軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

039_テスト勉強はしましょう

寮に戻ったリサは着替えもせずにすぐ勉強を始めた。

やらなくてはいけないこと、面倒なことは、躊躇せずに実行した方がいい。後回しにすると嫌々度が増してしまうからだ。

「よし! まずは全体像の把握から!」

気合を入れると、テストのある授業の教科書を並べる。

次に、得意科目と思われるものを除外していく。

「魔法史に、地理学、オルディーヌ王国史はたぶん問題なし。あと魔法数学、魔法化学、魔法物理も前世の知識で十分対処できるはず」

魔法とついてはいても、魔法を使う上で原理を理解するというだけで、前世の数学や化学、物理といったものと変わりはない。

しかも内容は基礎的なものまでだったので、一応高校の前半までの勉強した知識があるリサなら、一夜漬けで十分何とかなる。

「残ったのは……」

机の上に並ぶのは、魔法哲学、魔法論理学、そして貴族史。

どれも前世ではない科目だ。

「貴族史は、家名と爵位を記憶すればいいから……とりあえず書きながら声に出して読む!」

リサは前世の記憶術を頼りに、貴族史から取りかかった。

「ベルクリー伯爵家、ラサウェイ伯爵家、コルテリーア伯爵家」

羊皮紙に羽根ペンを走らせる。繰り返し、何度も声にだして書いた。

五感を刺激してやれば、記憶がそれだけ定着しやすくなるからだ。

加えてどうしても覚えにくい名前は、視覚やイメージも使って憶える。

「リヴィングストン伯爵家は……リビングの石!」

リビングに石が置いてあるイメージを頭の中で浮かべて、それとリヴィングストン伯爵を結びつける。

「……うん、なんとかなりそう」

一時間ほど繰り返したところで、覚えたものならつっかえることなく、すらすらと出てくるようになった。

これをテストまで毎日繰り返せば、八割正解まで持っていくことができそうだ。

あとはテストに出る傾向をローズやデイジーに聞いておこう。

ちなみにアンナマリーは当たり前に、完璧に記憶しているだろうからこういう時は参考にはならない。

「次は……魔法論理学」

魔法論理学とは、魔法がどのようにしてできているかを理解するための学問だ。

まだ解明されていない部分が多いものの、学ぶことによって新たな魔法を見つけやすくなったり、効率的に魔法を使えるようになったりするらしい。

たとえば――――。

「魔物を倒すたびに魔法の力が強まっていくのは、魔物に蓄えられていた魔法力が死亡することで周囲へと拡散し、それを極近い者が自然と吸収しているからだ。これは魔法を使うものが魔力を回復する際に呼吸しているものと平行で行われていると思われ――――」

教科書に書かれたことを読み上げる。

まったく頭に入ってこない。

「でも、これってぶっちゃけ、個人のレベル上昇とか魔法力のことなんだよね」

前世のゲーム内であったパラメータを、とてつもなく遠回りに、なんだかんだと理由をつけたものが魔法論理学の正体だったりする。

つまり長々とした間違った理論を憶えなくてならないわけで……。

元の設定を知っているリサとしては、憶えにくいこと極まりない。

「うぅ……文字がかすんで頭に入らない」

とりあえずこれも、読み上げながら書くも、まったく頭に入ってこない。

この手のものを記憶するには、きちんと内容を理解するほうが憶えやすいのだけれど、前世の知識が邪魔をして厳しい。

「魔法論理学は後回しにしよう。あとでヴィニシス辺りに聞いて見ようかな? でもレベルを合わせるなら……キアラン? あぁ、でもキアランは勉強教えないとまずいほうかもしれない」

