軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

47.

「ありがとうございます。嬉しいです、大切にしていただいて」

「そ、そう・・・?」

だったら良かった、とマリーヴェルが微笑む。

「僕は、果報者です。こんなに主人に大切にしていただける侍従は、僕くらいだと思います」

「そりゃあ、私はアルロが大好きだから」

マリーヴェルが照れたように言って、アルロは胸を鷲掴みにされたようだった。

いつもは胸が温かくなって満たされる思いになったこの言葉が、今は逆に、つらくて苦しい。

マリーヴェルの好きと、自分の好きは、きっと全然、違う。

こんなに温かくしてくれる美しい言葉を紡ぐマリーヴェルの「好き」が、こんなにどす暗くてみっともない自分の「好き」と同じわけはない。

侍従として仕える他に、マリーヴェルの側にいる方法はない。そう思うのなら、この好きを悟られてはならない。

でも、どうしようもなく好きだ。好きで、苦しい。

「——マリーヴェル様・・・」

こんな事、言ってはいけないのに。

「明後日のパーティー、行かないといけませんか」

「え?どうしたの」

「トーマ様とマリーヴェル様で、行かないと、いけませんか・・・」

黙れ、という声と、言ってしまえという声が頭の中でぐるぐると回る。

「どうしたのアルロ?」

「・・・・・」

「思ってることがあるなら、言ってほしいわ」

マリーヴェルはいつもこう言ってくれる。

「私はいつだって、アルロの味方でしょ?何でも聞くって、知ってるでしょ?」

そうだ。こうしてアルロを救ってくれた。絶望の闇の中から、何度も。

「——すみません。その・・・いつも、僕がエスコートをしていたので、その・・・」

うまい言葉が見つからなかった。

そのまま黙ってしまったアルロを、マリーヴェルはしばらく黙って見つめていた。

「私がトーマにエスコートされるの、嫌・・・?」

そっと尋ねられた言葉に、アルロはほとんど何も考えずに答えていた。

「嫌です」

あまりにもきっぱりと強い口調になっていた。マリーヴェルは驚いたようで、口を押さえていた。

困らせると分かっていたのに、アルロは止まらなかった。

「姫様の隣に誰かが立つのが嫌です。——申し訳ありません」

言って、アルロは立ち上がった。

自分がどんな顔をしているのかも分からない。きっとひどく醜くて、ぐしゃぐしゃの顔をしていると思う。

こんなことを言ってはいけないのに。困らせてしまうと分かっているのに。侍従失格だ。

でも、言わずにはおれなかった。

好きだと叫んでしまいたい。——これ以上、ここにいたらだめだ。

アルロは早口でまくしたてた。

「遅くに申し訳ありませんでした。——僕、ちょっと、おかしいみたいです・・・おやすみなさい!」

アルロはそれだけ言って、お辞儀をするのも忘れて部屋を出て行った。

残されたマリーヴェルも大いに動揺していた。

アルロから初めて向けられる種類の感情だった。

それがいいのか悪いのかさえ分からない。

けれど、アルロが放った嫌です、の強い口調が、まるで自分に独占欲を向けられたようで。

そんな訳はないだろうけれど。でも、いや、そうだと思ってしまってもいいんじゃないか、妄想するだけなら自由だ。アルロがトーマに嫉妬して・・・?

「やだ、痺れる・・・」

どこがかは分からないが、つい独り言を呟いてしまう。

今夜は眠れそうになかった。

結局、パーティーにはマリーヴェルは参加しなかった。

前日に高熱が出たのだ。知恵熱だった。

シンシアは熱が出たマリーヴェルにはじめは心配そうにしていたが、熱があるのににやにやとしている様子に、しばらく様子を見ることにした。案の定、熱は一日で下がった。大事を取って翌日のパーティーは欠席としたが、治癒力を使うまでもなかった。

