作品タイトル不明
22.王城探検
翌日、子供達五人はソフィアのお楽しみ、城内散策へ向かった。
ライアスとシンシアはゆっくり部屋で疲れを癒している。
子供達はまず、簡単に生活エリアを紹介してもらった。ペンシルニア一家の留まる国賓エリア以外は相当古かった。
穴が開いていたり、水が漏れていたり。一部階段が崩れているところもある。廃城と言われても納得しそうなエリアには、見るだけで近づいてはいけない、とアルロから説明された。
「頂いた魔石で、崩れないように強化はできているんですが。崩れた場所で怪我をされてはいけませんから」
確かに、足を踏み外したり、誤って落下したり。子供には少し危険な場所がたくさんある。
その後アルロは簡単に、国王の居室である自分の部屋も紹介してくれたが、山小屋でももっとましなんじゃないかという質素さと古さだった。石畳の上に絨毯もなければ、寒々しい窓にカーテンもない。壁にも何も飾られていないし。暖炉も真っ黒で、使えるのか怪しい。
「アルロ・・・こ、ここで寝てるの」
主寝室だけあって広さだけはしっかりある。広いだけに、寒々しい。
「あ、姫様が来られるまでには、ここも改装しておきますね」
マリーヴェルがぽっと顔を赤らめた。
「あ、やだ・・・本当?私はこのままでも、アルロがいたら——」
「遠ーい遠い先の話をしてもしょうがないでしょ。次いこ、次」
エイダンがぐいぐいと先に進んでいった。先に行って見えなくなったのをいいことに、マリーヴェルはアルロと腕を組んでついて行った。
ホールや謁見の間はまだ手を入れられてきた歴史があるので見栄えを保たれているが、とにかく全体的に古くて危険だという事が分かった。
ソフィアを先頭にあちこち部屋を覗いていく。時折使用人や厨房の人間がぞろぞろと見学に来た子供たちに驚いては、嬉しそうに丁寧にお辞儀をしてくれた。
ペンシルニアのような気安さはないが、みな穏やかで、静かな雰囲気だ。
「アルロ、内緒のお話」
ひそひそと声を落としてソフィアが言った。
——懐かしい。ファンドラグ城でもよくあったソフィアの内緒話だ。
アルロは腰をかがめた。
「さっきの黒い帽子の人ね、食糧庫のチーズにカビが生えたのを部下のせいにしてるのよ。ソフィーああいう人、嫌い」
「そうですか」
ソフィア『炯眼』は、最近少し細かい。精度が増したと言えばその通りなのだろうが、それを聞いて、さてどうしようかと迷う内容も多い。あくまでも人を通して真実を覗くようだという事も分かって来た。
「ええと・・・注意しておきますね」
「うん。——あ、でも、さっきの部屋の前に立ってた人。右側の」
「衛兵ですね。背の高い方の」
「うん。あの人の剣、おもちゃなのはどうして?」
「おもちゃ・・・でしたか」
「うん。木刀」
「・・・・・」
アルロは一瞬考え込んでいるようだったが、すぐににこりといつもの笑みに戻った。
「なくしたのかもしれませんね。確認しておきます」
「うん。他にもいたら言うね」
「はい。ありがとうございます」
ブラントネルは、財政難である。国民のほとんどはまだ貧困から脱していない。
兵隊はそれでも安定した職業だし、衛兵ともなると城に入るから身元は余程しっかりしている。ただ、まだ新政権が樹立して一年足らず。個人の抱えている借金がまだまだ国民を苦しめている。
支給された剣を質に入れたのだとしたら、本来であれば斬首ものの重罪だ。ただ、状況によっては酌量の必要もある。いちいち厳罰に処していたらブラントネルから人がいなくなってしまうだろう。
とは言え、少なくともそういう衛兵を城にはおけない。
想像以上に大変そうだと思って、エイダンはアルロに同情した。
「元気出してアル——っあ、いつから手を繋いでんの、そこ!」
「——私、行ってみたいところがあるの」
エイダンの騒がしさを無視して、唐突にアイラが言った。
「どちらですか?」
「あそこ」
アイラが指し示す方には、暗い地下への階段が見えている。
「あそこは地下で・・・地下牢と、兵隊詰所しかないですよ」
「まあ、行ってみようか」
エイダンはアイラの提案に乗った方がいい、というようにアルロを促した。
