軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8.

アルロがアレックスを抱いて戻ってきたので、取り敢えず周囲は落ち着きを取り戻した。

そのままシンシアらと合流して、アレックスはソフィアと遊び始めた。乳母らと話し終えてシンシアが戻ってくる。

「——ありがとう、アルロ。大丈夫だった?」

「はい。ソフィア様がすぐ見つけてくださいました。お寂しかったようです」

「そうねえ・・・色々あったから」

それでも、ようやく落ち着いてきたはずだ。もう少し親子の時間を増やしてはどうかと、少しオルティメティに話してみようかと、シンシアは思った。

「だいじょうぶじゃないのよ。いやな人いたの」

ソフィアが振り向いて眉を吊り上げた。

「——あら、内城で?」

アルロは忘れていた一悶着を思い出した。

「富貴の間まで行って来たので。その・・・貴族の方とお会いして」

「何か言われたの?」

マリーヴェルが即座に反応した。

正直に言えばそのまま駆け出して行って締め上げそうな勢いに、アルロは言葉を探した。

「いえ、その・・・ぶつかりそうになっただけです」

「ぶつかりそうになって嫌な人とは言わないでしょ、ソフィア、何があったの?」

「えっとね」

ソフィアはアレックスと絵を描いていた手を止めた。少し考える。

「なんだっけ?」

「ソフィー・・・」

「——何もされていません、本当です」

特に珍しい事でもないし、全く気にするほどの事でもない。アルロは本気でそう思っているからそう答えた。忘れていたくらいだ。

「アルロね、かっこよかったよ。つよかったの」

「あらアルロ、貴方喧嘩してきたの?」

「し、してません」

シンシアの問いにアルロが慌てて答える。少し気にはなったが、アルロが強かった、というのだから、負けてはいないのだろう。外に出始めたら、アルロが色々な好奇の目にもあからさまな攻撃にも、ある程度晒されるかもしれないのは予想していた。

目を光らせて行こうとは思うが、アルロの様子を見ていればとりあえずは様子を見ていいかとシンシアは考えた。そう思えるほど、近頃のアルロは安定している。

「ちゃんと言ってよ、アルロ。——っあ、まさかまた誘われたりしてないわよね?」

「まさか。あんなこと、そうそうないです」

マリーヴェルが本気で詰め寄っているが、アルロはとんでもない、と笑っている。

社交の場にアルロを伴うようになって、一体どれほどのご令嬢がアルロに視線を奪われている事か。あからさまにアルロを招待しようとしたり、更には身の程も知らず引き抜こうとしてきたり。

