軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

41.黎明はすぐそこに

ペンシルニア公爵家は、秘密裏にシャーン国解放軍への支援を開始した。

この長引いた、実に十六年にも及ぶ内乱に終止符を打つ。そこに一番近くにいるのはヘルムト率いる解放軍だろうと判断した。もちろん、相当な数の重臣の反対にあった。

それを抑えたのは意外にも、最も反対すると思っていたルーバンだった。ルーバンはかつて父親と兄を戦争で失っている。

「理性的に、合理的に判断した結果です」

ルーバンは断言した。その顔には迷いも葛藤もないように見えた。少なくとも、そう発言した時には。

「国が 斃(たお) れるというのは、それだけで巨大な損失です。正常に立ち直ってもらう事が、ファンドラグにとっても結果的には一番いい」

これに乗じてシャーン国に侵攻し傘下に納めるのならまた話は変わってくるが、現国王オルティメティにその気が全くない以上、一日でも早く立ち直ってもらわねばならない。

戦争を起こしたところで、ヴェリントにつけいる隙を与える事になるから、オルティメティの判断も国王としては正しい。

ルーバンのこういう所が、ライアスに評価され信頼されるところなんだろう、とシンシアは思った。私心よりもペンシルニアを優先する。本人の言葉を借りるとするならば、極めて理性的かつ合理的にだ。

そうして、解放軍とペンシルニアとの太いつながりができた。

その代わり、ヘルムトには子供達に弁舌を振るわない事、勧誘をしない事、を条件とした。

「支援については、本来であれば、お前の方から申し出るべきところだがな。こそこそと子供達に接触したのは、紛れもない悪手だった」

ヘルムトは深刻な顔をして深く頭を下げた。

「あれは本当に、私が愚かでした」

直接会って話してみて、その言葉に嘘はないように思った。以前の、目的のためなら子供の犠牲も厭わないといった革命軍の危険な思想もアルロへの執着ももうないと判断し、ライアスは支援を決めた。潜り込ませておいた影はこの時点から身分を明かし、本格的に協働を始める。

ここからはより緻密な情報戦、心理戦だ。ペンシルニアの後援があることを気づかれずにどこまで勢力を伸ばし、油断した政権を覆すことができるのか。民意をどの程度味方に付けられられるかにかかっている。

ヘルムトは積極的に動き出した。解放軍が勢いを増し、次々にシャーン国各都市を制圧した。

元々機運が高まっている中での圧倒的支持者を得て。潤沢とまではいかなくとも、かなりの支援を受けたことにより、乾いた大地に水が沁み渡るように、その勢いは止まらず広がり続ける。

そして実は、ここにアルロも関わっていた。

ヘルムトの望み通り、文通は始められ、ずっと続けられた。

アルロは度々送られてくる会計報告書から分析して調査をし、教師のシスイにも色々と聞きながら、実践を学んだ。会計の穴を指摘し、効率的な金の動かし方、増やし方。物資を購入するそれぞれの適切な時期、更には組織の構造上の問題までヘルムトに伝えた。解放軍には貴族が少なく、こういった教育を受けたものは少なかったから、アルロの綿密な助言は大きかった。

ヘルムトにとって、アルロの協力は思っていた形ではなかった。しかし、解放軍の根底から改変されるほどのことをアルロはやってのけている。自分の間違いを改めて思い知った気分だった。

——これなら、行ける。

ヘルムトは確信と言えるほどに予感した。

シャーン国に新しい風が吹こうとしていた。

季節が流れ、アルロが十六となった夏の頃には、シャーン国のほとんどの都市は解放軍によって占拠されていた。政権が覆るのは時間の問題だ。

王位争いをしていた四人の王族はここへ来てようやく、自分たちの喉元に刃が突き付けられていることに気付いた。そして最後の抵抗に、首都に立て籠っていた。

「——選択肢は、三つあると思っている」

一方、こちらはファンドラグの首都、いつもの宿屋併設のカフェである。

アルロはその言葉に、ランチにかぶりつこうとしていた口を一旦止めた。

ヘルムトは指を立てた。

「一つ、全勢力をもってして、一気に首都に攻め上る。二つ目、解放軍が新都市に首都を定め、新王朝建国を宣言する。この場合、持久戦にはなるが流れる血は一つ目より減らせる。そして三つ目、暗殺者を放つ」