「——姫様、暗いですから僕につかまってください」
「うん!ありがとうアルロ」
「いや、僕が明かりをつけるからさ。そんなにくっつかなくても大丈夫だよ。——あ、何なら僕が支えてあげようか?その方が——」
「エイダン、いいから早く歩いて」
アイラがぐい、とエイダンの右手を引っ張った。ソフィアがもう片方の手を握る。
その三人が先導して階段を降り始め、後からアルロとマリーヴェルが続いた。二人と手を繋いでいるからエイダンは振り返るのも難しくて、ちらちらと後ろを気にしながら前へ進んだ。
地下牢には今、誰も入っていない。よって見張りも置いていなかった。独特の黴とすえたような匂いと金属のような匂いと、水音と。なかなか過酷な環境だ。
アルロ自身、冬になったあたりからはここに用事もなくなり、長らく来ていない。
アイラはそんな湿った地下廊下を迷いなくずんずんと進み、行き止まりで立ち止まった。
両側の鉄格子には見向きもせず、壁にペタリと手を当てて振り返った。
「この石に手を置いて」
「え?」
アイラが誘導して、アルロとエイダンの手をそれぞれ石の上に置く。二人の手が重ねられた。
突然手を繋がされて驚く二人に、アイラはいつもの朗らかな笑顔で両手を挙げた。
「さあ、どーんと、行ってみよう」
「え、どーんと・・・何?」
「魔力を込めるの」
「ええ・・・この石に?」
「うん」
何の変哲もない、ただの石だ、どう見ても。
それでもアイラの言う事だから。エイダンはアルロと頷きあって、二人で魔力を込めた。
アイラが言うのだから、光の方だろう。
お互いの力が同じくらい、ふわりと光ると闇が濃くなる。その二人の光と闇がすっと石に吸い込まれていったようだった。すぐに石が青く淡く光りはじめた。
ぱき、と周囲にひびの入る少し不吉な音がした。
「う、うわ・・・お城が崩れたり・・・しないよね」
「縁起でもないこと言わないでよ」
そう言いつつも、マリーヴェルは恐ろしくて引き攣った顔をしていた。アルロが背に庇い、その背にしがみつく。
ぱりぱりぱり、と破壊音は広がっていく。
やがて目の前の石を中心に、その周りの壁が崩れ去った。
「うわ・・・すごおい」
ソフィアが無邪気な声を上げた。
壁が崩れた岩は土に吸い込まれていくように消え、ただの道となった。古代の魔法の仕掛けなのは間違い無いようだ。
壁がなくなり、奥へと道が続いている。しん、と静まりかえっていた。
「・・・いく?」
「行くしかないよね」
そんなことを言い合って、恐る恐る足を踏み入れる。
アルロはエイダンに気を遣って先頭を歩いた。道は洞窟のようだった。おそらく城の背後にある山を一部削っているのだろう。少し進んだだけで、小部屋のような小さな空間に辿り着く。エイダンが光を放って辺りを照らした。
「お兄様のそれ、便利ね。夜の移動とか」
「標的になるから使ったことないけどね」
中途半端に暗いと怖いので昼のように明るくして、辺りを見渡す。
物置くらいの、ほんの小さな部屋だった。ギリギリ頭がつきそうなくらいの天井の高さで、壁にも何か文字が彫られている。
「これ、古代ブラントネル王朝の紋章です」
アルロが指したのは、部屋の壁に彫られた紋章だった。
色々なものが棚に整理されている。中には触っただけでボロボロと崩れていきそうなものもある。黴の匂いが鼻をつんと掠める。
宝物庫とまでは言わないが、保管庫には違いないようだった。
「金目のものがありそう」
「お兄様・・・言い方が盗賊みたい」
「失礼だな。——まだ紙がなかった時代なのかな、壁にも石にも、たくさん文字が彫ってある」
記録室のようなものなのだろうか。よく見ればほとんどの棚には石板が置かれていた。
「古代の記録の類がないって言ってたのは・・・ここに収められていたからなのかな」
闇と光の力がなければ開かないのなら、シャーン国時代には誰も開けることがなかったはずだ。
「読める?」
一番外にある石板を指してエイダンは尋ねた。アルロはブラントネル王朝について良く調べていたから、古代語も少し勉強している。
「ええと・・・起源は、遠く光と闇に遡る」
