軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

027_図書室の奥で

カンテラを手に、アンナマリーに教わった通りに廊下を進んでいく。

リサは客間がある二階の廊下を歩くと、突き当りにある階段を下りていった。

周囲にほとんど音はない。

屋敷の住人はほとんどが客間とは逆側の部屋にいるし、この時間、使用人は動き回ることはほとんどないし、彼らの住居は主に三階だ。

それでもリサはなるべく足音を立てないように、慎重に階段を下りると一階に降り立った。

「…………」

今度は、多少の物音が聞こえてくる。

調理場や倉庫といった使用人の仕事場もあるから、まだ働いている者がいるのだろう。足音が溶け込めるから、静寂よりは逆に安心する。

教えられた通り、一階に下りてすぐにある扉の前でリサは足を止めた。

「ここ……だったよね?」

ヴァルモット公爵邸の間取りを把握しているわけではないので、不安がよぎるけれど、戻ってアンナマリーに確認するわけにもいかない。

勇気を振り絞って、扉をコンコンと叩いた。

「…………」

中から返事はない。

確かに、アンナマリーからヒースクリフがこの図書室にいるとリサは聞かされていた。

何でも夕食後、彼はここにいるのが日課だそうだ。

「入りますよー……?」

夜中なので小声で呼び掛けると、リサはゆっくり扉のノブに手を掛けて開けた。

キィィと小さな音を立てて、図書室の扉が開く。

「……誰もいない?」

中はがらんとしていて、そこにヒースクリフの姿も気配もなかった。

「それにしても、すごい部屋」

貴族の図書室を見るのは初めてのリサは、部屋の様子に驚いた。

狭いけれど、四方に本がぎっしりと並んでいる。しかも、中央には見事な曲線を描く螺旋階段があって、本棚は二階にまで続いていた。

濃い橙色といい、細かな装飾といい、飴細工のような階段はそれ自体が美術品のようで思わず見惚れてしまう。

装飾はそのまま二階から天井まで、曲線の幾何学模様が刻まれている。

「あっ……」

リサはヒースクリフの痕跡を見つけて小さく声をもらした。

図書室の奥には、やはり飴色の長椅子と小さめのテーブルが置かれている。その上に、飲みかけのグラスを見つけた。

ヒースクリフが本を見ながら寝る前のワインでも飲んでいたのだろうか。

その時の様子を想像すると、思わず鼓動が速くなってしまう。

しかし、本人の姿はない。

「もう自分の部屋に戻っちゃった?」

少し残念なような、でもほっとしたような気持ちで呟く。

「……?」

踵を返して今日は自分達の部屋に戻ろうと思ったけれど、リサはふと違和感を覚えた。

「あそこだけ……影の向きが……」

図書室の明かりは、等間隔で壁につけられている燭台によるものだ。

けれど、その一箇所だけ影の落ち具合が違う。良く見ないとわからないぐらいだけれど、確かにおかしい。

「なんだろう?」

リサは飲みかけのグラスのあったテーブルにカンテラを置くと、図書室のさらに奥へ進んだ。

通路は狭くなり、左右から本棚が迫ってくる。

違和感を覚えたのはその途中で、足を止めるとそこには続き部屋への道があった。本棚の並びが緩やかに曲がっていて、知らないと見逃しそうだ。

わざとそういう作りにしてあるのかもしれない。

「何のための部屋だろう?」

人の屋敷を勝手にじろじろ見て回るのは悪い気がするけれど、好奇心には勝てなかった。

さらに狭くなって本棚の隙間のような道を進む。

その先にある扉は、開け放たれていた。そっと中をのぞき込む。

図書室の続き部屋は、普通の部屋の半分にも満たない小さな空間で、やはり本で溢れていた。ただ、壁の棚に入りきらない本が床にも散乱している。

そして、リサは山積みになった本の隙間に、探していた相手を見つけた。

「ヒースク――――」

声をかけようとした瞬間、すぐ側に何かが飛んできて驚く。

それは本で、ヒースクリフが投げたらしきものだった。

「ない……これにも、ない!」

見たことのない彼の焦り、いらだつ顔に、リサは完全に言葉を失ってしまった。

格好もいつもと違う。上着は着てきておらず、シャツはあちこち皺になってしまっていて、さらに胸元が大きくはだけ、肌が露わになっていた。

晩餐会の時の完璧な紳士の姿はない。

「どこへ消えた、あの悪魔!」

何を探しているのだろうか。

それに悪魔とは誰のことだろうか。

彼の言葉に疑問を抱いていると、いきなりドンと音がしてびくっと震えた。

「やはり本ではなく、闇に潜んで――――っ、くっ……もう、時間がないのに」

ヒースクリフが本棚を拳で打った音だった。

俯くと、またも謎かけのような言葉を彼が文字通り吐く。

「入学式が終わった……奴が奪いに来る……ぐっ! 早く手がかりを……」

意味はまったくわからないけれど、どうやらヒースクリフは何かが迫ってきていて、焦っているらしい。

とにかく、今気軽に声をかけていいタイミングにはとても思えない。

送り出しくれたアンナマリー達には悪いけれど、このままそっと部屋に戻った方が良さそうだ。

「あ……」

静かに部屋を出ていこうとしたのだけれど、散乱していた本に足が触れてしまう。それは小さな音だったけれど、彼はすぐこちらに気づいた。

「誰だ!」

鋭く、低い声が飛ぶ。

「ご、ごめんなさい……」

慌ててリサは姿を見せた。

すると、ヒースクリフの表情が怖いものから、いつもの色気のある笑みに変わる。

「ああ、リサか」

射貫かれるような視線にドキッとした。

見られている?

