作品タイトル不明
27.
結局晩餐会は、何事もなく終了した。
メインを食べ終わったあたりで、ヴェリントの国王夫妻は席を立った。
相変わらず虚ろな瞳のまま不自然にぺこりと首を下げた。
「手厚い歓迎の宴に、感動しました。とてもおいしい料理の数々に、感謝します」
「おなかがいっぱいになってしましました。シェフに、満足したとお伝えください」
相変わらずの棒読みで、しかし満足したということは伝えてくる。
奇妙な取ってつけたような笑顔に背筋がぞくりとし、オルティメティが戸惑いながらも返事をする。
「あ、ええ・・・」
「今後も両国の誼は永続的に続くことでしょう。それではこれにて」
「失礼いたします」
国王夫妻はそう言って去っていった。姫も慌てて後を追いかけていく。
呆気にとられた、ファンドラグ側の一同が残された。
しん、と沈黙が流れる。
「——さて」
オルティメティはコン、とグラスを置いた。
「エイダン、アルロ。とりあえず二人かな。こっちへ来なさい」
「・・・・・・」
あれ?怒られる雰囲気だ。
エイダンの顔がそう言ってアルロに向く。
「みんなはデザートを食べているといいわ。乳母を呼んでくるわね」
イエナがそう言って控えている者に指示する。
大人達が立ち上がって部屋を出て行った。エイダンとアルロはその後に続いた。
とりあえずいつも二家族で食事をしていた食堂に集まって、それぞれ席についた。
今日はなにも置いていないから、いつもより近く感じた。
「それじゃあ、説明をしてもらおうかな」
「どこから説明すればいいのか・・・」
「とりあえず、口を挟まないで黙って聞いているから。整理できなくてもいいから話して。賢いエイダンなら、どこからどこまでを話せばいいかはわかってるだろう?」
いつも優しい印象のオルティメティが、今日は珍しく圧が強い。
ライアスもシンシアも口を挟む気はないようだ。
やや圧倒されつつ、エイダンがぽりぽりと頬をかく。
「始まりは、さっき入場を待っている時にソフィアが来てさ——」
オルティメティの言葉通り、大人たちはエイダンの話を黙って聞いていた。話すごとに深刻な表情にはなっていったが。
結局、アルロの操作で毒を吐き出させ、晩餐会を終えたことまで伝える。
「——それで、今は闇魔法は」
「まだ続けています」
オルティメティの質問にアルロが答えた。
解いた途端どんな行動に出るか予測できない。対象が離れても、今の所捕捉できる程度の距離だ。
「すぐに警戒レベルを引き上げよう。監視を」
友好国と思っていたからこその歓待体制だった。向こうがその気なら、話は大きく変わってくる。
ライアスが頷いて席を立った。
「取り急ぎ耳の良い風の者をつけましょう。影をお借りしてもよろしいですか」
「もちろん」
「警備体制を入れ替えます」
敵国が訪問した時のように警備を固める。部屋の中まで監視を入れてもいいくらいだ。
毒が出てしまえば、向こうも身に覚えがあるから何も言えないだろう。あくまで穏便にお帰りいただきたい。
体制が整ってから術を解けば対応できる。
「それでは、毒の分析結果が確認でき次第、ご報告いたします。——アルロ」
早々に体制を整えて術を解くのだろう。ライアスは急ぎ足でアルロと共に出て行った。
その後の出方次第では、臨戦態勢となる覚悟も必要だ。
二人が出て行って、残った部屋に重い沈黙が流れる。オルティメティがふう、と息を吐いた。シンシアを窺うように見る。
「——大丈夫?」
「そうね・・・」
シンシアはじっと考え込んでいた。代わりにオルティメティがエイダンに難しい顔を向けた。
「エイダン。後からどうすればよかった、とかっていうのは、あんまり言いたくないんだけどさ」
「僕はこれが最善だったと思う。——違う?相手の出方が分からなかったし、時間もなかった」
「何とか知らせてほしかったよ。長時間、アルロの魔法を見せつける形になってしまっただろう」
「・・・・・」
「——いや、終わってしまってからなら、何とでも言えるからさ。そうだな、最善だったのかもしれない」
オルティメティは奥歯に物が挟まったような、煮え切らない言い方をした。
