作品タイトル不明
3.
「実はアルロに、打ち合いで負けたんだ」
「まあ・・・」
これにはシンシアはかなり驚いた。ライアスを見れば、ライアスも驚いているようだった。
「本当なの?」
エイダンが負けるといえばライアスくらいだ。もしくは、持久力がないため、連戦して打ち合いをした時、それでも上級騎士が相手の時。
「アルロが、瘴気をコントロールするにも、精神力がって話があったでしょ」
「ええ」
「魔力制御を一緒に訓練してて感じたんだけど。ここの所、アルロはものすごい速さで強くなってる。魔力をコントロールするのに心が重要で、日に日に・・・なんていうのかな、揺らがない感じ?——そういう、もう一歩のところの強さみたいなの。結局のところ、僕よりアルロの方が強いと思う時があって」
シンシアは首を傾げた。
「それで、負けたってこと・・・?」
シンシアの中では、アルロはまだまだ心配な子供だ。
エイダンに勝ったというのも驚いたが、エイダンよりもアルロの方が心が強いと思う程、エイダンが自分の事を弱いと言うのも意外だった。
「いや、まあちょっと考え事してたのは確かなんだけど。一本は一本だから」
エイダンはじっとシンシアの顔を見つめた。
「——どうしたの?」
改めて見られて、シンシアはふわりと笑った。
シンシアの目は、いつもエイダンに、愛しいと語りかけてくるようだ。ずっと昔から、今でもずっと。
——夢を見るんです。
——母上に罵られ、暴力を振るわれる夢を。
そんな事はとても言えない。
エイダンは目の前のシンシアを見つめた。
「その・・・変な夢を見るんだ。瘴気のことを知って、瘴気に当たったからかな。——アルロによく似た魔王と戦う夢を」
「—————っ」
シンシアの反応はエイダンの予想を上回る、驚愕だった。
「母上?何かご存知なんですか」
魔王の調査に進展があったのだろうか。
これにはライアスが答えた。
「光の力の一つに、もう一つの未来を見る、未来視のようなものがあるのかもしれない。調査の方はまだ何も分かっていない」
「じゃあ・・・母上がワイバーンだとか、魔王だとか突拍子も無い事を言うなと思っていたのは、それでだったんですか」
シンシアは難しい顔をしていたが、否定はしなかった。エイダンの言う通りだった。
「魔王に関しては・・・起こるはずのない未来よ」
「僕もそう思う。アルロは魔王になんてならない」
「よく似た、って言うことは、貴方、魔王の姿を見たの?」
「見たと言うか・・・火傷の痕で顔は良くわからなかったんだ。ただ、僕と同じくらいの年で、声がよく似ていたから」
「そ、う・・・」
アルロがファンドラグ国に来たきっかけがマリーヴェル誘拐目的で、レノンに連れられてだとしたら、それは本来小説では起きなかった事件だ。アルロはシャーン国のレノンの元で虐待されながら育ち、いずれ闇に心を飲まれたのだろうか。
「母上。もう大丈夫だよ。アルロは強いから」
エイダンは心からそう思った。瘴気の時だって、人を傷つけるより、自分に向けて取り込もうとしていた。
「その魔王とアルロは、似てるのは声だけで、全然違った。憎しみも通り越して、絶望を表したような目をしていて。研ぎ澄まされた、刃のような冷たい——」
お前も同じだろう、と、唯一の理解者のように言ってきたあの声。
一番驚いたのは、エイダン自身の気持ちだった。
——僕は、魔王を前に葛藤していた。唯一の理解者に出会えたような、そんな喜びさえ感じて・・・。
エイダンはかすかに首を振った。
「今のアルロには絶対にないものだ。だから僕も、そんな夢に動揺しないように心を鍛えたくて」
シンシアは笑みを浮かべて頷いた。
エイダンがもう一つの未来を見たかもしれないと思うと、色々と心配はあるが・・・その中でも、現実のアルロを見て大丈夫と言ってしまえるエイダンを誇らしく思った。
「分かったわ。元々貴方、騎士になりたいって言っていたものね」
シンシアは人差し指でエイダンの頬をつついた。
「あら?またお肉が減ったわね」
エイダンは苦笑した。
「ソフィーと比べてない?この年でふっくらしてたらおかしいでしょ」
「そう?ああ、でもツルッツルね、エイダン。いいわねえ」
「母上こそ、いつまでもお美しいですよ」
「やだ」
シンシアは即答で、本当に嫌そうにそう言った。
普通貴族の女性はこういう褒め言葉を言われ慣れているし、にこりと笑ってありがとうというものだが。
この母は、時々不思議な反応をする。
「もうそんな事言うの?これで騎士団に入ったら、モテモテになりそうね」
シンシアの言い方は心配そうだった。エイダンが人付き合いを広くするのを得意としていないのも、騒がれるのを煩わしく思っているのも知っているからだろう。
「大丈夫だよ。ちゃんとあしらうので」
「エイダン。あしらうって言うのは語弊があるわよ」
シンシアが眉を顰めるから、エイダンはまた笑った。
「——では、王国騎士団の方には手続きをしておこう。陛下の喜ぶ顔が目に浮かぶ」
「そうね。ティティに無茶言わないように言っとかないと」