「暗殺者はだめです。誰がどう見てもヘルムトさんの仕業だと思われるでしょう。これまでの歴史を見ても、暗殺によって建てられた王朝はまた暗殺者の影に怯え、長続きしない」

「うん、そうだね、僕も同感だよ。——でもその前に一ついいかな」

エイダンが口を挟んだ。その手には、アルロとお揃いの巨大ハンバーガーがある。

「どうぞ、公子様」

ヘルムトは二人が座っている机の隣の席で、身を乗り出してにこにこと頷いた。エイダンが苦々しい顔を向ける。

「なんで急に作戦会議が始まってるわけ。やめてくれない?僕とアルロの楽しい街歩きに割って入ってくるの」

「ええー。仲間に入れてよ」

エイダンは無視した。

「食べようアルロ。冷めちゃうよ」

「あ、はい」

そうして二人はハンバーガーにかぶりついた。肉汁がじゅわっと出てきて、チーズがとろりと伸びる。絶品だ。最近はアルロもほとんど手を汚さずに食べられるようになった。

ヘルムトはにやにやとした顔で二人が食べ終わるのを待っていた。

「——何?その締まりのない顔、やめなよ」

「君は相変わらず私には冷たいなあ」

ヘルムトは大げさにため息をついて見せた。

「嬉しいんだよ。子供が、美味しそうに飯を食べてるところってのは。見てるだけで私まで幸せになるんだよねえ」

そう言うヘルムトは、更に痩せたようだった。やり取りはいつも手紙で、会うのは冬以来、数カ月ぶりだ。二月くらいまでは今のように神出鬼没に現れたりもしていたが、この数ヶ月はその余裕もなく、激務だったのだろうか。

「ヘルムトさん、また痩せました?食料足りてないんですか」

食料が足りていないと自分の分まで人に施す人だと、これまでの付き合いでアルロは知っていた。

「足りてるよ。今年に入ってから、国内の餓死者はゼロだ。ゼロだよ!本当に、感謝してもしきれない」

「ヘルムトさんも、食べてますか?」

「ああ、さっき食べたよ。この宿のチキンサンドは絶品だね」

「・・・おじさん、こんなところにいていいの?」

「今はね。もう奴ら、袋の鼠だから。敵の勢力はほとんど首都にしかいない。自由に行き来できるようになってきたんだ。ま、忙しいのは確かだから、また今夜発つよ」

そう、解放軍がシャーン国内の街を占拠して、国境地帯を解放した。そのため、これまで国を出られなかった民衆は一気に国を逃げ出し、ファンドラグに流れる難民の数は急増している。しかし予測していたよりずっと少ないのは、国民の解放軍への期待の表れだろう。目の前のこの男の努力の結果だと思うと、すごい人なのだとは、思う。

「窮鼠猫を噛むって言うんだから。油断大敵だよ」

エイダンが釘を刺した。

首都には王城に居を構える王族に加えて、最後まで抵抗している高位貴族も加わっている。軍隊も有しているし、護るに易く攻めるに難い天然の要塞である。逆転がないとも言い切れない。

「数の上では、解放軍が圧倒的に多い。でも向こうには魔術師が山ほどいるんでしょ」

「それなんだよなあ。秘密の地下通路の情報もまだ全部は暴けてなくてね。いざ攻めた時にどうなるかっていう所が——どう思う?」

アルロが少し考える。

「その二択なんですか」

「今の所はね」

「たとえば二つ目だと・・・新しい首都にふさわしい土地は」

「それなんだよね。街道が整備されて、なおかつ背後は山麓の天然の要塞——っていう好立地、なかなかなくて。それを一から作り上げるには、どの都市もすでに壊滅的なんだよね」

