軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6.家庭教師シスイ

マリーヴェルの社会担当の家庭教師、シスイには近頃楽しみがある。

今教えている生徒の中でも、いや歴代の生徒の中でも群を抜いた落ちこぼれ生徒であるマリーヴェルが、ようやく、僅かにやる気を見せたのだ。

授業の進みは相変わらずなかなかだが、この生徒の親は他の貴族の家のように、子供の出来が悪いのを 教師(シスイ) のせいにはしない。

シスイは男爵位である。幸いにも学園時代に成績が優秀で、教師の道に進んでもうすぐ十年になる。

なかなか授業に乗ってこない生徒を教えるのは、かなり骨が折れる。心も折れそうになる。教えるのは大体、自分より高位の貴族の子女だから強くも言えない。マリーヴェルにもそうだった。

そんな中、アルロは救世主のような存在だ。

貴族の子どもの中には、同年代の従者をつけられている子供も少なくない。課題に行き詰まるとその従者に課題をさせて、何食わぬ顔で授業に出てきたりもする。そんなのは一つ二つ質問をすればすぐにわかるというのに。シスイは気が弱く、それを指摘することもできないから、教師は向いていないのだろうと思うことも多かった。

マリーヴェルはそういったことは一切しないし、課題をやらないことを隠しもしない、すがすがしい性格だ。アルロはそんなマリーヴェルを上手に課題に向き合わせてくれる。しかも、答えを教えるでもなく、ちゃんとマリーヴェルのできる範囲で課題をさせてくるのだ。

一体どんな手を使えば、マリーヴェルのやる気を引き出せるのか、課題に取り組ませている姿を見せてもらいたいくらいだ。

そんな将来有望だと思っていたアルロの事も、近頃は任されるようになった。これがかなり楽しい。

アルロはスポンジのようにどんどん教えた事を吸収してゆく。

ここだけの話、マリーヴェルに教えるよりもよほど楽しい。課題を出せばそれ以上の成果物を提出してくるし、質問すればかなり鋭い回答を返してくる。

ずっとアルロの相手をしていたいくらいだ。

できないけれど。

今日もアルロは課題を提出して、さあ次はマリーヴェルの課題を受け取ろうとした時。

「——あら、いけない」

マリーヴェルが少しもそうは思っていない口調で言った。

「課題を忘れたわ」

いつもの事なのでシスイは驚かなかった。

「難しかったですか?」

昨日の課題は工業地域の流通における課題を列挙することだ。ただ調べるだけのものはまだいいが、こういう自分で答えを生み出す課題をマリーヴェルはかなり苦手としている。

アルロがひそひそとマリーヴェルに耳打ちした。

「姫様、ちゃんと昨日終わらせていましたよ」

「ただの紙に書いちゃったから、お部屋に忘れて来たみたいなの」

マリーヴェルは少し恥ずかしそうにしている。耳が少し赤い。

課題を忘れたことを恥ずかしそうにするなんて珍しいな、と鈍いシスイは思った。

「——ねえアルロ、取って来てくれない?私、先生に工業地区の事で聞きたいことがあって。質問しておくから」

アルロは頷いて立ち上がった。

「わかりました。お部屋のどこですか」

「本棚かな・・・?キャビネットの中かも」

「僕が触っていいのでしょうか」

「あ、じゃあ、レナに聞いてみてくれる?作業部屋にいるはず」

「はい」

アルロはそう言って出て行った。

「・・・お嬢様が行った方が早いのでは」

そう思ったが、質問があると言うのなら仕方ない。

マリーヴェルはシスイの所までわざわざ歩いてきて、小さな声で言った。

「先生、もう少し課題を難しくしてくれません?」

シスイは驚いた。

マリーヴェルからそんなやる気のある発言が聞けるなんて。純粋に本当に驚きだ。

でも・・・。マリーヴェルは今の課題でも精いっぱいなのだ。このせっかくのやる気を損なわずに、どう伝えたらいいものか。

「先生?」

「あ、はい。課題ですね。・・・ええっと、今回の課題は簡単すぎましたか?そうですね・・・もう少し、毎回すんなり課題が出るようになれば、もっと難しい問題も解けますよ。頑張りましょうね」

