時計台の建築には、ゲノム魔術国の協力を得ているんです。そのおかげで通常の倍の速度で建築が進んでいて。これが成功すれば、建築はがらりと変わる」

まだまだ発展途上のブラントネルは、今建築ラッシュだ。それに対して資材も人も足りない。けれど魔術で補えば、格段に復興は進む。

「もっと、これからどんどん発展していくように思えて。ここを姫様にお見せしたかったんです」

——僕達で更に発展させていきたい、そう言いたいが、今はまだ言えない。求婚の許しを得たらすぐにでも言いたい。

「そういえば、魔術師みたいな人も多かったわね」

ファンドラグではあまり見かけない、ゲノム人らしい集団をちらほらと見かけた。

そもそもファンドラグは騎士の国だから、魔術は戦闘に組み込まれるものが主流で。それ以外の研究はあまり進んでいない。

「これまでの魔術は、ごくごく原始的な使い方なんだそうです」

「原始的……身体強化も?」

「はい。言われて見れば、単純に魔力を放出するだけの者でしょう?魔法陣を使って魔術を展開するのは、魔術師の専売特許で、それを習得する人も少ない」

無理もなかった。魔法陣はあまりにも複雑で難しすぎる。ひたすらその研究をしている学者レベルでなければ扱えない。実用的ではないのだ。

「魔法陣を簡素化することにも注力しているんです。簡単にすることで、発展することになるかと思って」

より複雑で困難な術式を研究するのも大切だが、大衆化することも大切だ。そもそも、大衆のためにある魔術でなくては。そのためにブラントネルはゲノムと手を結んだ。

ブラントネルの書庫には古代の資料がある。魔力持ちが少なかった時代が長いが、本来魔力に恵まれた土地である、魔力発祥の古代王国があった場所だ。

「これからは魔術の時代かもしれないのね」

だったら、ブラントネルはもっと巨大な国になるかもしれない。

「すごいわ、アルロ」

「この国は……耕作地に向いていない土地ばかりの国だから、輸入に頼るしかなくて。ここまで国が崩れたのもそのせいだったと思うんです。だから、農業以外の方法で国を豊かにしたくて」

「すごい」

マリーヴェルはもう一度言った。それからふっと笑った。

その顔が、憂いを帯びたような顔に見えて。アルロはどきりとした。

「本当は、私も一緒にやりたかった」

「姫様」

「勉強したら、一緒にできるかと思ったの。色々。でも、勉強すればするほど、遠く感じて」

ここ1年くらいはその思いがどんどん強くなった。

自分はあまりに物を知らなさ過ぎた。知った所で、隣で同じことができるだなんて、とても思えなかった。

「去年出した人材育成の法制度だって、10年、20年先の為の法律。あんなのどうしたって、絶対思いつかない。それを思ったら、私、まだまだ足りないって」

マリーヴェルは悲しい顔をして、アルロの肩に頭を預けた。

「ごめんねアルロ」

それは——声を掛けようとして、アルロはふと遠くの景色に目を向けた。

「——あれは……」

アルロの硬い表情にマリーヴェルも振り返る。マリーヴェルの目にはアルロの見ているものがよく見えなかった。

「どうしたの?」

「紅旗……」

「えっ」

紅旗——ファンドラグと同様に、非常時に掲げる旗である。

国境から早馬が紅旗を掲げてやってくる、それはつまり、武装した軍隊がこちらへ向かっているという事だ。

言っている間に、確かにものすごい速度の騎馬が一人、赤い旗を掲げたまま王城に向かっている。

「そんな、戦争を起こしそうな国……」

今はどの国とも友好的な関係を続けているはずだった。マリーヴェルもそこはかなり念入りに勉強している。

アルロを見つめると、じっと遠くの方を見つめている。

それほど慌てている様子はなかった。

「アルロ……」

「あの方角は——あの伝令は、ファンドラグ国境に配置している者です」

「ファンド——え、うち!?」

ファンドラグの有事——は、考えにくい。

まさか、いくら何でも、家出した娘のために軍を動かすなんて事、有り得ないと思っていたが。

「王城に帰りましょう、姫様」

アルロが残念そうに笑った。

それどころじゃないかもしれないけど、マリーヴェルとのデートがこれで終わりなのを残念がってくれているようだった。