エイダンを一人前のように扱っているからこそ、ある程度の判断も許し動くように言ってきた。今回だって、事なきを得たのは機転を利かしたエイダンとアルロのおかげだ。
それでも、叔父としてはどうしても、何とか相談して、頼ってほしかったと思ってしまう。
「ヴェリントの鉄が尽きかけているというのは、やっぱり本当のようだね。——まさかこんな暴挙に出るとは。それは、僕の失態だ」
人払いをしているから、遠慮なくオルティメティは自分の非を認めた。
その尻拭いを甥っこたちにさせたと思うと複雑だ。
「それにしても、ソフィーがねえ」
「いつから分かっていたのかしら。時々、随分と大人びた・・・どこを見ているのか分からないところがあったけれど」
アレックスと共にソフィアと接することの多かったイエナは不思議に思うことがあったようだ。
「炯眼、ねえ・・・」
「貴方、何か知ってるの?」
「いや。それこそ、エイダンが言うように中代ルイジリアン王の話なら・・・妙にしっくりくるね」
イエナも頷いた。
「学者の間でも、話題になったことがあるんです。古代、魔王を倒した勇者は光のはずなのに、なぜ象徴画は金髪に赤い瞳で描かれているのかって。王家への忖度なのか、本当に勇者はそういった出で立ちだったのか」
「へえ」
「炯眼って、物事を見通すってことよね。古代神話の中に出て来る王の眼の逸話があったけれど・・・そんなの、光の魔力と同等か、それ以上に貴重だわ。だからどこかで混同したのかもしれない」
憶測にすぎないから何とも言えないが。今まで表に出なかった能力なだけに、何とも言えない。
シンシアもずっと考え込んだままだった。
「使いこなしてるのかな」
「さあ。——特に負担には感じてないみたいだよ」
「本当に?」
シンシアが初めて声を発した。
「戸惑ったり、驚いたりもないのね」
「漠然とした感じだよ。ただ、 わ(・) か(・) る(・) って。何かが聞こえるっていうのとも違うみたいだし」
エイダンの説明にシンシアがわずかにほっとしたようだった。
今まで強い子だとは思っていたけれど、特に他の子より変わっていると思うこともなく、順調に育っていると思っていたソフィアである。
人の心の声が聞こえたり、悪意に触れるようなことがあるのなら、かなり心配だ。
これまで大人の中で過ごしてきて、実は自分の知らない所で傷ついていたのだとしたら——たまらない。
今日は髪を切って驚かされたが、それだって、急に成長したような気になったが、どうすればいいのか、何か感じるものがあったのだろうか。
「——さて。僕はとにかく、宰相と話してくるよ」
「私も」
考え込むシンシアの肩を軽くたたいて、オルティメティはイエナと共にそう言って席を立った。
ヴェリントへの対応を話し合わなくてはならないのだろう。忙しそうに去っていった。
残されたシンシアは深く長い溜息をついた。
「——ソフィアなら、ケロッとしてたよ」
「そう・・・」
確かに晩餐会は楽しそうに過ごしていた。能力については、様子を見ていくしかないのだろうか。
「あとは、アルロの事ね」
闇の魔力を他国の前で晒すことになってしまった。いずれはと思っていたことだ。もちろん、そうなっても守れると思ったからこそ、徐々に外に連れ出している。しかし、敵意を向ける相手にとなると。
「最善だったのかもしれないけれど・・・色々と、覚悟はしなくてはいけないかもしれないわね」
ヴェリントの国王夫妻は操られていた事実に気づくだろう。闇の能力の事を知っていてもいなくても、調べればすぐに分かる。
闇の魔力と聞いて、おそらく真っ先にアルロの黒眼が思い出されるだろう。
アルロが闇の魔力の保持者であることはすぐに予想される。
「——今回の事を不問にする代わりに口外しないよう誓約させましょう」
「そうね。それがどこまでの抑止力になるかは分からないけれど」
やらないよりはいいだろう。
その辺りの交渉はオルティメティらに任せるしかない。シンシアとしては、アルロがまた危険に晒されたり、差別されたりすることのないよう力を尽くすだけだ。
「——さあ、そろそろ引き上げましょうか」
他の大人は忙しいだろうから、シンシアは晩餐会会場に残っているであろう子供たちを迎えに行った。