軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

27.

国王専用のテラスだというその場所に出て、涼しい空気にマリーヴェルはほっと息をついた。

城の高いところにあるこのテラスは、遠くに街の明かりが湖に映って、幻想的な景色だった。星も降り注ぐほどに沢山瞬いていた。

ブラントネル独特の湿気を帯びた風が吹いて、ここが外国なのだと思い出す。

「お疲れではないですか?」

「うん。立ってるだけだもん」

そう言いつつも、二人きりになったら肩の力が少し抜けたようだった。

マリーヴェルが伸びをして、改めてアルロを見上げた。

暗闇の中、溶け込みそうな黒髪も、きらきらと輝く瞳も。いつものように自分を見つめてくれている。

こうして二人きりになると、つまらない牽制なんてしたことを少し後悔した。子供っぽい態度だっただろうか。自分はアルロを信じているのに・・・。

「姫様」

アルロの優しい声が、じわりと耳に届く。

「そのお召し物、とてもお似合いです」

「ありがとう。——でも、アルロこそ」

マリーヴェルは戴冠式のアルロの勇姿を思い浮かべた。

かっこよかった。威厳ある国王のような顔も見せるのに、慈愛に満ちた優しさだって感じられる。素晴らしい王様になるって、あれを見ただけで思えた。

「素敵だったわ。素敵で・・・」

他の子に見られるだけで嫉妬した、と言いそうになって、やめた。

ただでさえ自分はまだ子供で、やっと恋愛対象として見てもらえたというのに。いくら背伸びしたって足りないくらいなのに。

「マリーヴェル様」

アルロが名前を呼ぶ。それだけで、マリーヴェルの心臓は跳ね上がった。

「僕の心は、すべてマリーヴェル様の所にあります。僕が国王としてここに立てているのは、全て姫様にいただいたもののおかげです」

「ごめんね。私、もっと余裕のある、ペンシルニアの公女としての振る舞いをしたかったの。するって決めて、たくさん勉強したのに。勝手に不安になって。私・・・やっぱりまだ子供だから」