マリーヴェルは気が気ではなかった。

「あーもう、内城だからって油断してたわ」

「こら、マリー。行儀悪い」

足を揺らしてシンシアに注意されたところで、ノックの音がする。

マクシミリアンを抱いたイエナだった。

「あら、先程ぶりですね」

「アレックスがご迷惑を——」

イエナはそう言って部屋を見渡した。

「ソフィア、アレクを見つけてくれてありがとう」

「かくれんぼよ?おこっちゃだめよ?」

ソフィアに釘を刺されてイエナは苦笑した。

当のアレックスはイエナが来たことに気が付いているはずなのにそちらを見ることもしない。

「アレク・・・」

アレックスは返事をしなかった。

手元のお絵描きに集中しているように見せて、表情は固い。

「心配したのよ?みんな大騒ぎで」

「・・・・・」

「アレックス?」

アレックスはバン、とクレヨンを置いて、立ち上がった。

部屋の隅にいるアルロに駆け寄ってその足にしがみつく。

「あ・・・」

アルロは戸惑いつつもアレックスを抱き上げる。

これは、かくれんぼの事を言えと言う意味だろうか。

「その、かくれんぼ、していたんですよね。楽しかったですね・・・」

「ぼく、アルロとソフィアとあそんでるの」

「アレク」

「ははうえは、あっちいって!マクシと、いたらいいでしょ!」

「アレク!」

ぎゅうう、と首を絞められるように力を込めてしがみつかれて、アルロは苦しかった。が、離してとも言えず。

「ちょっとアレックス、アルロは私の侍従なんですからね」

「マリー」

シンシアは低い小声でマリーヴェルを嗜めた。

もう少し空気を読んでほしい。ここでマリーヴェルまで参戦したらややこしくなる。

「アレックスは、アルロが気に入ったのね」

前回まではそこまででもなかったのに、イエナへの反抗心も加わっているせいなのか、アルロの優しさが響いたのか。

シンシアの優しい言葉にアレックスは頷いた。

「アレク」

イエナが受け取ろうと一歩踏み出す。

「うっ・・・」

アレックスがそれを察してますますきつくしがみつくから、アルロが思わず呻き声を上げた。

「ほら、アルロが苦しいでしょ、そんな事したら」

「ははうえきらい!あっちいって!」

「だ、大丈夫です、から・・・殿下、離しませんから」

トントンと背中を優しく叩かれても、アレックスはアルロにしがみついていた。

暴れ出しそうな剣幕だ。アレックスの顔が興奮してどんどん真っ赤になっている。

「あっち!」

あっちへ行ってなのか、あっちへ行こうなのか。

イエナは頭を抑えて、大きな溜息をついた。

「アルロ、少し乳母と一緒にアレックスの部屋へ行ってくれる?」

「かしこまりました」

「ソフィーもいくー」

「私も」

今度はマリーヴェルもついて行くことにしたらしい。

子供達がぞろぞろと出て行った。応接室は急に静かになる。

「——お掛けになりません?」

シンシアが声をかけて、イエナが力尽きたようにソファに座った。

「まったく・・・どうしていいやら」

ああして、大嫌い、あっち行ってと叫んだ時に、無理に近寄ると今度は激しい癇癪に移行する。泣き叫び、暴れて手がつけられない。

シンシアらが来ている時にそうなってはと思い、とりあえず落ち着くために離れるよう言うしかなかった。

「本心ではないと分かっていても、きらい、はなかなかの破壊力ですよね」

シンシアが気遣ってそう言ってくれるのはわかっていた。しかし、イエナは笑い返す余裕がない。

腕の中で眠るマクシミリアンをみつめて、アレックスもこれくらいの時は、可愛くて仕方なかったのにと思ってしまう。そしてまた自己嫌悪に陥る。

「癇癪があると言っていたでしょう?」

シンシアは黙って頷いた。

暴れて手が付けられない、と言われているが、シンシアが実際に目にしたことはない。

「あそこで手を出していたら、きっと泣き叫んで暴れていたの」

「・・・・・・」

「あの子は・・・もしかして、何か」

病気なのかもしれない。

その言葉が喉まででかかって、言えなかった。

「イエナ様」

思い詰めた様子のイエナにシンシアはそっと手を重ねた。

「うまく言葉を言えなくて暴れ回るということは、普通の事です」

何の根拠もないし、わかった風に言うのは良くないかもしれないけれど。思い詰めた様子にそう言わずにはいられなかった。

「そうかしら、でも」

イエナはそっと自分の腕を見た。

「暴れて、1時間以上泣き続ける時もあるんです。ひどい時には、その・・・噛むんです。とんでもない力で。——そんな事ってあります?」

イエナはじわりと目が潤んだ。

「一度、治癒師に見せようかと思って・・・でも、変な噂が立ってしまったらと・・・」

「・・・・・・」

「乳母も、一人ではとても手に負えないと言われて。三人体制なんですよ。ティティもそんな事なかったでしょう?それなのに」

「イエナ様」

どんどん話し始めるイエナをシンシアは一旦止めた。

我が子が病気かもしれないと考えるのは、母親にとってつらい事だろう。

けれども一番近くにいるから疑わずにはいられない。理由を探して探して、行きつく苦しみの中の答えがそれだから。

「言葉にならないから行動で代替しているだけですよ。成長すれば落ち着いてくるわ」

「でもアレクは・・・もう喋りますよ」

「まだまだですよ。四歳でしょう?どんどん複雑な感情が芽生えて、でもそれを表現する語彙力は備わっていないはずよ」

確かにアレックスは言葉が少し遅い方だ。それでも意思の疎通はできているし、少しずつ言葉も増えている。外から見ている分には、まだまだ成長を見守ったらいいと思うのだが。

それに・・・自分の父親、ユートスの時に思い知った。魔力で治せるのは体の病気だけ。心の方は、時間をかけて手を尽くすしかない。治癒師に見せたところで、という思いもある。

「周りが年上の子供だらけだし、よその家の子は落ち着いて見えるだろうけど・・・マリーでも未だに思うように伝えられないとイライラして当たったりするわ。——ほら、色々あって。今やっと我儘を言えるようになったんだし」

確かに、ワイバーン襲撃中は一度も癇癪を起こさなかった。ソフィアが来ていたからだと思っていたが、その後もしばらく貝のように閉じこもって大人しくなっていた。

「王族の子育てって・・・よくわからなくって」

王侯貴族は、貴婦人が手を出さないことを美徳とする。家事も育児も、使用人に任せるのがステイタスというか。それがシンシアらが育てられた時代の主流だった。

今はシンシアの影響で育児は手出しする母親も増えている過渡期ではある。

「お義姉さまは、どんな風に育てられたんですか?」

「私は、それはもう我儘放題育てられたから。だめよ、参考にしちゃ」

前世の記憶がなければとんでもないことになっていた。

シンシアは叱られたことのない幼少期を振り返って、ダメダメと首を振った。