もう子供じゃないんだからやめて、と言いかけてエイダンはやめた。
貴方は子供よと言われるのは分かっていたし、何を言ってもシンシアはオルティメティに言いそうな気がしたからだ。
そんなくすぐったいような愛情を感じて、あの悪夢のシンシアの恐ろしい顔を上書きした。
街は驚異的な速さで復興を遂げていた。
元々甚大な、とまではいかない被害ではあったが、それでもオルティメティが今回の天災に国として全面的に保証すると約束したから、王都は瞬く間に立て直されて行った。
エイダンはいつもと同じ街並みに、ところどころ 工夫(こうふ) が忙しそうに行き交うのを眺めながら、葡萄亭を訪れた。
アイラは葡萄亭の前で掃除をしていた。
被害はなかったものの、この界隈も少し荒れている。土埃や木片、何かの残骸がよく飛んでくるらしい。
「あ、エイダン!」
「アイラ」
手を振られて、エイダンも手を振り返しながら近寄った。
「どうしたの?お店、まだ再開してないんだけど」
アイラが残念そうに言った。みれば葡萄亭は看板もまだ立っておらず、中も暗いようだ。
「お店、どうかなと思って・・・」
「壊れたものは何もないの。ここは被害がなくって。ただ・・・仕入れがまだね」
「そっか・・・」
「でも、国王陛下が被害の見舞金?っていうのを出してくれるから、1ヶ月くらい営業しなくてもやっていけるんだけどね。でも、そろそろ再開できそう」
「そっか、良かった」
「本格的にお店を手伝い始めたとこだったから、つまんなかったわ」
そう言ってアイラは箒を放り投げた。カラカラ、と上手に店の角に収まる。
「アイラ、ちょっと散歩しない?」
「うん、いいよ」
二人はあてもなく、ぶらぶらと街を歩いた。
「あのさ・・・アイラ、本当にありがとうね」
「ん?」
「アルロを助けてくれて。国を救ってくれて」
「やだ、エイダンまでやめてよ」
まで、と言うのは誰だろう。エイダンはアイラの方を見た。
「誰かに言われたの?」
「うん。公爵様と奥様に。お礼を言われたよ。危ない目に合わせてって謝られたし。私が勝手に行ったのにね」
それはエイダンも、ライアスにちょっと怒られた。判断を仰いでもう少し手勢を連れて行けなかったのかとか、結果的には良かったが、危ない状況だったかもしれないと。
「でも、やっぱりアイラのおかげだよ。ありがとう」
アイラは本当に何でもないのに、と言った。その軽やかな言い方が、やっぱり眩しくて、エイダンはますます好きになってしまう、と思った。
「アルロ君は、元気?」
「うん、もうすっかり。訓練もしてる」
「よかったね」
「あのさ、アルロのこと・・・どう思う?」
「どうって?」
「ほら、瘴気を生み出してたでしょう?そういうの・・・どうだった?」
「うーん・・・」
アイラは不思議な色の目を上に向けて、しばらく考えているようだった。
「聖女」が「魔王」をどう見るのか・・・エイダンはその答えを待ったが、アイラの答えは簡単だった。
「わかんない」
きっぱりと言われる。これ以上は答えてもらえないだろう。実際、浄化に関することは本能的すぎて、アイラもよくわからないと言う。
「そ・・・か」
「あ、でもさ」
アイラは思い出すように、ふふ、と笑った。
「すごく綺麗な顔をした子だったね。どこかの貴族様って言っても納得なくらい」
「・・・・・!」
エイダンはショックで固まった。
エイダンは今まで、何人もの女性からかっこいいとか、綺麗な顔とか言われてきた。それについてなんとも思ったことはない。ただ・・・アイラから、もし一度でもそんなふうに言われたら舞い上がるだろうなと、想像してみたのは一度や二度ではない。
「あ、アイラは・・・ああいう顔が好みなの」
「好み・・・?」
アイラは不思議そうに首を傾げた。
「もーう、ませたこと言うんだから!」
そう言ってバシン、と背中を叩かれた。
背中が痛くて泣きそうになった。
やっぱり鍛えないとダメだ。こんなことで鼻の奥が痛くなってるようじゃ、心が弱すぎる。
「・・・エイダン?どうしたの?」
「ううん。ちょっと・・・訓練に戻るよ」
エイダンは声が掠れてないか気が気ではなかったが、とりあえずアイラには不審がられてはいないようだった。
「今来たところなのに?」
「うん。あ、あとね、僕、王国騎士団に入ることになったんだ」
「えっ!」
思っていた以上にアイラは驚く。
「すごいね!あの紫の騎士服の!?すごいね、エイダン」
「す、すごくないよ」
「ううん。強くないとダメなんでしょ。選ばれた人しかなれないって。うわあ、かっこいいねえ」
これには、エイダンの沈んだ心は一気に浮上した。なんならここに来る前より上がりきって天にも昇っているかもしれない。
顔は緩んでいる自覚はあった。
嬉しい気持ちのまま、じゃあ、と別れ告げた。興奮してずっと走って屋敷の訓練所までたどり着いた時、待っていたタンが変なものを見た顔をしていた。
「坊ちゃん・・・何食べてきたんですか」
子供扱いのその言葉も、今日は気にならなかった。