軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編【マリーヴェルとライアスの留守番】1(ep.45の後)

この日、シンシアはエイダンと二人で出かけていった。

もうすぐ7歳になるエイダンの誕生日会に向けて衣装を見に行く。——と言うのは建前で、いつもついついマリーヴェル優先になるので、シンシアがゆっくりエイダンと出かけるのが目的だ。

そうして屋敷に残されたのが、ライアスと——マリーヴェル2歳6か月。

運の悪いことに、この日レナが風邪をひいた。シンシアらが出かけた後発覚したため、ダリアもシンシアらについて行っているしで、育児要員がいない。

「——ダリアを呼び戻しましょうか」

執事が心配そうに子供部屋を訪れて尋ねた。

とりあえずマリーヴェルとライアスで遊んでその隙に、シンシアらは出かけたところである。呼び戻せば1時間程度で戻ってくる。

ライアスは膝の上で人形遊びをしているマリーヴェルを見た。

ご機嫌で遊んでいる。

生まれた時は抱っこすることすら難しかったが、今ではすっかり抱き上げることに慣れ、マリーヴェルも何かと抱っこをせがんでくるようになった。パパ、パパと呼んで離れないこともある。

そもそも今日は休みを取って、一日マリーヴェルと遊ぶと決めていた。

「大丈夫だ」

自分の手の半分もない手で、せっせと人形の髪を結ぼうとしている。うまくいかなくて何度もやり直していた。

「呼び戻せばシンシアに心配をかけるだろう。今日はエイダンも楽しみにしていた日だからな」

「承知いたしました……」

執事は心配そうにしながらも下がっていった。

「んもうー、できなぁ!」

ぽいっ、と人形を放り出してマリーヴェルは手足を伸ばした。

それでもまだライアスの膝の上から少しはみ出るかどうかの小ささだ。

エイダンはペンシルニアの血をよく継いで小さい時からがっしりとしていたが、マリーヴェルの骨格はシンシアに似たらしい。華奢で、小柄だ。それが余計壊してしまいそうで怖かったのだが、最近ようやく慣れてきた。

「マリー、本でも読むか」

「や」

「では……お散歩は?」

「やよ。ママは?」

「ママはお出かけしてる」

マリーヴェルはその言葉にはっとしてライアスの膝から降りた。

「まりも!!」

慌てて扉に向かって駆け出す。本人は急いでいるつもりだが、ライアスが数歩で追いつく。

「マリー、ママはもう行ってしまったよ」

ドアに手を掛けようとした所にそう言われて、マリーヴェルはこの世の終わりのような顔をした。

「マリも!おでかけぇ、マリもなのにぃ……」

マリーヴェルの目にみるみる大粒の涙が浮かぶ。

「うっ……ママぁ。ママああああ!」

ドアに向かってマリーヴェルが叫ぶが、ドアは自分では開けられないし、いくら呼んでも来てくれるシンシアはいない。本当にシンシアが来ないと分かると、マリーヴェルはますます大きな声で泣き始めた。

「マ、マリー、パパと遊ぼう」

「やー!う、うええええ」

「パパとお出かけするのはどうだ?」

「パパやあ!!」

手を伸ばそうとすると暴れるマリーヴェルをどうしていいかわからず、抱き締めることもできなかった。無理に抱き締めたらマリーヴェルを傷つけてしまいそうな気がする。

「マリー……」

心配してそっと覗いて来た護衛騎士とメイドに頭を抱えながら大丈夫だから、と手を振る。シンシアがいなければ、もしくはせめてレナやダリアでなければマリーヴェルの怒りは収まらないだろう。

