作品タイトル不明
13.アルロの秘密
「行っちゃった・・・お姉さま、どうする?」
ソフィアが聞いて来るが、マリーヴェルは答えられなかった。
「今の・・・見た?」
「なあに?」
呑気な返事だった。ソフィアに聞いたって仕方ない。ソフィアはまだあまり字が読めないんだった。
「あのメモ。申し訳ありませんでした、って書いてた」
「あやまってたの?アルロが?」
嫌な予感がした。
部屋を見渡せばいつもの整頓された部屋だった。棚の上には、剣も、ベルトも、カップも・・・あの誕生日に贈られたすべての物が、綺麗に並べて置かれていた。
考えてみれば、この非常時に、アルロがマリーヴェルの側にいないわけが無い。
こんな時はマリーヴェルの手を握って、大丈夫ですよって言ってくれるはずなのに。
「ねえマリー・・・ダリアのとこ、いく?」
廊下のあちこちでバタバタとみんな走り回っている。
どの部屋を使うだとか、天幕を張るとか。誰がどこの配置に着くとか。それぞれ指示が飛び交っていた。
「——あ、こちらにいらしたんですね」
レナがソフィアとマリーヴェルを見つけて駆け寄って来た。
「しばらく忙しくなりますから。部屋へ行きましょう」
「何があったの?」
「獣が出たという事で、公爵様が登城なさいました。騎士団が討伐に出ます」
「獣・・・」
——獣なんかで、騎士団が出る?
マリーヴェルは不思議に思ってレナを見たが、それ以上言うつもりはなさそうだった。レナに許された説明はそこまでなのだろう。
マリーヴェルは大体の事情を察した。一方のソフィアはおそらくライアスが危険な仕事に向かったことも分かっていないだろう。
「ダリアは?」
レナに抱き上げられたソフィアは自分の乳母を探した。
「ダリア様は侍女の統括を任されております。お二人は私とおりましょう。部屋に護衛の騎士が参ります」
「私は母様のところへ行くわ」
「いけません、奥様は救護所を——」
「私も光属性だもの。何かできないか聞いてくる!」
「あ、お嬢様!」
レナは叫んだが、マリーヴェルはその手をすり抜けて駆け出していた。
「うすかわはりに行くのかな」
「ソフィア様、そういう言い方は良くないです」
とりあえずレナはソフィアを連れて子ども部屋に向かった。
マリーヴェルは屋敷内を走っていた。
アルロを探して。けれど、どこにもいない。
この時間はいつも部屋にいるのに、いなかった。書斎にもいない。
作業部屋、厨房、物入れ——どこにもいない。
庭の方へ行こうとすると、ドア付近に騎士が集まっていた。
どの騎士も鎧で武装している。重装備だ。マリーヴェルは嫌な予感に胸がざわざわと騒いだ。
「お嬢様、外には出られません」
「アルロ、見なかった?」
「いいえ。お嬢様、今はレナと——」
「わかってる!」
マリーヴェルは返事をして踵を返した。捕まったら子ども部屋に連れて行かれてしまいそうだ。
その前にアルロを探したかった。
今日は父親の葬儀に行くと言っていたけど、出かける時までの様子はいつもと変わらなかった。
葬儀の時、何かあったのだろうか。
どれ程疲れていたって、ただいまの一言くらい絶対言いに来てくれるのに。むしろ、疲れていたり、心が傷を負った時にはマリーヴェルのところに来てくれると思っていた。
・・・自惚れ、だったのだろうか。
マリーヴェルは1階の奥にある治療所に向かった。
治療所は外に出られる扉がある。そこを開け放して天幕も張って、簡易ベッドを運び込んでいた。
他にも壁を取り払って部屋を広くしている。
屋敷の一角が大きな病院のように様変わりしていた。
人が集まっている。その人だかりの中心にシンシアがいた。
「お母様!!」
マリーヴェルが駆け寄ると、シンシアが深刻な顔で見下ろしてきた。
「マリー・・・」
「アルロがいないの。どこにも」
「ええ・・・」
シンシアが頭を押さえている。その手には先ほどのメモが握られていた。
「お母様?それ、アルロの手紙でしょう?オレンシア卿からもらったの?何て書いてあったの」
シンシアが困ったように辺りを見渡した。そうしている間にも、次々とシンシアに話しかける人がいる。指示を仰ぐもの、確認を取る者。
「——奥様、治癒師の配置ですが・・・」
「4色布の配布場所は——」
「応援の治癒師が到着しました」
ライアスが出陣した今、ペンシルニアを預かるのは公爵夫人であるシンシア。それも火急の要件ばかり。
「お母様・・・」
自分の相手などしている暇はないのだとわかっている。マリーヴェルだって、大人しく部屋にいないといけないとわかっている。
ライアスのことも、エイダンのことも心配だ。
だけど、どうしても。
「奥様!」
オレンシアの声がしてシンシアの前までやってくる。
