軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

031_ヒースクリフの罪

魔物と遭遇し、自分の無力さを知ってから数日後――――。

ヒースクリフは、それでも領内の視察や手伝いを続けていた。

今日は、馬で広範囲を確認して、困り事がないかを確認していく。

「おーい、今日は、お嬢ちゃんは来ないのか?」

「すごかったなー、あれは」

「ひゅーっと来て、ボンッだからな。あんなおっかいないもんが」

自分の姿を見るなり、農民達はアンナマリーの話を始める。

あの日からずっとそうだった。

まるで自分などいないかのようだ。ヒースクリフではなく、アンナマリーの兄という別の存在になってしまったかのようで、気分が悪くなる。

実際、ここ数日、ひどい吐き気と頭痛に度々悩まされていた。

「なぁ、たまにはお嬢さまを連れてきてくださいよ。皆顔を見たがってるんだ」

「こんなところにレディは来ませんよ」

また頭痛がしてきて、ヒースクリフは領民を突き放した。

会話を断ち切って、馬を走らせる。

「なんだ、感じの悪い……」

「そんなこと言うんじゃないよ。たまたま機嫌が悪かったんだろ」

聞きたくないのに、やはり陰口が聞こえてきてしまう。

こんなことを続けていれば、やっと築いた領民達からの信頼が崩れてしまうのはヒースクリフにもわかっていた。

けれど、どうしようもない。

アンナマリーの話をされると、冷静でいられない。

すぐにその場を離れたくなる。

嫌な感情と言葉が自分の中に浮かんでくるからだ。

時間をかけて築いてきたものを、僕は一瞬で妹に奪われた――――と。

※※※

それからヒースクリフは、昼は何ら変わらないように振る舞いながら、夜はこっそりと図書室に籠もるようになっていた。

図書室の本を片っ端から読みあさっていく。

魔法について調べていた。

「俺に魔力さえあれば……」

ヒースクリフはいつしかそう考えるようになった。いや、そう考えるようにした。

最愛の妹のことが嫌いになってしまいそうで怖かったからだ。

絶対にありえないのに、妹の首を絞める悪夢を何度も見た。

しかも、それは必ず最後に自分の顔になって、むごたらしく死んでいく。

「魔力が欲しい……どんな手を使っても」

早くしなければと、思った。自分が自分でなくなる日が近いかもしれない。

「んっ……?」

すでに図書室の本の大半を読み終えたところで、ヒースクリフは見つけた。

「どうなってるんだ?」

本棚に取り出した本を戻そうとしたところ、隣の本を誤って押してしまった。すると、一冊の本はそのまま奥へと消えていく。

同じようにもう一冊、隣の本を押し込むと消えたあとで、微かに音が聞こえた。

何かある。

普通ならば、本棚の裏に張られた板にぶつかるはずだ。

急いでヒースクリフはその列の本棚を全て取りさらった。

「本棚の奥に、通路がある!?」

ランタンを持ってきて、本棚の奥をのぞき込むと、そこには何らかの空間らしきものがあるのがわかった。

おそらく本はそこへと落ちて消えたように見えたのだろう。

思い返せば、この図書館と隣の壁だけが不自然に厚い。

「隠し部屋か?」

貴族の屋敷には、時々物好きが隠し通路や部屋を作ることがある。

見つけた図書室の空間も、きっとそれに違いない。

「どうやって本棚を動かせばいい?」

思い切って、本棚を掴むと押したり、引っ張ったりしてみる。

すると、力を入れて横に引いたところで、ガタッと音がして、今度は簡単に本棚がスライドした。

半分ほど隠れたところで止まる。

「扉?」

本棚の後ろ、短い通路の先には小さな扉があった。

しかもそこにはこう刻まれていた――――“禁書庫”と。

ヒースクリフは迷うことなく、その扉を開けた。

中は小さな空間になっていて、小さな長椅子の周囲を本棚が取り囲んでいる。

数年もここを訪れる者がいなかったのだろう、家具や床には埃が積もっていた。

「ここにもしかして……」

自分の求めている物があるかもしれない。

興奮しながら、ヒースクリフは片っ端から本のタイトルを追った。

許されざる恋だったのだろう王女と誰かの手紙、王家を批判した手記、他国の詳細な地図がついている旅行記、歴史的人物の伝記など、読んだことのないものばかりだ。

「これ……だ……魔力を与えし禁書」

そして、ついにヒースクリフは目的のものを見つけた。

その本は紐で何重にも巻かれ、硬く封印されている。

「…………」

唾を飲み込むと、ナイフで封印している紐を切った。

1ページ目を見ると、奇妙なことが書かれている。

“汝の血を垂らせ”