扉がまた閉められて、マリーヴェルは更に大きな声で泣いた。

そもそもシンシアが出かけているとストレートに言ってしまうのが良くなかった。行ってしまったという言い方も良くなかったかもしれない。

たった一言で一気に機嫌が急降下するのに、ライアスもどうしていいかわからなかった。

「ママは……その、まだ、帰ってこないから……」

「ううっ、うええ、ええっ」

「あそこに行かないか?ほら、玩具がたくさんあった所」

お出かけをすれば少しは機嫌が直るだろうか。

「もちゃ?」

マリーヴェルが反応した。

「ほら、お城もあって、マリーはそこでティアラを被って遊んでいた」

「おひめちゃま?」

マリーヴェルが目を輝かせた。頬には涙の跡がくっきりと残っているが、それでも泣くのはやめて乗り気になっている。

これはいける。ライアスも身を乗り出した。

「そう、そこだ。パパとそこに、お買い物しに行こう」

「おかいもにょ?かうの?」

「ああ」

「まりの?」

「ああ」

「いく!」

マリーヴェルが嬉しそうに飛び跳ねた。

ライアスはほっと胸をなでおろす。

2歳になり、話が少し通じるようになって、こういう所は良かったと思う。

何を言っても嫌と言われる難しさはあるが、物で釣ることができるのだから。

「——よろしいのですが。お出かけのご予定はありませんでしたが……」

「護衛は一人もいれば十分だ。私が連れて行くから問題ないだろう」

心配する執事にそう言ってライアスは身軽に出かけて行った。

執事の心配は身の安全の事だけではなかったのだと、ライアスは玩具屋でようやく気付いた。

玩具屋に来たらご機嫌で解決すると思ったのが浅はかだった。

マリーヴェルは、ウキウキと跳ねるように歩きながら、陳列されているお城と兵隊、装飾品に目を輝かせた。そして。

「ここからね、ここまで、ほちぃの」

散々店中見て回ってから、一列全部、一番豪華な棚を指してそう言った。

もちろん、買えない額ではない。場所も——まあ、屋敷のどこか一部屋を使えば置けるだろう。

しかし問題は……そんなに大量の玩具を、今まで買ったことがないという事だ。

シンシアは間違いなく反対するだろう。

「ここから……ここまでは、ちょっと……多すぎるんじゃないか」

「え?」

マリーヴェルは思いもよらない、と言うような顔をした。

「パパ、いっちゃよ。かってくりぇりゅて」

「い、言ったか?」

「いっちゃ。ぱぱ、うそちゅき、めよ!」

ほしいと駄々をこねるのでもなく、叱るように言われてライアスの方がたじろぐ。

「やくしょくよ」

「そ……そういう、約束……だったかな」

マリーヴェルは頷いて、待っていた。

さあ早く買ってきてちょうだい、と言わんばかりに待っている。

ライアスには、庶民が良く使う「今は持ち合わせがないから」という言い訳も思いつかなかった。マリーヴェルを泣かせずに納得させつつ、この玩具屋を後にする方法が全く思い浮かばなかった。

