軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

30

悪い妖精お手製、古き良き仮死状態アイテム。

「どくりんご?」

「毒……」

「リンゴが毒なのですか?」

エメリアの言葉に、メレディス以外が首を傾げた。

「メレディス、人を仮死状態にするリンゴを作れないかしら」

「ええ、まぁできますが……さすがエメリア様、妖精の秘技を知っているなんて」

吐息をこぼしたメレディスが出した手に、つやつやの美味しそうなリンゴが現れる。

エメリアは机に置かれた、自分の背よりも高いそれを見上げた。

「意識がある状態では、あちらの力が強くて身体の中に入ることができません。寝ているときも試したのですが、ダメでした」

だが、仮死状態ならどうだろう。

それに、仮死状態を死んだものと判定して、運命から逃げられた物語はたくさんある。

白雪姫しかり、眠れる森の美女しかり。

愛する人とのキスで目覚めることも含めて、エメリアは作戦を簡潔に説明した。

「あとは『エメリア』が差し出されたリンゴを素直に食べてくれるかどうかですけど……」

「俺に任せてくれ」

口を開いたのは、ギルフォードだ。

「一口でも食べさせればいいのだろう」

「ええ、……まぁ」

そうしてギルフォードは偽の離縁状と切ったリンゴを持って、『エメリア』の待つ寝室へと赴いた。

そのポケットにそっとエメリアは身体を忍ばせている。子どもたちはメレディスにお願いした。

「入るぞ」

寝室に現れたギルフォードを見て、『エメリア』が嬉しそうに微笑んだ。

「陛下」

駆け寄って、躊躇なく抱きついた。

「ぐ……」

宣言通り、途端に動きがぎこちなくなるギルフォードをポケットから叩く。

――陛下、しっかりしてください。

それに、自分のそういう仕草はむず痒くて見ていられない。

「……夜食にどうだ」

気を取り直したギルフォードが言う。

『エメリア』は彼の持っているリンゴに視線を向けた。

「……ありがとうございます、でも私リンゴは嫌いで」

「そう言わず」

ギルフォードがひとつとって、自分の口元に持っていく。

一口、自分で食べた彼は『エメリア』の顎に手を置いて上を向かせ――口づけた。

――えええええ!!

目を見開いた『エメリア』の喉が動く。

次いで、ふらりと彼女の身体から力が抜けた。

気を失ったエメリアの身体を、ギルフォードが危なげなく支えてベッドに横たえた。

「これでいいか」

「な、なななぜそんな方法を」

真っ赤になって口に手を当てたエメリアに、ギルフォードがさらりと言う。

「確実に食べさせるには手っ取り早いだろう」

「そうかもしれませんが!」

多分これが初キスだ。ギルフォードは気づいているのだろうか。

いや、今は目を閉じる『エメリア』のほうが重要だ。

メレディスがかけてくれた 呪(まじな) いを素早く解く。もう見慣れた半透明の姿になれば、身体はさらに小さくなった。

これがおそらく最後の機会。

「ありがとうございます陛下! でも後でいろいろ言いたいことがありますからね」

「ああ、楽しみにしている」

ギルフォードがそう言って口元を持ち上げた。

目を閉じた自分の頬に触れてみる。確かに今までと違い、弾かれることはなさそうだ。

エメリアはそのまま、自分の中に入った。

ふと気づくと、暗くて濃い霧が漂っている場所にいた。

沼地のように足を絡めとろうとするその奥に、うずくまる『エメリア』がいた。

目覚める方法はわかっている。愛する者とのキスだ。

けれどその前に、したいことがあった。

「……ひどい」

近づくと、『エメリア』は顔を手で覆って泣き出した。髪は乱れて痩せている。

「どうして私ではだめなの……あなたばかり、愛されて」

愛する夫に振り向いてもらえなくて辛くて、娘にその鬱屈を向けた『エメリア』。

エメリアはその彼女の前に立った。

「こんな皇妃、おかしいのに、なんで……なんで」

『エメリア』は小さくなっていく。

そこで、ああ、これは別人ではないのだと悟る。

エメリアが前世の記憶を思い出したときに、無理に封じた自分だ。

箱入り娘で世間のことを何も知らなくて、ただの政治の道具として嫁いで――王宮から飛び出すことを思いつくことすらできなかったあの頃の。

その前に膝をついて、自分に問いかけた。

「ええ、皇妃としては失格ね。でも、楽しくなかった?」

「――楽しかったけどぉ」

「よかった」

あなたをこんなところに置きっぱなしにすることにならなくて。

「私はあなたで、あなたも私なんだから、仲良くしたいんだけどな」

エメリアは沼地から自分を引っ張った。

髪を乱した『エメリア』が、顔を上げるのに笑いかけたところで、ふと、温かい気配がした。

頬と、額だ。

ベッドの上で目を閉じているエメリアを前に、イヴァンは息を吐いた。

まさかそんな大変な事態になっていたとは。

――でもきっと、皇妃様に任せておけば大丈夫。

問題は……。

ちらりと、イヴァンは寝ているエメリアを前にしている三人に視線を向けた。

部屋の中には妙な緊張感が漂っている。……誰が、エメリアを目覚めさせるかで。

「俺はエメリアの夫だぞ」

「毒をつくったのはわたくしです。お任せください」

「フレンも!」

親愛と感謝の気持ちとしてはイヴァンも参戦したいところだが、ぐっと堪えた。

「――わかりました。ではこうしましょう!」

イヴァンはまったく引かない三人に提案した。

そして折衷案として、右頬にフレンが、額にギルフォードがキスをすることになった。

「わたくしも……」

「メレディスさんは我慢してください。不測の事態が起きたときに頼れるのはあなただけです」

そして、エメリアは二人からの額と頬へのキスを受けた。

目が覚めて、左手をギルフォードが、右手をフレンが握ってくれているのを知る。

毒リンゴの影響か、久しぶりのせいか身体が重い。けれど。

「おかあさま……?」

目があってフレンが眉を下げる。

身を起こしたエメリアは、彼女に両手を広げた。

「フレン、おいで」

「……っ」

ぎゅっと抱きついてきたやわらかい身体を、エメリアは力強く抱きしめた。