軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最終話

戴冠式が終わり、首都の祝祭がまだ賑わいを見せている時点で、ペンシルニアの一行は帰国の日を迎えた。ブラントネルはいつまでも国賓を歓待し続ける余裕がないのも分かっているから、長居は無用だ。

出立の朝、馬車の前にずらりと人が並ぶ。その先頭でアルロは挨拶をした。

「本当にありがとうございました。次は、僕がお邪魔します」

「あまり無理しないでね?忙しいのはわかっているんだから」

シンシアの気遣いにアルロは感謝の気持ちで頭を下げた。

どれほど忙しくても、一日でもあそこに帰れば、きっと元気を取り戻す。

だからアルロはふらりと帰るかもしれない、と思った。そしてそれをペンシルニアの皆が温かく迎えてくれるのも分かった。

「アルロ。怪我しないでね。ちゃんと食べて寝てね」

「はい。姫様も。どうかお元気で」

「手紙を書くわ」

「お待ちしています」

エイダンと目が合う。会釈のように頷き合って、コン、と拳を合わせた。

「あの約束はまだ有効だから」

どの約束だろう。マリーヴェルに触れるなと言われたやつか、それとも、手紙をエイダンにも書いてというやつか。

そう思っていたら、エイダンが小声で言った。

「かすり傷でもできたら、一度帰ってくること」

「はい」

アルロが笑いながらちゃんと返事をしたから、エイダンは満足そうに頷いた。

名残惜しいが、いつまでもそうしてはいられない。それぞれ言葉を交わしつつ、馬車に乗り込んだ。

ブラントネルの王城らしい朝霧の立ちこめる中、馬車は出立した。

そしてその馬車列が見えなくなるまで、ブラントネルの人々はいつまでも見送ってくれていた。

ブラントネルの首都を発って数時間もすると、また荒れ野原を延々と馬車は走る。

「楽しかったわね。文化が違うから、見るもの色々目新しくって」

二人きりの馬車の中で、シンシアは隣のライアスに体重を預けた。長時間馬車に揺られるとつらいので、ライアスに体重を預けると少し楽なのだ。

「はい。実際に足を運ぶとよくわかりますね。思っていたよりずっと整備が進んでいるし、治安も回復しているようで」

「アルロが・・・頼もしかったわ」

戴冠式での姿を思い出して、シンシアはしばらく黙って物思いにふけっていた。

「お疲れですか?」

「ううん。色々考えてただけ」

ライアスはそっとシンシアの髪をといた。シンシアもライアスの胸に頭を預けて、そのぬくもりにそっと目を閉じる。

ここまで来るともう、原作の小説の影はどこにもないと、シンシアは思った。

——エイダン・ペンシルニアは恵まれない子供だった。幼いころから両親の愛情を知らずに育ち、様々な苦難に見舞われ、その心は闇の中に固く閉ざされていた。影を背負った主人公は、誰にも心を開かず、愛を知らない、孤独の青年となる。十五で光の力を覚醒させ、公爵位を継ぎ、魔王討伐軍筆頭として勇者となり戦争へ——。

今、エイダンもアルロも十七歳になった。

小説の中の話とは随分と変わったこの世界の事を考える。

もう大丈夫だと思えたのは、アルロの笑顔を見たからだと思う。

「エイダンはもう十七になったわ」

「はい」

つらそうにはしていない。ただ少し考え込んでいるシンシアの顔をライアスはじっと見下ろしていた。

「もう、安心していいかしら」

「はい」

シンシアがずっと抱えていたものをライアスもいつも考えていた。細かく聞きどれ程対策を練っても、シンシアの不安が消えることはないと分かっていた。

全ての予測に対し、万全の対策をすると伝え、事実そうして来れたとは思うが。

シンシアの一番大きな不安がここへきてようやくなくなったのだと、ライアスも確信できた。

「ありがとうライアス。私の突拍子もない話を信じてくれて。ここまでこれたのは貴方のお陰よ」

「何を言うんです」

ライアスはシンシアをさっと抱き上げた。その軽い体を膝に乗せる。シンシアは少し驚いたようにライアスと同じ高さで視線を合わせた。

「何度も言っているでしょう。ペンシルニアの要は、貴方です、シンシア。貴方が私にも、子供達にも愛情を注いでくれたからここまで来れた道です」

だったらそれは。前世の記憶が呼び覚まされたからだとシンシアは思う。前世の記憶がなかったら、世の中を恨み、小説の通りに未来は進んだだろう。

それは光の魔力によるものか、原始の魔法とやらなのか。分からないが、そのお陰で前世を知り、前世の悔いをなぞるように、ただ子供達にめいっぱいの愛情を注いだだけだ。ここまで国を巻き込んで未来が変わるなんて思いもしなかった。

