軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

026_パジャマパーティ

リサは雲かと思うほどふかふかのベッドに腰掛けると、身体を横に倒してトンとベッドボードに寄りかかった。

ヒースクリフから誰が好きかと問われるイベントは……起きなかった。

冷静に考えれば、元々お茶会イベントだったのが、お泊まり会と晩餐会に変化していたので、同じイベントが起こる保証はない。

けれど、リサは攻略対象全員に出会ったので、あるものだとばかり思っていて、ずっと身構えていたので、気落ちしてしまった。

「ま、いっか」

心の整理をつけるように呟く。

「別の事件なら目の前で起きているし、主に目の保養的な」

リサの視界の中には、アンナマリー、ローズ、デイジーがネグリジェ姿で座っている。

ここは、今日宿泊場所として公爵家が用意してくれた寝室だ。

誰か一人の寝室ではなく、部屋には大きなベッドを二つ運びこんで、四人が眠れるよう特別仕様になっている。

やはり公爵家の屋敷ということだけあって、部屋は豪華だった。

全体的に清潔感のある白い壁と天井で、金色の縁取りが美しい。家具も全体的にオフホワイトで統一されていて、床にはクリーム色の巨大な絨毯が敷かれている。

暖炉は大理石で覆われて、バルコニーに出ることができる大きな窓もあった。

ベッドは四角い屋根付きのもので、あちらこちらに見事な装飾が施されていて、天蓋としてレースが四方を覆う。

そのベッドが二つ繋げてあるので、見たことがないほど大きなものになっている。

そして、ベッドの上にはそれぞれタイプの違う見目麗しい令嬢が三人もいた。

「あら? リサ、もう眠いのかしら?」

眩しい光景に目を細めていると、アンナマリーがこちらに気づく。

彼女のネグリジェは、タイトで腕の部分が膨らんでいる以外にシンプルだったけれど、所々に小さな切り込みで綺麗な模様が作られていた。

肌がちらちらと見え、身体の線がわかるネグリジェのせいもあって、髪をかき上げて、けだるげな様子は妖艶さがある。

「いえ、ギンギンです!」

リサはシュタッとベッドの上に正座すると、拝むように上半身を倒した。

前世では見たこともない彼女の姿は、もう拝みたくなるレベルだ。

「な、なにをしているの? それ……」

「アンナマリーのネグリジェ姿、レアで女神です。崇拝してしまいます」

「も、もう何言っているの、この子は」

本音を口にすると、アンナマリーが照れて頬をうっすら赤く染める。

その表情もたまらないです。いただきました。

「ぷぷぷ……リサがおかしいのは今に始まったことじゃないと思うけど」

二人の様子に、デイジーが笑いをかみ殺している。

けれど、そんな彼女の姿もリサにとっては十分ご褒美レベルだ。

真っ白な生地に縦の縞模様が入ったもので、何より印象的なのはその胸のレースだった。

胸元部分につけたしたレースは薄く、透けて見えるので、まるで肌に細かな白い刺繍が入ったかのようで、下の方は短いケープのように柔らかなカーブを描いて厚めの生地になっているので、胸にボリュームを出している。

三人の中で特に小柄で細身なデイジーに、とても似合っていた。

「そのレース可愛いわね、デイジーさん」

「ふふん、最新の輸入品よ」

ローズの言葉にリサとアンナマリーも頷くと、デイジーはとても自慢げだ。

そのローズの方はというと、ゆったりとしたボリューム感のあるタイプのネグリジェだった。

胸元以外の肌をすっかり隠しているけれど、アンナマリーにも匹敵しようかという羨むようなスタイルの良さと、おっとりとした雰囲気に合っていて、素晴らしい。

「アンナマリーも、ローズも素敵です、目に焼き付けていいですか?」

「ご自由に……というかリサも可愛いと思うけど」

リサはというと、やはりアンナマリーが用意してサイズを調整してもらったもので、肩と胸元にギャザーのついている生成りのネグリジェを着ていた。

ヒロインということで、美人よりは可愛い感じになっている。

「いやいや、お三方には負けますぜ」

「ふふっ……なに? その口調? ふふふふ」

アンナマリーにヒットしたらしい。

ローズとデイジーも同様らしく、笑い声が大きくなっていく。

――――修学旅行の夜ってこんな感じ?

前世で叶わなかった青春が、あふれんばかりに押し寄せてきてる。

転生させてくれて、ありがとう。

リサは幸せを噛みしめていた。

「それで、お兄様と同じ屋根の下は、叶いまして?」

恋バナきたー……って自分!?