アルロはシャーン国の地図を頭に浮かべた。

候補になりそうな、被害も少なく栄えている都市は、国境に近すぎる。もしくは自然災害が多い。

「別に血の流れない方がいいって思って言ってるわけじゃないよ。もちろん少ないにこしたことはないけど・・・犠牲というなら、これまでに散々出してきたからね。今更だよ」

「新首都を定めずに、このまま長期戦ではだめなんですか?」

旧王国を斃してから新政権確立、としたいのはわかるが、選択肢として、一時的に二王朝になるというのも、やむを得ないのではないかと思うのだが。

「そうだよ。何か急ぐ理由でもあるの?」

「いや・・・まあ、冬までには決着をつけたいんだよな」

ヘルムトの歯切れは悪かった。

餓死者がいないとはいえ、燃料のことまで考えるとやはり不安が大きいのだろうか。

各所にシェルターのような物を設置し、効率よく暖をとらせているのは支援を始めた去年から行っている。

去年と同様にすれば問題ないのではないのだろうか。アルロとエイダンは目を見合わせた。

「——あ、話変わるけど。——どうしようかなあ、言いたいなあ。でもこれ言っちゃうと、支援を打ち切られちゃうかもなんだよね。これから益々って時だもんなあ・・・」

突然ヘルムトが落ち着かなく声音を変えた。うきうきとして、ちょっと気味悪い。

「黙ってなよ」

エイダンが冷たく言い放つ。

ヘルムトが何を言おうとしているか察しているようだった。

「僕が聞いてるからね。本当に打ち切るから、即刻」

エイダンが強めの口調で言っても、ヘルムトは動じないようだった。

「でもさ。ここまで散々協力してくれてたら、もう一緒じゃないかなって気がしない?」

「しない。全く」

「解放軍の中でアルロ君がなんて呼ばれてるか知ってるかい?」

「知らないし、知りたくもない」

「ブラントネル影の 大君(たいくん) 、隠れの君——ふふふ」

「大君・・・?」

「あ、古代ブラントネル王朝では、国王の事を大君と呼んでいたんです」

ブラントネル王朝の事は、ライアスが影を使って調べてくれていた。新たに分かった事はそう多くなかったが、詳しく知ることになったし、ヘルムトの言う事を裏付ける形にはなった。

アルロの補足説明にエイダンは厳しい眼をヘルムトに向けた。

「ねえ、それ絶対あんたの仕業でしょ」

「ええー?なんの事かな」

「会計報告書や軍事作戦の機密文書を送ってせせこましくアルロと文通してるとこまでは目をつぶってやってたのに。アルロの存在を解放軍に仄めかしてるのか?」

「だって、私の手柄じゃないのに私が考えましたなんて言えないよ。私はそこまで面の皮は厚くないんだ」

「はあ?どの口が・・・!」

「大丈夫だよ。名前も出身も、何もかも伏せてる。隠れの君はペンシルニアの公爵様じゃないかとか言われてるくらいだから」

「・・・・・・」

もちろん、公爵がそこまで暇じゃないだろうという声も大きいため、この大君が誰なのか、本格的に話題になりつつあるのだが。

革命が成った暁にはヘルムトの右腕になるんじゃないか、というのがまことしやかに噂されている。

「外堀からじわじわ埋めるような事するなよ」

「わかってます!ああ、もう何なんだ君は。アルロ君のママなのか!」

黙って二人の会話を聞いていたアルロは、静かに紅茶を飲んでいた。

エイダンはヘルムト勧誘に目を光らせてくれている。

こうしてみるとエイダンはマリーヴェルと本当にそっくりだなと、のんきにもそんなことを考えていた。