軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3.式典

王宮の煌びやかな大宴会場で、成人の式典は執り行われた。

シンシアとエイダンは並んで入場し、その後一旦エイダンとシンシアは別れる。シンシアは観覧席へ行き、エイダンはそのまま、赤い絨毯をゆっくりと歩く。

王位継承権をシンシアが放棄してから、今の継承順位は六歳のアレックスが一位、二歳になったマクシミリアンが二位でエイダンが三位。

参加者の中では最も身分が高い。

社交界でも有名なおしどり夫婦であるペンシルニアの、愛された後継者。剣術の才能もあり、魔力も勉学の成績も上位であることは知られている。

そして、まだ公には婚約者がいない。

そんなエイダンだから、入場してからもずっと注目を浴び続けていた。

エイダンはオルティメティとイエナの並ぶ王座の前で止まった。

「——ご挨拶申し上げます。ペンシルニア公爵家、エイダンです」

全く物怖じすることなく、注がれる視線も受け流し、一人で進み出て礼を執る姿は、既に貫禄さえ感じられた。会場の人々が息を飲む音が聞こえるようだった。

会場の照明の元では、エイダンの金の瞳は目立つ。赤い髪はペンシルニアの強さの象徴のようでもあり、親の欲目でなくとも、間違いなくエイダンは会場で一番輝いていた。

国王への忠誠を誓い、更なる精進を重ねることを述べる。朗々と響く声が、シンシアはたまらなく誇らしかった。

なんとか泣かずにすんだわ。シンシアは微笑みながらエイダンを見守っていた。

白い礼服に、ペンシルニアのサッシュを飾り、エイダンが振り返った。

あとは来た道を退場し、集団に混ざるだけだ。

しかし、エイダンは歩き出さなかった。会場を見回した後、そのままシンシアを見つけると、こちらに体を向けた。

そして国王にしたのと同じように礼を執り、深く頭を下げた。

会場にどよめきが起きた。

式典の礼法にそのような手順はない。していけないわけではないが、通常はそのまま退場する。

それが、最上級の礼を、ごく自然に。シンシアも息をのんだ。

顔を上げたエイダンの目がシンシアをひたと見つめた。心臓の上に手を当てて、ゆっくりと頷く。

ここまで育ててくれたことの感謝を、母に。そう言われているのは誰もが理解しただろう。

そんなことをされたら、シンシアはもう、我慢できずに涙を流すしかなかった。嗚咽まで漏らしそうになって、口元を覆う。

エイダンは笑うでもなくただ真顔で退場した。

そっとシンシアの肩に手が触れる。会場で警備に当たっているライアスが、いつの間にか背後に来ていた。ハンカチを差し出される。

「——立派でしたね」

答えられずに、シンシアは何度も首を振った。

式典が終了してからは、舞踏会のはじまりである。

エイダンの前には大量の人だかりができた。

エスコートします、との宣言通り、エイダンはシンシアの側にいた。

「ご友人の所へ行ってきていいのよ」

そう言ったが、エイダンはいえ、と短く答えるだけだった。

「——ご立派でしたわ、ペンシルニア公子!」

「本当に。あんな風にお母上に礼を尽くされるなんて」

「もう、息をするのも忘れて見入ってしまいました。——うちの息子なんて、見向きもしませんでしたのに」

同年代の子を持つ親たちが口々に言うのに対し、エイダンは静かに頷いて答えていた。

「それで、公子はその・・・これからどうされるおつもりなんですの?」

ちら、と娘を見ながら数人が前に出る。

「——後継者教育に忙しくしております。まだまだ若輩者ですので」

後継者教育(そんなもの) 、とっくに終わっているのに。

エイダンもそういうかわし方をするようになったのね、などと考えていた。

次第に集団は大人と子供に分かれて、顔見知りの子供達が近況を報告し合っている。

エイダンもレグナートやトーマといった気心の知れた友人と会話をしているようだ。

大人がいない方がいいだろうから、シンシアは少し離れて大人たちの輪に入って行った。

今日はライアスが仕事だから、ダンスの予定もない。もう少ししたらオルティメティとイエナに挨拶でもしようかと考えていた。

「公爵夫人」

声をかけられて振り返ると、ライアスの友人のアイザック・コープランだった。軍人仲間ではあるが王宮騎士ではない。伯爵領がヴェリントとの国境に当たるので国境線を守るのに忙しくしている。今日は普通に参加しているようだ。