本が、読む者に行為を要求している。

普通なら気味が悪いとページを閉じるかもしれないけれど、ヒースクリフはさらに興奮した。

魔道書と呼ばれる物は、本という形を取っているだけで、意味不明な奇妙なことが書かれていることが多く、普通の者ならば捨ててしまうようなものだと、聞いたことがある。

この“魔力を与えし禁書”は、まさにそうだ。

「魔力を……頼む……」

ヒースクリフは書かれているとおり、ナイフで自分の指を傷つけると、本へと血を垂らした。

「……っ!?」

数滴の血がページに落ちるも、まるで吸い取られているかのように消えて、染みにはならない。

そして、十分な量の血を吸い終わると、急に本が黒い炎に包まれた。

「うわああっ!?」

不可解な現象にヒースクリフは思わず声をあげ、尻餅をついた。

床へ落ちた本から出た黒い炎はさらに大きくなり、形を作り始める。

四肢があり、まるで人のような姿をしているけれど、その頭には歪んだ角があり、背中にはコウモリのような翼が生えている。

恐ろしい笑みを浮かべる口元には、狼のような長く鋭い牙があった。

伝承や絵画の中に度々出てくる悪魔に違いなかった。

「おお……! おおっ……我が身だ、ククッ、感謝するぞ」

この世にあってはならない者だとその姿を見て、ヒースクリフはすぐに気づいた。

しかし、悪魔の恐ろしさに一歩も動くことができなかった。

「擬態をして待ったかいがあった」

待っていた? 俺を? いや、血をか!?

血を垂らすことで、封印されていた悪魔を自分が蘇らせてしまったことに気づく。

「褒美だ、お前に力をやろう」

何も言っていないのに、悪魔はにやりと笑うとヒースクリフに向かって手をかざした。

「……っ!?」

闇の炎がヒースクリフの手にまとわりつく。

火傷すると思い、目を瞑ったけれど、温度は感じなかった。

逆に力を感じる。

「こ、れは……」

魔力だとすぐに直感した。

アンナマリーから時々感じるもの、あのイノシシの魔物を倒した時に感じたものに近かったからだ。

けれど、近いだけで同じではない。

「我は魔族だからな。人が持つことなどありえない闇属性を与えてやった。これで封印を解いた対価は払ったぞ」

「悪……魔……? 駄目だ、戻れっ! こんな力いらない!」

伝承の中の悪魔との契約は、自らだけでなく、周囲を必ず滅ぼす。

承諾してはいけないと思った。

「ククッ、なぜ従わねばならん? お前は魔力を欲していたのだろう? 我に嘘はつけん」

「……ぐっ」

唇を噛みしめた。

悪魔の言う通りだ。

魔力は生まれながらのものだとわかっていたのに、自分はそれを求めて、悪魔の罠にかかった。

何て愚かだったのだろう。

「お前なんかと契約をしたつもりはない! 去れ!」

震えながらも、ヒースクリフは勇気を振り絞ると立ち上がって悪魔に命じた。

「我は封印を解かれ、お前は魔力を得た。すでに契約はなされたのだ。我々は対等――――いや、下等な人間は、命令する立場にない。実に不愉快だ」

不愉快な笑みが消え、何か企むように悪魔が遠くを見る。

「な、なにを考えている?」

「悪魔らしいことだ。お前が苦しむことを探しているのさ……屋敷に火の気配を感じるな。まだ子供……お前の妹か、嫉妬か。それが我を呼んだか、クククク……」

「まさか……」

アンナマリーへの嫉妬に気づかれたことより、悪魔のしようとしていることに、ヒースクリフは気づいて、愕然とした。

「何かするなら、僕だけにして! 周りは関係ない、僕が馬鹿だったんだ」

「ククッ、我にとっては馬鹿ではない、欲望をむき出しにした好ましい愚か者よ……安心せよ、今すぐには食わん。熟れるまで待ってからだ」

震えがとまらなくなっていく。この悪魔の標的は、間違いなく、アンナマリーだ。

妹を大切に思っていて、かつ嫉妬もしていたことを見透かした上でこいつは言っている。

悪魔がその鋭い牙をニヤリと見せる。

「そうだな、もっと成長して魔力が高まった頃合いがいいなぁ。十七、八の頃か。それまでせいぜい苦しむがいい」

きっとその間のヒースクリフを見て、楽しむつもりなのだろう。

「ああ、お前がこのことを誰かに話せば、即座に血祭りだがな。さて、早く魔王様のもとへと行かなければ」

「待てっ!」

今、ここで悪魔を逃がしてはいけない。

咄嗟にヒースクリフは右腕にありったけの魔力を溜めて、それを放った。魔法とも呼べない、魔力の塊をそのままぶつけるような不完全なものだったけれど、今の自分にはそれしかできない。

しかし、悪魔は片手で軽々と受け止めてしまう。

「我に命令をするなと言ったはずだ! 望むものが手に入ったなら喜べ、人間よ。魔王の右腕エリオット自ら力を与えてやったことを光栄に思うがいい。ククク……クククク……」

笑いながら、悪魔は闇へと溶け込んでいった。

エリオット――――それが悪魔の名らしい。憎しみとともに心に刻む。

自らの犯した罪にヒースクリフは愕然として、崩れ落ちた。

「魔力を得ただって? 闇の魔法なんて…………誰にも、言えるわけ……ない」

まだ闇の炎に包まれたままの右腕を見ながら、呟く。

「ごめんなさい……愚かで……ごめん……アンナマリー……ごめん」

床へとぽつぽつと涙がこぼれ落ちた。

「僕が守るから……エリオットからも、何からも、守るから……アンナマリー……許して……」

その日、何があろうとも、何を犠牲にしてでもアンナマリーを守ると誓った。

軟派で、調子のいい公爵家長男を演じながら、貴族の力を使って悪魔や魔法に関する情報を集め、エリオットという名の悪魔を追っている。

俺はもう迷わず、すべてを利用するだろう。

この手に入れた禁忌の力も、自分への好意でさえも。