作品タイトル不明
22.やっと会えた
予測していなかったから、マリーヴェルはぽかんと口を開けて固まった。
その顔を見て、アルロが少し慌てる。
「姫様、すみません、こんな時間に。レナさんから、まだ起きているとお聞きしたので・・・」
「えっ、どっ・・・な、なんで」
「今日のうちに、お祝いを言いたくて」
「・・・本当に?わざわざ、来てくれたの?」
「はい」
驚かせてしまった。そう思ったが、マリーヴェルは両手で口元を押さえ、喜んでいるようだった。
喜びすぎて言葉もない時の反応だ。その顔を見て、アルロは後悔した。
「——遅くなってしまって。申し訳ありません」
マリーヴェルはずっと待っていてくれたのかもしれない。だとしたらこんなにも待たせてしまった。
「本当はもっと早く来ようと思っていたんですが——」
「ううん。いいの!」
マリーヴェルは一歩アルロに近づいた。
「だって、来てくれた」
ふわりと若葉色のドレスが揺れる。
アルロの黒い瞳がマリーヴェルにひたと注がれた。
「姫様、とてもお美しいです」
アルロに面と向かってそう言われると、マリーヴェルは一気に顔に熱が集まるのを感じた。
顔どころかぽかぽかと全身が熱くなる。
「あ、ありがとう・・・」
すごく声が小さくなってしまった。
今まで色んな人に言われてきた言葉なのに、どうしてアルロが言うとこんなに違う響きになるんだろう。
「姫様はどんな色でもお似合いですね」
「う、うん・・・今まで、ない色だったから。生地を見た時、一目ぼれして」
「夏らしいですね。素敵です」
そう、若葉をイメージしたデザインだと言っていた。こんなことまで気が付いて褒めてくれるなんて、アルロはすっかり貴族らしくなっている気がする。
今まではマリーヴェルしか知らなかったアルロの魅力が、ますます知れ渡ってしまいそうで不安になる。
「——どうぞ、入って」
「あ・・・いえ、ここで」
夜の九時を回って、女性の部屋に入るわけにはいかない。
「姫様、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう」
改めて言われて、マリーヴェルは本当に嬉しそうに応えた。
「嬉しい。アルロにお祝いを言ってもらえたのが、一番うれしい」
「——あの、これ」
そう言ってアルロが差し出したのは、小さな白い封筒にピンクのリボンが結ばれている、誕生日プレゼントだった。
「え・・・」
「僕からお贈りするのは、その・・・厚かましいような、なのですが——」
「そんなことない!」
「僕はいつも姫様にたくさん助けていただいていますので、姫様の誕生日をお祝いしたくて」
「アルロ・・・」
マリーヴェルはそれをそっと受け取った。大事な物を持つような仕草でしばらく眺める。開けるのはもったいなかったがアルロが待ってくれているので、ゆっくりとリボンを解いた。
「わあ・・・素敵」
それは、花模様のブックマーカーだった。間違いなく一生の宝物になるだろう。
「ありがとう、アルロ」
マリーヴェルはブックマーカーを光に透かした。輝いて見えた。
「蘭の花だわ」
「姫様みたいだと思って——」
「え」
蘭の花の花言葉は優雅とか、淑女といったもの。
今までマリーヴェルは、派手で華やかな花を贈られたり例えられることが多かった。蘭は、もっと大人な花だから。
背伸びして大人風に髪を結ってもらって、淑女の仲間入りをしたような今日、そう言われると本当に少し大人になったような気になった。
アルロの中ではずっと子供なんだと思って、焦れたような気持ちになったこともある。でもアルロにその気が全くないのに、マリーヴェルが変に女性ぶって見せたところで、滑稽でしかないし下手をしたら気を遣わせるかもしれない。アルロの負担になるのだけは嫌で、普段通りに自然体で過ごすんだと決めていた。
それなのに、アルロは、そんなマリーヴェルに、ちゃんと女性らしく見えていると言ってくれているようで。
「ありがとうアルロ」
顔が赤くなったって、恥ずかしいけど、この感謝をちゃんと伝えたかった。マリーヴェルはアルロをじっと見つめた。
「私、こんなに素敵なプレゼントまでもらえるなんて思っていなかったから・・・嬉しい。本当に嬉しい。アルロ、ありがとう」
アルロも嬉しそうに微笑んでくれた。しばらく微笑みあって、アルロはおもむろに居住まいを正した。
「あの・・・実は」
マリーヴェルも自然と背筋が伸びる。
「姫様に、もう一つ、受け取っていただきたいものが」
「もう、十分だけど・・・」
アルロはその場に片膝をついた。
驚くマリーヴェルを下から見上げる。
「マリーヴェル様」
久しぶりに名前を呼ばれて、マリーヴェルはどきりと心臓が跳ね上がるかと思った。
そんなマリーヴェルをよそに、アルロは真剣な顔で左胸に手を当てた。
「謙虚であり、誠実であり、礼儀を守り、貴方を守る盾となり、忠節を尽くすことを誓います」
マリーヴェルは息を呑んだ。
これは、紛れもない騎士の誓いだった。
生涯ただ一度しかない、忠節の誓いだ。命を懸けてする誓いだった。
「——僕は、騎士ではないのですが。姫様は十歳になられたので」
もう大人の仲間入りだから。騎士の誓いを受けることができる。
「僕の人生は、姫様から始まりました。今も、姫様を中心に世界が彩られています」
これからどんどん、マリーヴェルは大人になっていく。ペンシルニアの公女として、誰よりも輝いていくだろう。
アルロはこれまで、雇われて侍従としてここにいた。助けてもらって、仕事を与えられて。
