軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13.

「おい、お前、アルロって言ったな」

馬車を呼んで、シンシアらを迎えに行こうとした道すがら。

会場の一歩手前の道で、アッシャーに声を掛けられた。どうやら追いかけてきたらしい。

一瞬放っておこうかと思ったが、ここは一応ラントン侯爵家だ。ペンシルニアの侍従として来ている以上、無礼を働くわけにもいかない。

「はい」

アルロは立ち止まって答えた。

「相変わらずペンシルニアの温情に乗っかってるのか。いいご身分だな」

アルロは表情を動かさないまま、しばし考えた。

アッシャーは不機嫌な顔を前面に出している。

シンシアの怒りに触れ、いい気分に水をさされたのだろう。その腹いせをここでしようとしているのか、それでわざわざ。

面倒なことになりそうだ。

「俺の屋敷はどうだ?お前のような平民は、普通なら近付くこともできない場所だ」

「ご立派なお屋敷ですね。ペンシルニアの半分くらいはあるでしょうか」

どうだと聞かれたので答えたが、アルロらしくなく棘のある言い方になってしまった。

少なからず先ほどのラントン家の発言に思う所があって、つい態度に出てしまったのかもしれない。

無表情で抑揚もなくさらりと言い放つものだから、アッシャーが逆上するのも無理はなかった。

「何だと?お前——」

肩を掴まれそうになって、ひらりとかわす。とりあえず接触は避けておいた方がいいと感じた。

実際にはどうかわからないが、アルロには街で暮らしていた頃、肩がぶつかっただけで難癖をつけられた記憶がある。アッシャーとその昔の貧困街の住人の顔が重なって見えた。

「その態度・・・誰を前にしているのかわかっているのか」

「ラントン侯爵家のご子息だと、お伺いしましたが」

はっ、とアッシャーは嫌な笑みを浮かべた。

「ペンシルニアと結婚したら、お前を連れてくるように言ってやるよ。俺の下で、本来の身分にふさわしい仕事をさせてやるから楽しみにしとけよ」

「・・・・・・」

この男とマリーヴェルの婚姻が成立することは万に一つもないだろう。

ないと思うが、こうしてさも決まっているように言われると——。

もやもやと、今まで感じたことのない感情が沸き起こってくる気がする。

その感情に戸惑っている間に、アッシャーはさらに続けた。

「お前の仕えてるお嬢様。あんなにきれいな顔して、魔力がないなんて、神様は本当に無慈悲だよなあ。でもま、捨てたもんじゃないだろ?俺みたいな貴族がちゃんと——」

「夢を見るのはご勝手ですが」

アルロはいつもの静かな目でアッシャーを見据えた。目上の人の言葉を遮ってはならないとは知っているが、聞くに耐えない。

「現実を見ないと、傷が深くなりますよ」

「はあ・・・?」

馬鹿にされたようで、アッシャーは一気に興奮した。

「お前、何なの?ただの平民の癖に、何でそんな態度なんだ?本当に意味が分かんねえ!」

しまった。そう思ってアルロは早々に立ち去ろうと一歩後ずさる。

「待てよ!」

アッシャーが掌を掲げた。魔力が集められるのが見える。

魔力の運用を訓練し始めて、その動きが良く見えるようになった。巨大な切り裂く風の刃が作り出されている。

「こんなことをして・・・」

「俺の家で、俺が訓練してて何か問題があるか?——ああ、不幸な事故がおきるか、な・・・!」

アッシャーは容赦なくその刃をアルロに向けて放った。

避けるにも大きいし、これでもあのラントン家の後継者だ。その鋭さも魔力の濃さも一級品だ。

アルロは本能的な危険を感じた。まともに当たったら、命はないかもしれない。

どうしてアッシャーは、ここまでするのだろう。

もしかして、自分から何か感じ取るものがあるのだろうか。

魔術家門だから、何か危険を察知するような者が。

自分は、闇だから——。

とにかく考えている余裕はなかった。

アルロは素早く反転して走り出した。反撃するわけにもいかないし、逃げるのが一番だ。

「逃げるな、臆病者!」

後方で、木がなぎ倒され、柱がガツンと斬られる音がする。

アルロは振り返らずにひたすら逃げた。

逃げながら思った。

——反撃したいと思ったのは、初めてかもしれない。

帰りの馬車でシンシアはマリーヴェルとアルロを見比べた。