それなら・・・シンシアがうまくできたのは三人の娘のおかげだ。

ずっと心の中にいる。前世で遺してしまった子供達との記憶のお陰で、今の自分があるから。

シンシアは目を閉じた。

前世の娘たちの顔が今でもはっきりと思い浮かぶ。触れた時の感触も。

病気を告知された時。まさか、と信じられなくて、足掻いてもがいて、時には泣き叫び。1日でも長く生きられるように、できる事は何でもすると思った。

卒園式までは。入学式までは。次の誕生日・・・ああ、どうしたって時間が足りない。

神様に祈った。子供達と1日でも長くいられるなら、何でもする。病気がなかったら、いい母親になると誓うから、どうか・・・。

そんな前世の日々に、思い出すといつも涙が出てしまうけれど。あの子達と一緒にこの世界を変えたのだと思うと、今日は不思議と涙は流れてこなかった。

「——このまま、少し足を延ばしましょうか」

「え」

ライアスが突然言うから、シンシアは驚いて声を上げる。

「帰るのがもったいないでしょう?」

「そんな・・・でも」

コン、とライアスが御者側の馬車の窓を叩き、馬車を停めた。ゆっくりと馬車が停まる。

「大丈夫です。片時もそばを離れず、お守りすると約束します」

「ライアス・・・」

「今度は身軽に、二人で寄り道をしながら帰りましょう」

「・・・いいの?」

「お任せ下さい」

そう言ってライアスは騎士等に指示をする。子供達の馬車はそのまま進んで、小さくなっていった。

ライアスが手際よく二人分の荷物をまとめていく。

騎士等は戸惑ってはいるが、ライアスが飄々と準備を進めるから、戸惑いながらも従っていた。

その様子を見てシンシアはおかしくて笑ってしまう。

きっとエイダンがまた忙しく頑張ってくれるだろう。マリーヴェルは勉強に精を出して、シンシアがいなくてもそれどころではないかもしれない。ソフィアはそういえば馬車に乗る時、長めに抱擁して来たから、これを察していたのだろうか。

準備が済んで、ライアスがシンシアに手を差し出した。

馬は二頭、一頭には荷物が括られている。

「行きましょう」

「どこに・・・?」

「とりあえずブラントネルの街へ行ってみましょうか」

シンシアの髪を器用に結んで、帽子の中に隠してくれた。

「治安が良くないところも多いでしょうから、途中着替えましょう」

ライアスはきっと、シンシアの気持ちも察してくれたのだろう。今は、子供達の中で一番アルロが心配で。中央から整備を進めるアルロに対し、地方の街を少し見て見ればシンシアの心配も少しは和らぐかもしれない、と。

「すごいですね、ライアス。私の考えていることが、私よりもわかるようになってしまって」

冗談交じりに言ったシンシアにライアスは真剣な顔をした。

「シンシア以上にシンシアの事を考えている自信がありますから」

事実かもしれない。

シンシアはそう思いながらライアスに抱きかかえられた。

二人で馬に乗って、荒野を見渡す。

踏み荒らされ焼き払われ、草花も残らなかったと言われている大地だ。

「——とりあえず三時間ほど行ったところに、街があります。行ってみましょう」

相変わらず地理も完璧に頭に入っているようだ。

「野宿というものをしてみたい、とも言っていましたよね。それをやってみてもいいかもしれません。ブラントネルは、街と街の間が遠いところも多いので」

本当に馬車と騎士がいなくなってポツリと残された街道で、ライアスはマントに身を包みながらそう言った。

「それは、ちょっと楽しみかもしれない」

「但し、夜はかなり冷えますから、くっついて寝ないといけません」

「まあ、ライアス。真剣な声なのに、顔が緩んでいるわ?」

そう言ってまた笑い合った。

そうして二人で手を繋ぎながら、ゆっくりと馬は歩き始めた。