軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5.

年が変わった頃、ファンドラグに急報がもたらされた。

——シャーン国、滅亡。

その報せは瞬く間に全土を駆け回った。

無血開城だった。

「父上!」

王城でその報せを耳にしたエイダンは騎士団長室に駆けこんだ。

「エイダン・・・お前、立番はどうした」

「代わってもらいました。それより、報せは!」

ライアスは難しい顔をしたが、待ちに待っていた報せである。大目に見て、書簡をエイダンに渡してやった。

「調印式・・・?」

エイダンは報せを読んで目を見開いた。

「これって——」

「アルロだろうな」

報告によれば、シャーン国側から突然降伏の意思が伝えられた、という事だった。喪中ではあったものの、シャーン国の申し出を受け、ブラントネル王国はシャーン国王からの無条件降伏の調印式に応じた、とある。

これまで抵抗していた全ての人間は自ら地下牢に入り、恭順の意を示した。国王とその兄妹併せて四人の王族は揃って調印式に参加し署名をした。——そんな無血開城聞いたことがない。

「では、王城は——」

「喪中ということだから、誰がとは明記されていないが、王城は解放されブラントネル王国軍が王城に入ったらしい。降伏したから王族の処分はこれからだな」

「終わったんですね・・・」

「ベンからの報告もある。全員無傷、無事ということだ」

エイダンはその場に座り込んだ。

机を挟んでいたから急に姿が見えなくなってライアスは驚いて駆け寄った。エイダンは絨毯の上に座り込んで、呆然としていた。

「良かった・・・父上、良かったです」

「ああ。そうだな。よく我慢した」

ライアスの手がエイダンの肩を叩いた。泣きそうになって、エイダンは目をそらした。

「これで少しは落ち着くだろう」

ライアスが近頃忙しくしていたのは、シャーン国もヴェリントも情勢が落ち着かないからだ。

エイダンの式典にも警戒して自ら王城警備に当たったのは、国中の貴族が集まる会場を標的にされないためだった。その厳戒態勢も、少しは緩めることができるだろう。

「——今日は休みにしてやるから、帰っていいぞ」

「え、でも——」

「私は陛下に報告してくるから、お前は皆に知らせてやれ」

マリーヴェルに、家族と屋敷の皆に。

エイダンははっとして下半身に力を入れた。腰を抜かしている場合じゃない。

「——ありがとうございます、父上!」

書簡をライアスに渡して、エイダンは慌てて団長室を出て行った。そこから屋敷まで止まらずに走り抜けた。

簡単な報せは受けていたが、ベンの知らせは届いていなかったので、エイダンはライアスから聞いたことを伝えた。

マリーヴェルもシンシアも涙を流して喜んでいた。

ペンシルニアはこの日、屋敷中で祝杯を挙げた。

——ただ、帰って来るだろうと思っていたアルロはなかなか帰ってこなかった。

無事なのは間違いない。手紙も来る。

『元気です。事後処理に少々時間がかかっております』

『ご支援ありがとうございます。人手が足りておらず、もう少しかかりそうです』

そんなそっけない手紙だけが積みあがっていく。

結局三月になっても、アルロは帰ってこなかった。

「春になっちゃったわね」

窓から見える庭園の花々に、マリーヴェルがポツリと呟く。

休日のお茶の時間だった。ライアスとシンシアはこの日は忙しくしていて、ソフィアは最近、マリーヴェルからの八つ当たりを避けて連日登城している。

今日はエイダンしかいない。

「このままじゃ、私、おばあちゃんになっちゃうわ」

「ぶっ」

紅茶を吹き出しそうになって、エイダンはすんでのところで耐えた。出たのは声だけだ、多分。

マリーヴェルがじろりとそれを睨む。

「何よ」

「・・・まだアルロが行って、半年だろ」

「だって、夏が来ちゃうわ。私の十二歳の誕生日にアルロが帰ってこなかったら・・・」

「・・・・・」

以前までなら、ここでエイダンは優しい言葉をかけてくれたのに。最近のエイダンは口数が少ない。

マリーヴェルはふん、と鼻を鳴らした。

「キャラが合ってないんだから、やめたら?それ」

「は?なんだよ」

マリーヴェルは答えなかった。

「思慮深くて寡黙で優しいアルロに会いたい」

どことなく棘を感じる。とくに優しい、の所に力を込めて言われた気がする。

「・・・・・。マリーが送り出したんだろ?」

マリーヴェルは答えなかった。じっと窓の外を見ている。

マリーヴェルとアルロの手紙の交換は、かなり高頻度だ。ペンシルニアの力を駆使して、ほぼ毎週やり取りしている。

一度だけその手紙を見たことがある。

『姫様のように美しい銀色の狐を見かけました。姫様の好きそうな、華やかな薔薇の品種があるそうです。早く会いたいです』

この四行ほどの手紙に対して、マリーヴェルは四枚くらい書いていた。あんなに文章を書くのが苦手だったのに、恋文は別らしい。

そうやって毎週愛のあふれた手紙をもらっているのだから、そんなに刺々しくならなくてもと思うのに。

はあ、とマリーヴェルの溜息が聞こえる。

「お兄様はいいわよね。もうすぐアイラが屋敷に来るもんね」

「比べるなよ」

「ウキウキしてるのが顔に出てるわよ。やめてよね、私の前でいちゃついたりするの」

「なっ・・・す、するわけないだろ!」

「うそ、しないの?」

信じられない、という様子のマリーヴェルに、一体どっちなんだと思う。これは本当に、ただの八つ当たりな気がしてきた。

「好きな人と思いを確かめ合って、一つ屋根の下にいたら——」

「僕はマリーとアルロの事、そこまで認めてないからな」

この分だとアルロが帰ってきたらたかが外れたようにくっついて歩きそうだ。そう思い釘をさしておく。

「お兄さまの許可なんていらないわ。ていうか、アルロの何がいけないって言うのよ」

「アルロがじゃなくて。マリーはまだ十一歳でしょ」

「関係ないでしょ。いやらしいわね」

吐き捨てるように言われてエイダンは開いた口がふさがらなかった。

マリーヴェルが、今までになく荒れている。

——いや、駄目だ。ここで感情的になったら。そうだよな、子供同士で手を繋いでることに、邪なものを見るのは、自分の心がけがれていたかもしれない。

もっと気の利いたことを言って慰めてやらないと。そう思いゆっくりと深呼吸をした。

「——今度、お花見にでも行こうか、久しぶりに」

「行かない」

すっかりへそを曲げたマリーヴェルは取り付く島もなかった。