「お嬢様・・・レナの所に行ってくださいって言ったじゃないですか」
「——いいわ。どうだった?」
シンシアが報告を促したので、オレンシアははい、と返事した。
「門衛に確認しました。外に出てもう1時間以上経っているようです」
「それってアルロの事?」
マリーヴェルがオレンシアにしがみついて尋ねた。シンシアがそれを引きはがす。
「ありがとう。戻ってちょうだい」
「はい。失礼します」
オレンシアは急いで部屋を出て行った。オレンシアは中隊の長だ。本当は一刻も惜しいはず。
シンシアは今にも泣きそうな顔をしているマリーヴェルの前に屈んで、目線を合わせた。
「マリー」
「お母様・・・」
「僕は嘘をつきました。申し訳ありません。——これがアルロの置き手紙よ」
マリーヴェルは一瞬考えるような顔をして、すぐにはっとした。
「嘘って言うのは、何かわかる?」
マリーヴェルは頷いた。
「何なの?」
「アルロを追い出さない・・・?何があっても」
金の瞳が揺れている。その尋常でない様子に、シンシアはマリーヴェルを部屋の隅につれてきた。
「追い出さないわ。アルロの嘘って何?」
マリーヴェルはぎりぎりシンシアが聞こえるくらいの声で囁く。
「アルロは闇魔力の保持者なの」
「な・・・」
「多分、昔、馬車を襲撃した時の能力者で。——でも、でもそれも知らなくて。ハギノル湖で、私を狼の群れから助けてくれたのよ。アルロは悪くないわ。お父さんに無理やり、させられたの」
「ちょ・・・ちょっと、待って。アルロに、魔力があるの?」
マリーヴェルが頷く。
「そんな大切なことを、貴方・・・」
しかも、今。
シンシアは驚きすぎて、言葉も忘れた。
「私が黙っててって言ったの。みんなに知られたら・・・」
アルロが罪に問われるかもしれない。罪状がつかなくても、ペンシルニアを追い出されるかもしれない。最低でもマリーヴェルの侍従ではいられなくなるだろうか。
何よりアルロが、自分を責めるかもしれないから。いや、絶対に責める。
それらの理由をマリーヴェルはうまく説明できなかった。
「お母様、探さなきゃ。アルロを」
「・・・・・・・・」
シンシアは最後のアルロとの会話を思い出した。
闇の魔力について、アルロはいいえ、と答えた。それはマリーヴェルへの約束からだったのか。
アルロはマリーヴェルが闇の魔力に襲われたことを知ったんだろう。いや、時間の問題だったはずだ。ペンシルニアで長く働けば、自然と耳に入ってくる。
そうして自責の念に駆られて、ここにはいられないと考えたのだろう。
よりによって、今。
「お母様・・・」
マリーヴェルが泣きそうな声を出す。
シンシアは周囲を見た。指示を待っている者が、少し離れた所でたくさんいる。戦闘が始まるまでにやっておきたいことがまだ山ほどある。
シンシアはマリーヴェルの手を握った。
「ねえ、マリー。王都にワイバーンが出たの。お父様と、騎士等が討伐に向かったわ。分かるわね」
マリーは頷く。
ペンシルニアの役割は王国の剣であり盾。いざとなったら最前線に立って戦うのがライアスなのだといつも教えられてきた。きっと大丈夫だ、マリーヴェルの父は最強だから。
「負傷者が出た時、しっかりと救護することが必要なの。一人も死なせたくないの」
シンシアの言わんとすることを察して、マリーヴェルは真剣な顔で首を縦に振った。
わかっている、と。
「今は捜索に人手は割けないわ」
「そんな!だって、そんな、危険なんでしょう?」
危険な街にアルロが一人で出て行ってしまった。
「——マリー、・・・マリー!」
手は繋がれたまま、シンシアの鋭い声が響いた。
「お父様を信じなさい。街に被害がないように、きっと守ってくださるわ」
「でも・・・お母様、危険がなくても。アルロは知ってしまったのよ」
自分がかつて誘拐事件の犯人の一人だという事を。そんなアルロが、自分を責めてどんな行動に出るか。
「見つけて、大丈夫よって、言ってあげないと!」
自分のせいでマリーヴェルが襲われたと思っているアルロに。ペンシルニアへの裏切りだったと思っているアルロに。
だって嘘をつかせたのは、マリーヴェルがそうしろって言ったからだ。
「事態が落ち着いたら、すぐに捜索するわ。でも今はだめよ。分かるでしょう」
貴方もペンシルニアなのだから。そう、言外に言われている。マリーヴェルにはもうそれがわかるはずだ。
「分かって、マリー」
シンシアが強く、懇願するような声で言う。
「奥様・・・」
背後から待ちかねて治癒師が声をかけてくる。シンシアはそれには答えず、じっとマリーヴェルを見つめていた。
マリーヴェルは言葉を絞り出した。
「わかった」
シンシアは一度ぎゅっとマリーヴェルを抱き締め、すぐに慌ただしい人だかりの中に入って行った。