「では……ここから、ここまでを」

再びマリーヴェルの号泣を防ぐには、そう言うしかなかった。

護衛騎士に配達の手続きを頼み、ライアスはマリーヴェルと外に出た。

何か昼食を軽く食べて帰ろうかと思う。屋敷にこのまま帰るよりは、適当に時間をつぶしてから帰りたかった。

「パパ、ありがちょおね」

マリーヴェルがお店を出ながら言った。いつもシンシアにお礼を言いなさいと言われているから、毎回言うセリフだ。

「たのちいねえ、パパとおでかけえ」

へへ、と幸せそうに言われると、来てよかった、買ってよかったと思うライアスだった。

「きゃー!!」

突然聞こえてきた悲鳴に、ライアスは咄嗟にマリーヴェルを抱き上げた。

「泥棒!ちょっ、捕まえてー!」

足音はこちらに向かってくる。

曲がり角からすぐに男が走って来るのが見えた。こんな街中で、手には斧を持っている。

その斧でどこかの家に押し入ったのだろうか。

シンシアと家族で出かける時のように入念に 掃(・) 除(・) をしていたわけではないから、残念ながら王都もまだそういう所がある。

ライアスはマリーヴェルを左の小脇に抱えて、右手で剣を抜いた。フードの胸元をしっかりと止めれば、マリーヴェルはすっぽりと隠れる。

極力危険は避けたかったが——見過ごせない。

「止まれ!」

警告したものの、身分を隠すためにフードを深く被っていたから、相手はまさか公爵とは思っていないようだった。

「この……どけ!!」

斧を振り上げながら向かってくる。

ライアスはすっと体の向きを変え、右足を一歩出した。

男がライアスに狙いを定め、斧を振り下ろそうとする。

「遅い」

動きが遅すぎて、退屈を感じるほどだ。

男の上げた斧を剣で払いのける。しっかり握っていないから簡単に斧が吹き飛んで行く。動きといい、武器を持ち慣れていない者のようだった。

驚いている男の脇腹に、剣の柄を少し強めに振り下ろす。

「ぐああっ——」

男は道の端まで吹き飛んで、そのまま意識を失った。

「警備隊!」

「——っ、は!」

駆け付けた警備隊は、驚いて止まっていた。それに喝を入れれば、フードを外したライアスがペンシルニア公爵と直ちに気づき、その場に敬礼した。

「挨拶はいい、処理しろ」

「はっ。ご協力、感謝申し上げます」

ライアスは剣をしまって、マリーヴェルをフードから外に出して両手で抱き直した。

「マリー。びっくりしたか?」

衝撃もないように細心の注意を払ったつもりだったが、どうしてもフードの影から見えてしまったはずだ。

吹き飛ぶ男に、つい数か月前の誘拐を想起させたりしなかっただろうかと心配になる。

マリーヴェルは剣をしまったライアスの手を、両手で掴んだ。

「いちゃ、ない?」

両手で包み込んでもまだライアスの手はそれより大きい。その手を、怪我がないかまじまじと検分しているようだった。

「ガン!ってちたの。おてて、いちゃく、ない?」

ライアスは目を見張った。

目の前の、本気でライアスの心配をしているマリーヴェルに愛しさがこみあげてきて、ぎゅっと抱きしめる手に力を込める。

「心配してくれたのか、マリー」

「うん」

「パパは強いから、大丈夫だ」

「でも、ガンってちたら、いちゃあよ?」

「痛くなかった、大丈夫だ」

くりくりとした金の瞳に見上げられて、自然と笑みがこぼれる。

そう言えばエイダンも、マリーヴェルくらいの時にライアスの戦闘訓練を見て、大きな音に驚いていたことがあった。

エイダンは、その様子にただただ目を輝かせて、どうやるの!?と聞いてきたのだった。

一方マリーヴェルは、あの大きな音にライアスの心配をしたようだった。

「娘ってのはいいですねえ」

いつの間にか護衛が戻ってきて横に立っていた。

彼には息子が4人いる。

「そんな風に心配してくれるのは、娘だけですよ。いいなあ。やっぱり私も娘が欲しい」

子供の扱いに慣れているこの騎士はマリーヴェルの護衛を担当することも多い。慣れた様子で、少し屈んで視線を合わせ、にこにこと話しかけた。

「マリーヴェル様は、公爵様が大好きなんですねえ」

マリーヴェルは最近、公爵様というのがライアスだと理解できるようになった。

「まり、パパだいしゅきよ?」

「いいですねえ」

はあ、とため息をつきながら羨ましがられる。

「——わかったから、馬車を回して来い。もう帰るから」

護衛騎士はいたずらを思いついたような顔をした。

「マリーヴェル様、大好きな人とは結婚すると、ずっと一緒にいられるんですよ」

いったい何を吹き込もうとしているのか。

「おい——」

いいから早く行け、と言おうとしたら。

「まり、パパとけっこん、すゆー!」

そう言ってマリーヴェルは満面の笑みを浮かべた。

「パパ、ずっと、いっちょ、ね?」

「はっ……!」

百戦錬磨にして地に伏せたことのない男——と言われていたライアスが、その場に崩れ落ちた。

この日を、ライアスはペンシルニアの祝日に設定した。『祝福が降りた日』としたその由来を知るのは件の護衛騎士だけだった。