「先生、何言ってるんですか」

マリーヴェルは可愛らしい顔をしかめて首を傾げた。

「私の課題をこれ以上増やして、できると思いますか?そうじゃなくて、アルロです。アルロの課題を増やしていただきたいんです」

「アルロ君の・・・?」

「ええ」

「ええっと、アルロ君の勉強に関しては、・・・あまり、侍従の仕事の負担にならないようにと言われていまして」

「ならないわ。先生の課題が簡単すぎて、アルロ、いつも1時間もかからないの。それじゃあ困るのよ」

マリーヴェルは腕を組んだ。

「難しい課題を出してくれたら、アルロは夕方からずっと書斎にこもってくれるでしょ?」

「アルロ君を書斎に閉じこめたいのですか」

「色々あるのよ。準備が」

不穏な言い方にかなりの不安を感じたシスイだったが、それを問いただす度胸がない。不甲斐ないが。

シスイはおそるおそる、マリーヴェルの顔色を窺うように言った。

「こんなことを言っては何ですが・・・アルロ君の勉強は、十分進んでいるんです」

基礎的な事はもちろん、ある程度どこへ行っても働けるほどの知識はもうある。

「だったらお兄様と同じくらい難しい問題を出してちょうだい」

「それは難しすぎると思います・・・」

一体どこの侍従が後継者と同じ教育を必要とするというのだ。

「とにかく、何でもいいからもう少し本腰入れて課題を出してください。とりあえず一月でいいから」

「はあ・・・」

本腰を入れてと言われてもマリーヴェルよりよほどアルロの課題の方に心血を注いでいる。が、シスイとしても課題がすぐ終わらされているのなら、難易度を上げてもいいのではと思った。

アルロの負担でさえなければ。優秀な生徒のもう少し上を目指したいというのは、教師ならば誰でもそう思うのではないだろうか。

こうやってまんまとシスイはマリーヴェルに協力させられたが、結果的にアルロにとっても勉強時間が増えるのは良い事だった。

アルロは勉強が好きだった。剣術よりも、実は好きなのかもしれない。

いつも仕事を探していたのから、書斎へ入り浸ることが増えた。

同じように他の科目の課題も増え、アルロは侍従の仕事時間以外は勉強することが増えた。

そうして、8月。

アルロの誕生日、マリーヴェルは朝一番にアルロの部屋を訪れた。

「姫様、どうされましたか」

まだ朝食時間でもない。アルロも、訓練帰りでこれから朝食である。

今日は休日なので授業もない。

子供会で午後から川に遊びに行こうかと言っていたから、午前中アルロは課題でもしようかと思っていた。

「誕生日おめでとう、アルロ!」

マリーヴェルの台詞に、アルロは目を丸くした。

「あ・・・ありがとうございます」

今まで、誕生日を祝われたことのなかったアルロは、自分がそういう言葉をかけられることに驚いているようだった。

あまりにも自然にマリーヴェルが、わざわざ言いに来てくれたから、本当に驚いている。

その反応にマリーヴェルは少し不安になった。

「あれ?今日だったわよね」

「あ、はい・・・多分」

「多分なの?」

アルロにも分からない。父からそう聞いたわけではなかった。ただ、戸籍上そうなっているから、もしかしたら施設に預けられた日なのかもしれない。

マリーヴェルは深くは聞かなかった。

「アルロ、14歳おめでとう。一番に言いたかったの!誰かに言われた?」

「い、いえ・・・忘れていたくらいです」

「やった!」

そう言ってマリーヴェルは照れたように笑った。

アルロには眩しすぎるような、屈託のない笑顔だった。