トーマには丁重に謝罪の手紙を送り、ソフィアも便乗して行かなかったので、きっとトーマは誰か別の子か、一人で参加したことだろう。

パーティー翌日の朝、清々しい顔で朝食のダイニングに来たマリーヴェルにエイダンが呆れた声を掛けた。

「人騒がせだったな、もういいの?」

「うん。すごく元気」

「正真正銘、知恵熱ね」

シンシアの診断にライアスが不思議そうな顔をした。

「一体何を考えていたんだ?」

それでも心配そうに側まで来て髪や頬を撫でていく。熱がなくて安心したようだったので、マリーヴェルは朝の挨拶に頬にキスをした。

「ねえ、お父様、お父様ってお母様のエスコートを誰かに譲ったことってある?」

「ないな。今までも、これからも」

即答だった。

「ふふ・・・そう、ふふ・・・」

マリーヴェルの不気味な笑いにエイダンは察するものがあったらしい。

「マリー・・・やめなよ。その顔。あんまりだよ」

顔の事を言われても、今のマリーヴェルは全く気にならなかった。この妄想で、あと一月はご機嫌で過ごせそうだ。

「——まあ、幸せそうでいいわね」

シンシアがそう締めくくったら、ソフィアが眠そうに目をこすりながらダイニングに入って来た。今日も男の子の格好だ。

「おはよぅ・・・」

ソフィアは目が開いているのかいないのか分からないような顔で席に着く。

「——では、食べよう」

ライアスの言葉で食事が始まった。

「ライアスは今日の予定は?」

「今日は開けている。例の——」

「ヘルムトね。私も同席するわ」

今日はヘルムトがペンシルニアを訪れたいと面会の要請のあった日だ。定例の報告か、何か方針を決めたのか。わざわざ本人が来るのだから、重要な話だろう。

「エイダンは、先日街で会ったと言っていたな」

「うん。相変わらず何考えてるのか、よくわからない人だよね。——僕、苦手」

何を話したのか報告はしている。アルロの勧誘がぎりぎり行われそうだったのも伝えている。

「まあ・・・あれくらいじゃないと、革命なんてできないものなのかしらね」

「革命が成ったら、あの人がシャーン国王になるんでしょ?これからも付き合いが続くと思うと、色々と思いやられるよ」

「その場合はブラントネル王、かしら?そうなったら私達ももう少し気軽に旅行に行けるかしらね」

革命に手を貸す程の大事をしているのだ。そのくらいの楽しみがないと、気が滅入る。シャーン国が光の魔力を誘拐することに尽力していたというのだから、国が滅びれば安全性はぐっと上がるかもしれない。

「——そうね、頃合いなのかしら」

「なんの?」

「ティティに紹介するタイミングが、ね」

エイダンの質問にシンシアが答えた。

これまではペンシルニアのあくまで家門単位の支援だった。もしもの時に、ペンシルニアの独断と言ってしまえるように。しかしここまでくれば、そろそろファンドラグ国として、新王国との交誼を結ぶというのも必要になってくるだろう。革命の最後を支援する形を取れば、公に国として今後優位に立てる。

「——今日の話を聞いたら、一度陛下に相談しましょうか」

「そうね」

「急いだ方がいいもんね」

それまで起きているのか寝ているのか分からなかったソフィアが急に口を挟んだ。

「ソフィー?何だって?」

ライアスが尋ねると、ソフィアはすっかり目覚めた赤い眼でライアスを見返した。

「急がないと、できなくなるでしょ?」

「——どういう意味だ?なにか分かったのか?」

その質問にソフィアは少し考えるように難しい顔をした。

「ティティおじ様との謁見。——その話じゃないの?」

ソフィアが何が分からないのか分からない、という顔をした。

ライアスとシンシアは顔を見合わせた。

ソフィアの言い方は、例の炯眼で何か見たような言い方だ。しかし、急がないと謁見が叶わなくなるというのは。

「革命が成らないということか・・・?それとも、他に何か問題が・・・」

「思ってるのは、とう様でしょ?」

ソフィアが首を傾げる。

ライアスが思考を巡らせるが、ソフィアも難しいことはよくわからないし言葉にはできなかった。

「無駄よお父様」

黙って聞いていたマリーヴェルが紅茶を飲みながら、ソフィアをじろりと見た。

「ソフィアにとってわかることは、それが普通だから、どこからどこまでが能力で分かったことなのか説明できないのよ」

馬鹿にされているようなのは察して、ソフィアはむっと頬を膨らませた。

「この子いつもそうでしょ。すぐ説明を省くんだから」

そうは言っても、ソフィアはまだ七つ。シャーン国の現状もほとんど知らない中で、説明をしろというのも無理がある。

取り敢えずその言葉を頭の片隅に置きつつ、ヘルムトに面会する他ない。

ライアスとシンシアは目を見合わせて頷いた。