そうではなくて、自分の意思でマリーヴェルに仕えたいと思った。そしてそれを伝えたいとも。
「ありがとうございます姫様。僕を助けてくれて。僕を人間にしてくれた。だから生涯、命を懸けて姫様をお守りします。そのお許しをいただきたいんです」
「アルロは私に会う前から、素敵だったわ」
誰よりも優しい、 人間(ひと) だった。
まっすぐに自分を見つめるアルロに、マリーヴェルは涙が滲んだ。
「ありがとう。一生忘れない、素晴らしい贈り物だわ。——大事にする」
「ありがとうございます」
ぽた、とマリーヴェルの涙が落ちて、アルロが慌ててハンカチを取り出した。
——アルロは今の最大限の気持ちをくれた。
胸が痛いのか熱いのか、嬉しいのか悲しいのかよくわからなくてマリーヴェルは涙が出た。
アルロを心配させたくなくて、嬉しくて、と言うのがやっとだった。
「——母上、趣味が悪いですよ」
「っは・・・!」
階段の影に隠れていたのに声を上げそうになって、シンシアは慌てて口を押さえた。
いつの間に隣に来たのか、エイダンが耳元で囁いてくる。
「いつからそこにいたの」
走って来たのだろうか。ラフな服装にタオルを首に巻いて、少し汗のにおいがする。
「結構前からいました。母上、ちっとも気づかないんだから」
身長を越したからって、わざとだろうか。
「貴方ね、最近その、足音しないのとか、何かぱっと現れるの、何なの?心臓に悪いわ」
「あ、わかります?」
何も褒めてないのに、エイダンが嬉しそうな顔をする。
「気配を消すっていうの、今やってるんだ。面白いよ。これ、極めると野生動物も逃げないんだって。狩りの時も役立ちそうじゃない?」
「エイダン・・・」
一体何を目指しているのだろう。
「——マリーを見に来たんですか?」
「ちょっと、気になってたの。パーティーで少し元気がなかったでしょう?」
見た目には喜んでいたし、楽しんでいたと思う。でも部屋に引き上げる時の残念そうな顔が気がかりで、こうして訪ねようとした所だった。
「アルロが来てなかったからだったのね。よかったわ」
「母上は、アルロとマリーが・・・その・・・」
エイダンが言葉を選び、言い淀む。シンシアはエイダンの額をピン、と指で弾いた。
「——痛いです、母上」
「貴方まで、父上と同じこと言わないで頂戴」
「父上も?」
ライアスはマリーヴェルに近づく男子はことごとく排除しようとしている。シンシアが止めているから表立っては何もしていないだけだ。
アルロの事も、実はずっと心配している。マリーヴェルと距離が近くないか、と度々聞いてくる。
「マリーはまだ十歳って、分かってるわよね」
「母上は、マリーが子供の恋愛だから心配いらないって思っているんですか?よくある勘違いのような」
「あら、マリーの初恋は本物よ」
エイダンはわからない、というように難しい顔をした。
「本物でも・・・どうこうならない?」
「この先恋愛だけに忙しくするわけじゃないでしょう。そんな先の事をあれこれ考えても仕方ないじゃない」
変に騒いで、芽生えてもいない感情を刺激する必要はない。
これからどうなるかなんて誰にも分らないんだから。
何より、今目の前でマリーヴェルは振られたようなものだ。恋愛のれの字もなく、アルロにまっすぐな忠誠心を向けられた。それが本気だから余計つらい。
下手な恋愛感情なんかよりずっと重いものだ。何と言っても生涯を掛けた誓いなのだから。——ただ、それはマリーヴェルの望むものではない。けれど今の最大限のアルロの気持ち。
ああされたら、マリーヴェルはあくまでも主人としてアルロの前に立つしかない。アルロがあそこまで主従に徹して忠節を誓っている以上、これから先この関係性は変わらないかもしれない。
——とはいえ、エイダンの方だって、小さい時から今までずっとアイラの事を一途に想い続けている。ライアスもシンシアに対して少年の頃からの重たい愛情を向けてくる。
「ペンシルニアの血なのかしらねえ」
「何ですか?」
二人とも重過ぎる一途な性質だ。そうなるとマリーヴェルもそうかもしれない。
一念岩をも通すって、言うものね。
さて、とシンシアはエイダンを見つめた。
「貴方、人の事を言う前に、私に言うことないの?」
「言う事・・・なにかありましたっけ」
「渡したわよね。縁談の手紙、五枚」
「——ああ・・・」
「ちゃんと返事返したの?どうすることにしたのか報告もらってないけど」
断るのは分かっているが、それにしてもちゃんと言ってもらわないと。
「断りました。すみません、忘れてました」
「エイダン。さてはタンに返事を書かせたわね」
付き合いの長い家門もあるから、ちゃんと直筆でお断りを入れるように言っておいたのに。
「あ、僕汗臭いよね。シャワー浴びてくる」
「ちょ、エイダン・・!?」
エイダンはにっと笑って、逃げるように行ってしまった。
縁談の話も本格的に増えてきている。それに伴って、エイダンは極端にこの話題を避けているようだった。
アイラが好きだから縁談は断りたいんだ。——って言えないのよね。言えばいいのに。
婚姻を結ぶ方法がないわけじゃないし、何と言ってもアイラは聖女だ。むしろペンシルニアの庇護下に入れた方がいい。
が、きっとそういう問題じゃない。アイラを好きだと伝えること自体照れ臭いんだろう。そして避ける一択になっている。
我が子ながら意気地なしだなと思うが、思春期男子、どこまで踏み込んで話せばいいのか、難しい。
そう思うシンシアだった。