つまらなさそうに座っているマリーヴェルと、その横で涼しい顔をしているアルロが——。

「アルロ。貴方、汗をかいていない・・・?」

「あ。申し訳ありません」

「暑かった・・・?」

季節はもう冬である。馬車の暖房を切って窓を開けようとしたシンシアを、アルロが止めた。

「大丈夫です。すみません、ちょっと走って」

全速力で、かつアーシャの攻撃を避けながらだったから。さほど難しい事ではなかったが、かなりの運動になった。

シンシアらはドレスの上に上着を羽織っている。暑そうにしているのは自分だけだ。

「急がなくてよかったのよ?」

「私は一秒でも早く帰りたかったわ。ありがとう、アルロ」

マリーヴェルにそう言われると、わざとではないが結果的に早く迎えに行く事になって良かったと思う。

差し出されたハンカチを断って、アルロは胸ポケットの自分のハンカチで汗を拭いた。

「そうね。今までもあまりお付き合いのないお家だったから・・・本当に、失礼な」

シンシアは外を見ながら、つい手に力がこもってしまう。

「なんなのあのおばさん。ありえないわね」

シンシアは、そうは言っても貴族ではなく王族で。魔術学園にも行ったことはない。

あの程度の言われ方はマリーヴェルは学園で嫌と言うほどされてきたし、あからさまに嫁にもらってやると言われたこともある。

シンシアはマリーヴェルが傷ついたのではないかとかなり気にしているようだが、実は全くと言っていい程気になっていなかった。

「帰ったらすぐお断りの手紙を出すわね」

「そんなに目くじら立てなくっても。あんなの気にならないわ」

「マリー・・・」

傷ついていないとは言っても、それはそれで、悲しい。

マリーヴェルが世の中のこういう態度に慣れてしまっているようで。それを変えられていない自分も情けない。

「達観したような事言っちゃって」

「達観ってなに?」

「物事の真理や本質、広い視野を持って物事を見る事です」

「マリー、貴方はね、よく本質をついてくるわね。過程を飛ばしても、なぜか着地するのよね」

「それって悪い事?」

「良い悪いじゃないのよ。そういう性格、ってだけ」

「ふうん」

「だから気にならないのかしら?」

他人に価値を決められると思っていないのだろうけれど。それでも嫌な気にはなるだろうし。

怒ったって良いのに。

「怒る価値もない事です」

シンシアの考えを読み取ったかのような台詞だった。それも、アルロが。口を挟むのは珍しい。

「そうよね、一言も喋ってやらなかったわ」

ふん、と得意げなのはまだまだ子供らしい。

それでも、言葉を交わさない事が一番なのだとよくわかっている。

「私はやっぱり魔術師はダメだわ。天敵!」

「みんながみんな、ああじゃないと思うわよ?」

「ああじゃない魔術師に会ったことはないけどね」

学園でマリーヴェルを馬鹿にしてきた教師も魔術師だった。

「また顔を合わせる事あるのかしら」

「無礼な事を言われたら、ちゃんと対応するから」

「手袋投げて良いの?」

「はい」

ダメに決まってるでしょ、というシンシアの返事より前に、アルロが即答した。

シンシアは驚いてアルロを見た。

「え、いいの?」

「その場合代理決闘になりますので、僕がする事になりますが。精一杯、頑張ります」

いつもなら止める側の人間なのに、シンシアは面白くてつい二人の会話を黙って聞いていた。

そしてふと気づく。

「ああ、アルロ」

シンシアは嬉しそうに目を見開いた。

「貴方、怒っているのね?」

「え・・・」

「アルロがそんな事を言うなんて。ふふ・・・」

「あ、申し訳ありません」

アルロはそう言われて初めて思い直したようだった。

「どうして謝るの?いいじゃない。怒るのって、ほら、エネルギーがいる事だけど。モヤモヤした気持ちをちゃんと発散させるのには、怒った方がいいわ」

「いえ、その」

間違えました、とも言えない。何よりシンシアがなぜか楽しそうで。

「いつかアルロの怒鳴り声なんて、聞いてみたいわねえ」

「やだわお母様」

マリーヴェルが腕を組んだ。

「アルロが怒鳴る程嫌な思いをするのなんて、ダメに決まってるじゃない」

「ごめんなさい。そうよね」

「アルロの分は私が怒るからいいの」

「貴方は少し怒りすぎじゃない・・・?あ、今日はよく我慢したわね。偉かったわね」