その視線で、改めて自分の無防備な格好を認識させられる。薄いネグリジェ姿で、肩にかけたショールは微妙に胸元全てを隠していない。髪はアップにしているけれど、少し雑ですぐにでも解けてしまいそう。

近づけば、アンナマリーのかけてくれた香水が彼を誘ってしまう。

「あ、の……うっかり迷い込んで……」

アンナマリー達に言われて用意してあった言葉の筈なのに、狼狽えてしまう。

ヒースクリフの目を見ながら嘘なんて言えない。

すぐにリサは訂正した。

「う、嘘です……眠る前に、ひと目……会いたくて」

本当のことを言うなり、ヒースクリフがカツカツと靴音を立てて近づいてきた。

距離が近くなるほど、胸の鼓動が高鳴る。

「…………」

目の前まで来た時、思わず目を瞑ったけれど……なにもなく、目を開けると彼がこちらを向きながら扉を閉めていた。

「もしかして、夜這いかな?」

書庫の続き部屋で二人きり、微かな燭台の明かりだけで薄暗い中、彼が妖しく尋ねてくる。

何か、いつものヒースクリフと違うような?

微かだけれど、リサは彼の様子に違和感を覚えた。

いつもはもっと余裕があって、ゆっくりと、甘い言葉を囁く。けれど、今の彼はまるで何かを隠すようで、圧を感じる。

それは夜のせいだと言えなくはないけれど、見つかる前の焦った様子のヒースクリフが気になってしかたない。

今夜の彼は危険に見える。けれどそれはそれで、魅力的で、強烈に惹きつけられてしまう。

「まあ、ここへ掛けなよ」

今の彼の言葉に逆らうことなんてできなかった。

へなへなっと指定された長椅子に座ると、ヒースクリフが足下に跪いた。

「リサは、本当に俺に興味があるみたいだね。恵まれているから、その反動で物好きなのかな?」

彼に手を取られ、またも逆らいがたい、強く妖しい微笑みを向けられる。

「学園には、王子様だって、魅力的な貴族だっているのに――――つり合いの取れそうな奴が大勢いただろう?」

自分に興味を持っていることを怪しんでいるのだろうか。

前世から好きだったなんて言ってしまったら、きっと混乱させてしまうだろうから言えない。

「ステファン王子はアンナマリーの婚約者だとして、ラサウェイ伯爵家次男の風属性のセオと話しているのを見かけたよ」

いつの間に見られていたのだろう。

「ミットフォード侯爵家長男の水属性ヴィニシス、優秀な男だ。クルダン子爵家三男のカルツは地属性、真面目で頼りがいがあるだろう。火属性のキアランとは、気が合いそうだ」

手を掴んだまま、ヒースクリフの上半身がゆっくり近づいてくる。

「リサは誰が好みなんだ? 俺が仲を取り持ってあげるよ?」

――――っ、選択肢だ!

そこでリサはハッとした。

ヒースクリフの色香に当てられていた頭が冷静さを取り戻す。

ゲーム“マジラバ”の中では、ヒースクリフに問われ、選んだ相手の好感度が上がることになる。

だから、私は――――ありったけの力で、あなたへ。

すぐにリサは心を決めて、じっと彼の目を見ながら、喉を震わせた。

「……その中には、いません。私の好きな人は、今……目の前にいます」

「!?」

その意図にすぐ気づき、ヒースクリフがリサをまじまじと見つめ返してくる。

「ヒースクリフ、あなたです。運命は変えられるから」

きちんと伝わるようにはっきりと口にしたのだけれど、その言葉にヒースクリフは驚いたように目を見開いた。

そして、いきなり彼がすっと立ち上がる。

「へぇ、リサは本当に俺が好きみたいだ」

「…………」

まるで頷くかのように、反射的に俯く。

今になって恥ずかしさが一気に押し寄せてきた。

「じゃあ、誘われてあげよう」

「えっ……」

手がゆっくり離れたかと思うと、いきなりトンと右肩を押される。

とても弱い力だったのに、不意を突かれたリサはそのまま長椅子に倒れ込んだ。ローズの思惑通り、それだけで三つ編みがパラリとほどけ、髪が広がる。

「あっ……」

戸惑う時間も与えないかのような速さだった。

すぐヒースクリフの上半身が襲ってきて――――。

「んっ――――」

唇に彼の感触が降ってきた。