あれこれ考えている暇はないんだから、とにかく前に進もう……。

一旦、魔法論理学の教科書を閉じると、最後の教科を取り出す。

「来た、魔法哲学」

見ただけで眉間に皺が寄ってしまう。

魔法哲学は魔法論理学と近いのだけれど、もっと不可解。

魔法論理学が魔法の原理について説明したものであるのに対して、魔法哲学は魔法がこうあるべきだという思想的なものだ。

リサとしては正直どうでもよくて、まったく興味がない。

「これはもう内容を理解するのは完全に諦めて、丸暗記!」

理解できる気がしないので、最初から白旗を振る。

そして、もう文字ではなく記号として記憶することにした。

単語を組み合わせた記号だと思えばいい。

「魔法において、属性は個性とも言い換えることができるだろう。同属性でも人によって形は様々である点がそれを証明している。すなわち言い換えれば、魔物もこの範疇に入る生物であると思われる。しかし、そもそも魔物が生物なのかは議論があるところだろう。まず彼らは生存本能よりも、人間への敵対心を強く植え付けられており、これには悪魔や魔王の存在が――――」

「……ろ、論文かなにかで?」

目がかすれてきた。文字をイメージとして記憶しようとしたけれど、きっと頭が拒否しているに違いない。

「うっ……疲れ目とかじゃないはずなんだけど、なんだろうこれ」

気づけば辺りが暗くなっていて、それに気づかなかったせいにしておく。

リサは立ち上がって、部屋の燭台に明かりをつけて回った。

「…………?」

その時、何か外から音が聞こえた気がした。

「またっ!」

今度ははっきりとコンコンという音を耳にする。

窓を叩く音に違いない。

こんなことをする人物は一人しか思い当たらない。

リサは窓際に走った。

「ヒースクリフ……!」

窓を開けると、ヒースクリフがひょいっと身軽にリサの部屋へと入ってきた。

リサの部屋は三階で、ここまでどうやって上がってきたのだろうという疑問がよぎるも、今はそんな場合じゃない。

「こんばんは」

「こ、こんばんは……」

好きな相手が自分の部屋に来て、二人っきりになっているのだから、緊張しないほうが無理だ

「不用心だな。夜中に男を部屋に入れたら駄目だよ」

「あなたは特別です。あっ、ど、どうぞ」

妖しく笑うヒースクリフにドキッとしながら、部屋に一つしかないソファを慌てて勧める。

頬にすぐ火がついてしまう。

紅茶でいいのかな?

来ると知っていたらお茶菓子用意したのに……!