「コープラン卿、こんばんは」

シンシアは軽くお辞儀をした。

「今日はライアスは——職務ですか。ご子息の晴れ舞台だと言うのに」

シンシアは苦笑を返した。

「まったく、ご夫人の寛大なお心に胡座をかくようになったんだな。けしからん奴だ」

アイザックはいつもの調子でペラペラと話し出す。

ライアスにも気兼ねなく話してくれる貴重な友人ではあるが、そのせいかライアスからはいつもぞんざいに扱われている。

「一曲お相手願えませんか?」

アイザックが手を差し出す。

「番犬のいないこの絶好の機会に、光の君と踊る一生の栄誉を私に」

「まあ——」

いつもは舞踏会にはライアスがぴたりと張り付いているから、こんなあからさまな誘いは初めてである。

ちら、とライアスを見ると鬼の形相でこちらを睨みつけている。どうやら持ち場を離れられない時らしい。

そこまでわかって誘っているのだとしたら、アイザックもなかなかの強者だ。

「失礼します。——母は私との約束がありますので」

いつの間にかエイダンが横にいた。アイザックの眉が上がる。

「うわぁ、ますます似てきたな、エイダン。その可愛げのないところも、隙のないところもそっくり過ぎて怖いぞ」

「コープラン卿?」

うちの息子になんて事を、と言おうとしたら、エイダンは気にする様子もなく手を差し出した。

「母上、曲が始まります」

エイダンとダンスだなんて。

やだ、嬉し過ぎて顔がにやける。

シンシアは必死で顔の筋肉に力を入れて、その手を取った。ダンスホールの中心へ進み、お互いに礼をする。

「あ、これってファーストダンスじゃない。良かったの?」

「今日は僕は、母上のエスコートですから」

エイダンはそれだけ言って、完璧なステップでリードを始めた。

こうしてダンスの位置に手を置くと、エイダンの背がすっかり高くなったことを実感する。

服の上からも逞しい体つきになったのも。

まだ十六歳なのに。すっかり立派になってしまって。

もう私の元から旅立ってしまうのだろうか。そう思うとじわりと涙腺がゆるんだ。

「母上、大丈夫ですか」

シンシアは涙を見せまいと少し視線を落とした。

「大丈夫よ。——エイダンが、素敵すぎて・・・本当に、素晴らしかったわ。おめでとう、エイダン」

「母上のおかげです」

そんなことをさらりとエイダンは言った。

最近全然話さないのに、ここへ来ての破壊力がひどい。

「ちょっと・・・だめよ、エイダン。私を泣かせないで。もう、ボロボロになっちゃう」

「はい」

エイダンはもとの無口に戻った。

ダンスが終わる頃にはなんとか涙も落ち着いてくる。次のダンスを、と声をかけてこようとする人達と次々に目が合う。

「あの——」

「失礼。——母が疲れたようですので、この辺りで」

え、疲れてないけど。

そう思ったが、エイダンは流れるような動きでさっさと歩き出してしまった。

オルティメティが手招きしているので、そちらへ行く。

「やあ、完璧な 護衛(エスコート) だなエイダン」

「父から厳命されておりますので」

「えっ?」

それは初耳だ。

一体主役のエイダンに何を言ったのだろうか。そんなことをするくらいなら、自分が休めばいいのに。

「そんな顔しないでよ、姉上」

オルティメティが宥めるように言った。

「ライアスも初めてエイダンに重役を任せて見てるんだろ?エイダンだって任される程に成長したって事なんだし」

「立派だったわ、エイダン。ペンシルニアは磐石だと、しっかりと示せたわね」

イエナにそう言われて、エイダンは頭を下げた。

「ありがとうございます」

「アレックスもこんな立派になるのかと思うと、エイダンの姿をみるだけで涙が出てしまったわ」

わかる。人の子の成長に、自分の子を重ねて涙するの。

シンシアは何度も頷いていた。

「エイダン、降りてこなくていいのか?」

オルティメティが尋ねたのは、ホールからこちらを女の子たちがしきりに見てくるからだ。じろじろとはさすがに見ないが、牽制しあいつつ、エイダンが下りてくるのを待っている。

「——あそこに降りる勇気はないですね」

「はは、確かに」

エイダンがアイラと交際を続けているのはここにいる全員が知っているので、行ってこいとも言わず。休憩がてら、皆で飲み物を乾杯した。