不意にアンナマリーが楽しげに聞いてくる。

「もちろん! 今、同じ夜を迎えていると思うと……」

ヒースクリフの色々な顔を思い浮かべる。

うっとりしながら、ベッドに仰向けに倒れ込むと、目を閉じてこの空間を噛みしめる。

「ふふっ、リサさんは大満足みたいですね」

ローズの優しげな声に、目を瞑ったまま小さく頷く。

「でも、食事中、あんまり喋ってなかったけど」

「同じ空間に存在することが奇跡なのです」

「そこそこ貞淑な令嬢だって、彼と二人きりにして欲しいぐらい願うものよ」

不満げなデイジーの問いに、同じ屋根の下にいることの尊さを語ったけれど、彼女には伝わらないみたいだ。

「それよ! リサ、まだ寝るには早いわ。お兄様を少し訪ねてきたら?」

アンナマリーが、突然驚くべきことを提案してきた。

思わず飛び起きる。

「ええっ! それは、もっと会いたいけど……色々駄目じゃない?」

あたふたしていると、落ち着いてとばかりにローズが唇の前に人差し指を立てた。

「大丈夫ですよ。ヴァルモット公爵家におしゃべり雀などいるわけがありませんからね」

「おしゃべり雀?」

首を傾げると、アンナマリーが深く頷いていた。

「当然ですわ。我が家では噂話好きのメイドは、即日クビです。相応しくありませんから」

つまり、ヒースクリフと二人でいるところを使用人に見られたり、聞かれたりしても、誰も告げ口しない、ということを言っているらしい。

婚前に男性と二人きりに、しかも夜になってもバレないと……。

「お兄様はこの時間は図書室にいます。人のいないルートも教えてあげますから」

「何だか、秘密の企みみたいで楽しいわね」

「あたしたちがリサの恋を応援してあげないと!」

リサを置いて、勝手に三人とも急に盛り上がってしまう。

応援してくれるのは有り難いけれど、彼女達の方が楽しんでいる気がする。

「そ、そうだ! さすがにこの格好だとまずいと思うので……」

自分の胸元に視線を落とす。

ネグリジェは肌をそれほど多く出しているタイプではないとはいえ、胸元はしっかり出ているし、薄い生地一枚の下には何もつけていない。

そんな格好で出歩いて男の人と会うなんて、前世でもハードルが高すぎる。

「あたしのショールを貸してあげるわ。こうしていれば、可愛さと慎みを両立できるもの」

素早くデイジーが自分の荷物からショールを取り出すと、リサの肩に巻き付ける。

大きめで肩から胸元を隠すには十分だけれど、そういうことではない。

「いや、そもそもネグリジェ姿で尋ねるのはどうかと――――」

「髪を編んではどうかしら? 突然はらりと解ける感じで、わざと弱めに」

「ローズ、それ名案!」

リサの言葉など聞こえていないらしい。

三人に取り囲まれ、さっそくローズの手がリサの髪を編み始める。

「胸元に香水も必要ね。確か、チェストに――――」

今度はアンナマリーがベッドから離れると、可愛いガラスの香水瓶を手に戻ってきた。

「せっかくだからショールもはらりしそうでしない感じにしない?」

デイジーがショールを弄りだし、ローズが髪を結って、アンナマリーがリサの胸元に香水を吹きかける。

不安と期待が入り交じっていた。

期待三割、不安七割というところだ。

「一応聞いておきたいのだけれど……三人とも恋の百戦錬磨?」

「安心して」

こわごわと尋ねると、ローズが自信ありげに微笑んだ。

「お母さまから男性の誘惑の仕方について、しっかり教わっていますから」

思った通りだ。不安な気持ちが増す。

他の二人はと視線を飛ばすも――――。

「あたしが読んだことのない恋愛手記などないから。いい? さりげなく誘うような、慎みと隙のバランスが大事よ!」

「おばあさまが、香水で魅了したって武勇伝を知っているわ」

自信満々のデイジーと誇らしげなアンナマリーの様子に、げんなりとする。

三人とも経験ではなく、知識に基づいたものだ。

――――このままヒースクリフに会いに行って、本当に大丈夫?

リサとしては不安でしかない。

「ちょっと強引すぎたかしら……?」

見つめると、アンナマリーが手を止めて心配そうにのぞき込んできた。不安でしかないけれど、三人とも真剣に、本気で応援してくれているのはわかる。

その気持ちはとても嬉しい。

ヒロインとして、友達として、応えないわけにはいかない。

「ありがとう、アンナマリー、ローズ、デイジー!」

首を横に振ると、アンナマリーの顔がぱっと輝く。

「気にしないで良くてよ。リサには借りがあるのですから!」

ステファンとのことを言っているのだろうか。

「……完成よ!」

彼女達が再び手を動かしてからしばらくすると、アンナマリーがパンと手を叩いた。

「完璧ね、これで落ちない男なんていないわ」

「可愛いですわ、リサさん」

それほどには変っていないのだけれど、三人とも達成感でいっぱいだ。

「集まって」

アンナマリーの合図で四人が顔を近づけると、声を潜める。

「図書室に迷い込んだ感じで行きましょう。リサ、くれぐれも淑女の三十分ルールは忘れないようにして」

「あっ、はい」

マジラバは中世貴族の世界観をベースにしているから、異性と二人きりで三十分以上いると、令嬢にとっては醜聞となってしまう。

偶然を装って押しかけるのはよくて、長話がダメとか匙加減がよくわからないけど、もうここまで来たら、気にしたら負けだと思う。

女友達にこんな風に応援されて、ヒースクリフに会えるなんて、ドキドキして、楽しみでしかない。

――――二度目の人生、ヒロインで謳歌しすぎです!

ショールの前をぐっと持って気合を入れる。

「行ってきます!」

三人の友人から小声で「健闘を祈りますわ」「がんばって!」「応援しています!」などと見送られながら、リサは廊下へと踏み出した。