前のことをどうしても意識してしまう。

初めてのキスをされたのだから、仕方がない。

「今日のアンナマリーについて、聞きたいんだけど」

ハッとして、ヒースクリフの向かいの椅子に座る。

お茶と菓子は後回しのほうがよさそうだ。

「少し元気がなかったです! 今朝は一緒じゃありませんでしたよね」

ヒースクリフがその言葉に、やや目を瞠る。

「ふーん、妬いたりしないんだ」

「……? 私の心配事の一番は、お二人の兄妹仲ですよ! 他に何が?」

どこに妬くところがあるのか、まったくリサとしてはわからない。

「君は変わっているね。いつも妙な感動と、都合のよい希望を抱かせる」

妙な言い回しで彼が感心している。

褒められているのか、どうなのか、微妙な線だ。

「もしかしてアンナマリーと喧嘩でもしました? 原因は何ですか? 私にできることなら協力します!」

「――――いや、今はリサにできることはないんだ。確かに妹のことは気になったけど、今夜顔を見に来たのは……立ち向かう勇気が欲しくてね」

「はぁ……」

達観した笑みのヒースクリフは、またも謎かけのような言い回しをする。

首を傾げると、彼がまた微笑んで見つめてくる。

「前よりもね、俺は君に興味津々だよ。すまなかったと思っている。けど、心からの謝罪はできないんだ」

何を謝罪する必要があるのか、本気でわからなかった。

それがアンナマリーの調子の悪さと繋がっているのだろうか。

「……よくわかりませんけど、だったら勉強を教えてくれませんか?」

何のために自分の部屋に来たのか、結局よく分からないけれど、思いきってお願いしてみる。

ちょうど煮詰まっていたわけだし、誰かの手を借りたかった。

「んっ? 謝罪できない俺に、交換条件を要求するのかい?」

慌てて、顔の前で左右に手を振る。

「違います、違います! そういった意図はないんですけど……私のテスト勉強がかなりまずいことになっていまして」

「どれ?」

諦めようと思ったけれど、ヒースクリフは聞いてくれるみたいだ。

学園の生徒でもない彼に教えてもらう意味があるのかはわからないけれど、ヒロインズスキルで、異性に勉強を教えてもらうと上手くいくとかあるかもしれない。

急ぎ机から教科書を取ってきて、彼に見せる。

「魔法哲学か……確かにこれは難解な学問だね。まったく実用的でもないし、普通は暗記するのも苦痛だろう」

どうやら学園に通っていなくても、魔法が使えなくても、ヒースクリフは魔法についての勉強をしているみたいだ。

気になって聞いて見ることにした。

「読んだことあるんですか?」

「リサも見ただろ。屋敷の図書室にはあらゆる本があるからね」

「あっ……はい」

それ以上聞けなくなってしまう。

図書室というキーワードで、またキスした時のことを思い出してしまったからだ。

「こういったものは謎かけとでも思って、逆におもしろがればいいんだけど……まあ、今回は特別に、重要なところを線で引いてあげるよ。そこだけ憶えればいいんじゃないかな?」

「本当ですか!?」

まさかヒースクリフがそんなテストに出る箇所を知っているなんて思わなかった。

「……でも、どうして重要なところがわかるんですか?」

「書いた者の思考や、教師の思考を追えば、大体どこを憶えて欲しいか、どこを解答して欲しいかわかる。魔法哲学ってのは、他よりも遙かに主観が入りやすい学問だからね」

「すごいです!」

つまりは、考えた側、教えた側はふふんと言いたいから、わかりやすいということかな。

こんなことヒースクリフぐらいしかできないだろう。

「魔法に関する本は、すり減るぐらいに読んだからね……」

少し遠くを見ながら彼が呟く。

瞳がどこか悲しい色を帯びているように見えた。

その悲しみの理由を知りたいけれど、今はまだ踏み込む時ではないと思う。

「まずはここ。よっぽどひねくれた教師でなければ、ここはテストで出す」

ヒースクリフの手が、ページをめくり、文字をなぞっていく。

色気のある指先がつつっと教科書の上を動くと、ついそちらを目で追ってしまう。

うう……贅沢すぎて、かすみ目が余計に酷く。

「こら、集中してないな」

見透かされ、人差し指がリサの額を軽く押す。

するとその時ふわりと何かが香った。

「あれ……匂い、いつもと違う。花の香水……ですか?」

甘くて、女の人がつけるみたいな香りだ。

すると、ヒースクリフがソファから立ち上がる。

「えっ!? んっ……」

怒らせてしまったのかと思ったけれど、彼は腰を曲げて、上からリサの唇にちゅっとキスした。

「ちょっと夜遊び。あとは、秘密」

唇を少し離しただけの状態で、ヒースクリフが妖しく囁く。

「は、はい……」

すっかり力が抜けてしまう。

すると、彼はソファに戻るのではなく、窓際へと行ってしまう。

「このままだと君の邪魔になってしまうから、今夜は帰るよ。アンナマリーのほうが教え上手だから、聞けば喜んで教えてくれると思うよ」

寂しいけれど、その通りだろう。

ヒースクリフがいたら、勉強どころではなくなってしまう。

「じゃあ――――リサ、また」

「は、はい……また」

唇を押さえ、頬染めながら、彼が闇に消えていくのを見送る。

「勉強ごときで、この幸せを逃すわけにはいかない!」

我に返り、おかげでやる気が漲ってくる。

魔法哲学の教科書を見ると、いつのまにやったのか、ヒースクリフの重要ポイントが最後まで線で引かれている。

何とか一番の苦手科目に目処がつきそうだった。