光と、闇。勇者と魔王の記録と関係あるのだろうか。皆が静かに続きを待った。アルロは指で何度も文字をなぞっている。
「——光は燦然と輪郭を映し出し、闇は再生への本源。その起源からは、時間を超越——いや、違う、遡る・・?うーん、よくわかりません」
読めない単語もあり、解釈も難しい。
「詩的だね。神話みたいなものなのかな」
「少し、気になりますね。光と闇の能力を言っているのでしょうか。時間とありますし、未来視、のような」
「うーん・・・単純に時間のことを光陰って言ったりするけどね」
「確かに、訳し方によるのかもしれません。でも、今まであまりわかっていない光と闇の魔力について書かれているというのは、まちがいなさそうです」
これがなぜここにあるのかは分からないが、あとは学者にでも見てもらわないと分からないだろう。
他には、装飾品や王冠がいくつかあるが、どれも錆びているし、宝石もくすんで使えそうにはなかった。歴史的価値は相当高いだろう。
「うん。やっぱり金目の物だね」
棚の物を順番に見て行きながらエイダンがそう言う。
「とはいえ・・・ブラントネルの象徴的な物でしたら、売るわけにはいきませんが」
「でも新ブラントネル国の、拠り所にはなるんじゃない?ファンドラグの学者が飛びつきそうだし」
「そうですね」
貸出して研究材料として提供、という方法を取れば、ファンドラグに対し、少しは恩義を返すことになるだろうか。
「ここはね、この世界で一番古い所」
アイラが黒くくすんでしまった王冠をかぶって見せた。
「この山の頂に、神に許されてはじめの人が降り立ったの」
アイラは知っているようだった。どうしてかはわからないけれど、ただ元から知っていたようだ。
「空には古代竜が飛んで、大地はもっと混沌としていた、大昔の話。今はもう湖の底に沈んだ街が、かつてのブラントネルの街だった」
「え、湖の底に街があるの?」
エイダンの驚きに、アルロが頷く。
「はい。一定の条件を満たせば、上からでも見ることができます。湖が凍らないのは魔界につながっているからだとか言われていて」
湖底は闇の国だといわれ、シャーン国時代は黒い子供が生まれると湖に沈めたり、かなり後ろ暗い歴史がある。歴史と共に人々の不安を煽るのに利用されていた。
「この資料と一緒に湖底を調べたら、歴史家たちが涎を垂らしそうだ」
「どうしてアイラが知ってるの?」
マリーヴェルは不思議そうにしたが、アイラは首を傾げた。
「うーん、元々知ってた。どこからが、みんなも知ってることなのか・・・」
「まあ、それはそうと。これからは、湖底の都市を神聖視したらどうかな」
エイダンは棚の中を見ながらそう言った。この遺物を公開するのは、まだまだ先の話になりそうだし。アイラの言う事実がこの記録から分かれば、ブラントネルの新しい象徴にもぴったりだ。
「いっそ観光地にしましょうよ。ボートから見下ろす古代都市——」
「姫様。それはいい考えですね」
二人で観光名所開設の計画を話している。新しい資金源ができそうだ。
「——始まりの魔法に名前はない」
アイラは遠い目をしてポツリと言った。
何?と聞こうとするマリーヴェルに、しっ、とエイダンが囁く。
「原始の魔法は破壊と再生、時間を司り、混沌から国を創り上げた。それが分かれて光と闇になったの。そして、やがて他にも多くの魔法が生まれて、各地に散らばっていった」
アイラは王冠を元の場所に戻した。
「最後に光が去って、闇は狂った」
なんとなく、視線がマリーヴェルとアルロに集中する。
「また人がたくさん集まるわ」
マリーヴェルがアルロの腕をぐっと組んだ。
「私とアルロはずっと一緒だから、問題ないわ」
内容はよく理解していなかったけれど。何となく壮大で、とてつもない事実を知ったような不安を、マリーヴェルは直感的に切り捨てた。
何も問題はない。過去は過去で、今のマリーヴェルとアルロには全く関係がない、と。
「ソフィーおなかすいちゃった。冒険は終わりにしない?」
言い出しっぺで一番楽しみにしていたソフィアが一番初めに飽きて、探検はこれにて終了となった。