「姫様は、姫様です」

子供だなんて思っていない。マリーヴェルその人が好きなのだ、そう伝えたかった。アルロはマリーヴェルの手を取った。

「姫様、僕も、姫様を愛しているのだと自覚した時。どろどろとした嫉妬の感情に、こんなものが愛であるはずはないと思っていました」

「そんな・・・」

「僕も、未熟者です。全然心穏やかでなんて、いられません。今だって、美しい姫様がこれ以上貴族らの目に映るのが嫌で、こうしてここにお連れしたんです」

ぼぼぼ、とマリーヴェルの顔があっという間に赤く染まった。

「そ、そうなの・・・?」

嬉しい、でも恥ずかしい。いや、恥ずかしいとは少し違う。心踊るような照れ臭さだ。

向かい合ってお互いの姿を見て、二人で笑い合った。

見慣れない衣装だけど、お揃いで。

衣装と同じように、気持ちも同じなんだ。それが嬉しい。

「この衣装、とても素敵ね。ありがとうアルロ」

「僕の方こそ。着ていただいて、ありがとうございます。——ブラントネルの刺繍は、それぞれの家に伝わる紋章があって。とても歴史が長いんです」

手を繋いだまま、そんな話をする。時折景色や星を眺めながら。

「ねえ、この刺繍、王都に流行らせたらどうかしら」

「刺繍を、ですか?」

「ええ。ファンドラグのドレスと合わせたり、タペストリーにしたり。この重厚感のある刺繍、ものすごく新鮮味があって絶対に王都で人気が出ると思うの」

「でも、量産は難しいんです。この衣装も、何人もの手で数カ月かかって」

「高級品なら多くを作る必要もないもの」

「成程・・・そうですね」

衣装の事はよくわからなかったが、流行に敏感なマリーヴェルが流行るというのなら、そうなのかもしれない。

「じゃあ、国家事業としてやっていきましょうか。——姫様、一緒にやってもらえませんか」

「え、私?」

一緒に事業という事にすれば、それを口実にもっと会える。ファンドラグとブラントネルの道筋がもう一つできる。軌道に乗れば将来マリーヴェルの実績にもなる。

湖の観光地化といい、マリーヴェルにはやはり改革に向いた直感を持っていると、アルロは思った。

「姫様とやったら、きっと楽しいと思います」

「——うん。アルロとなら」

マリ―ヴェルはそう言って笑った。

その時。ちょうど、花火が打ち上がった。ソフィアは予定通り点火しに行けたらしい。多くの人がその花火に見入っているのを、少し離れたここから眺める。

城の屋上から打ち上げられた花火が、遠く湖に映って時折湖底に沈んだ街を照らしていた。

「綺麗・・・あっちの方も、今度行ってみたいな」

「姫様」

呼ばれて見上げれば、アルロがじっとマリーヴェルを見つめていた。花火を見ないの?と聞こうとして、その目が熱を持って見つめて来るから、マリーヴェルは黙った。

「この国はまだ貧しく、治安も悪くて。この城以外は、首都でさえまだ姫様をお連れする事ができません」

「うん。大丈夫よ」

国代わりが起きたばかりだ。今回は城からでないこと、騎士のそばを離れない事をライアスからもきつく言われている。

アルロが握る手に、ぎゅ、と力を込めた。

「最速で整えて見せます。安全で豊かな国に」

「アルロ・・・」

アルロはじっとマリーヴェルの目を見つめた。

「そして、その時が来たら、迎えに行きます」

この目は、かつての騎士の誓いの時に似ている。その時のようにアルロは自らの心臓にそっと手を置いた。

「マリーヴェル様、僕と結婚してください」

目の前が急に色とりどりに弾け飛んだような衝撃だった。

声を発することもできないまま、マリーヴェルは口を開けて固まった。そして、ドーン、という大きな花火の音にはっと我に返る。

「うん・・・うん!」

マリーヴェルは花火に負けないように大声で応えた。

思いは伝え合ったものの、はっきりとこういわれたのは初めてで。邪魔が入ったりで、こんな風にちゃんとプロポーズしてもらえるとは思っていなかった。

マリーヴェルは嬉しさのあまりアルロに抱きついた。

「ひ、姫様・・・」

「嬉しい。アルロ、私、本当に嬉しいの」

アルロと別れてから今日まで、本当に長かった。

でもアルロのその言葉で、マリーヴェルは際限なく力が湧いてくる気がする。

ぎゅっと腕に力を籠める。以前は細くて、頼りなかった。時折震えるその身体は、マリーヴェルがいないと壊れて消えてしまいそうで、必死でつなぎとめようと強く抱きしめていた時もある。

今は、すっかりたくましくなって、少し知らない香りがする。マリーヴェルよりずっと大きくなった体は、今度は逆にマリーヴェルを守る盾になると言ってくれた。

マリーヴェルは顔を上げた。

「待ちきれないわ。だから・・・」

マリーヴェルはそっとアルロから離れて、にっと笑った。

目は赤く涙ぐんでいたけれど、その笑顔はいつもの自信に溢れているだけではなくて。

「たくさん勉強して、アルロの力になれるように本気で頑張るから。だから——」

マリーヴェルはぐっとアルロの手を握った。決意が、その顔に表れている。

「一緒にやりましょう。アルロ、だからアルロも、待っててね!」

「はい」

アルロは思わずマリーヴェルの両手を取った。

ひざまずいて額をつけたいくらい、その存在が、尊い。

「——愛しています」

「私も。アルロ、大好き!」

マリーヴェルはいつもの大好きに、熱を込めて叫んだ。

アルロは昂る感情のまま、マリーヴェルを抱き上げた。抱き上げてテラスの上でくるくる回って、マリーヴェルの笑い声が響く。

花火の音に交じって聞こえるその笑い声に離れたテラスから二人の様子に気づいた者が、数人。

仲睦まじいその様子に新国王と光の公女の仲が噂されるようになるのも、時間の問題だった。