軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

49 アッシャー兄弟の秘密

私はそこから自分の事を話した。

ランダル王国での牧場の暮らし、漁村の暮らし。

ジェフリーは黙って聞いてくれた。時折、私の背中や頭を撫でてうなずきながら聞いてくれた。

話し終わって、「ふうう」とため息を吐いたら、ジェフリーが考え込んでいる。

「どうしたの?話の内容で何か困らせた?」

「いや。実は俺にも秘密がある。俺は君と生涯一緒に暮らすつもりだから、その話は今話すべきだと思う」

婚約者の自死の話なら聞いたのに、と戸惑っていると

「婚約者の話じゃない。俺と兄の二人だけの秘密だ。兄がなぜ俺を心配し続けるのか、育った環境が、少し特殊なんだ」

「いいのよ?あなたの過去の全てを知る必要があるとは思ってないわ」

「いや、いつか君も兄がなぜあそこまで俺を心配するのか疑問に思う日が来る」

そこからジェフが話した内容は、その後何度思い出しても胸が潰れるような気持ちになる話だった。

「俺たちの父親は俺が覚えてる限りの昔から別の家族と暮らしていた。外に愛人がいる貴族は珍しくもなんともない。ただ、父は愛人に子どもができたあたりから俺たちを殴るようになったはずだ。俺はまだろくに言葉もわからない幼い時から殴られ続けた」

ジェフのお母様は早い段階で心が壊れてしまい、現実と妄想の間を行ったり来たりするようになったそうだ。

父親は週に一、二度帰ってきては家族を殴る。些細な理由で殴る。殴るきっかけは毎回違う。何をしたら殴られるのかがわからない。殴る父親に対して、一時期はエドワード様がお母様や幼いジェフリーをかばって一身に殴られ役を引き受けていたそうだ。

「兄が文官の道に進んだのは乗馬の鞭で背中の皮膚が切れるまで打たれ続けた跡があるからだと思う。背中一面に酷い傷が幾重にも重なって残っているんだ。騎士は訓練の後に皆一斉に着替えるから兄の傷は隠せないんだよ。俺たちは心を失った母のために逃げることができなかった。兄は下っ端の文官になっていたが、あの頃の母は酷い状態で、兄は俺たちを連れて逃げ出すことを諦めていたんだと思う」

組織で習ったことを思い出した。殴られ続けた人間は殴り返すどころか逃げることすらできなくなるらしい。暴力によって相手に心を支配されてしまうからだ。ご兄弟とお母様もそうだったのではないだろうか。

つらい現実から目を背けるためにエドワード様は勉学に打ち込み、ジェフリーは剣の道にのめり込んだそうだ。そうやって長い年月が過ぎたある日、少年のジェフリーは(今なら自分は父に勝てるのではないか)と思ったそうだ。

そしていつもと同じように父が兄を拳で殴り上半身を裸にさせて鞭で打とうとしたときに、父親に飛びかかった。

「死ぬ気で闘う人間といたぶるだけの人間は気迫が違う。俺はそのころから身体が大きかったしね。あっという間に俺は父を殴り倒して、手近にあった燭台を握り、驚いている兄に言ったんだ。『兄上、俺は次男です。俺が殺します。その後で俺を籍から抜いてください。今まで助けてくれてありがとうございました』って」

「ジェフ……」

ジェフは遠くを見るような顔で話している。

「幼い頃、『今日こそ殺される』と思いながら殴られていた恨みがブワッと噴き出してね。俺は本気だった。すると兄が俺を止めて、とても冷静な声で父に出ていくように告げたんだ。『アッシャー家の当主の座は本日をもって私が引き継ぎます。あなたとあちらの家族には恥をかかない程度の生活費はお送りします。当主の座を譲るか、それともこの場で私たちに殺されるか、選ばせてあげましょう。私がずっと無策のまま殴られていたとでもお思いですか。あなたがどんな状態で死んでも心臓麻痺と書いてくれる医者を既に確保してあります』とね」

エドワード様が二十歳、ジェフリーが十二歳のときだったそうだ。

「父が出て行ったあと、兄は『私に覚悟がないばかりにお前と母上には気の毒なことをした。早くこうすれば良かった。勇気のない私を許してくれ』と泣いていたよ。その時以来、兄は保護者として俺と母上を守ってくれた。いまだにその癖が抜けないのは困りものだが、俺と兄は殺されそうな時に互いにかばい合って生きてきたんだ。本当にいつ殺されてもおかしくないくらいの暴力だったんだよ」

私はジェフリーを抱きしめた。

ジェフの身体が大きすぎて上手く抱きしめられなかったが、全力で抱きしめた。

「父がなぜ離婚という手段を取らなかったのか、城勤めをするようになって知ったんだ。両親は当時の宰相の紹介で結婚した。父は宰相に遠慮があって離婚しなかったらしい。実にくだらない理由だ。父は自分の鬱憤を、俺たちを使って発散し続けていたんだ」

ジェフリーは最後に 苦(にが) そうな顔で笑って話を締めくくった。

「父は二年前に亡くなったよ」

「……」

私は八年間だけだったけど、家庭の暖かさを知っている。ジェフリーにはそれさえもなかったのか。

工作員時代に思ったことだけれど、幸せな家庭はどの家も似ている。貧しいか裕福かはあまり関係がない。幸せな家はどこも家族の仲がいいのだ。

エドワード様とジェフリーが暮らしていたのは家庭と言う名前の地獄だ。

「ジェフ。私はあなたとノンナを命に代えても守ってみせるわ。幸せな家庭を作りましょう」

するとジェフリーは優しく笑って

「それは普通、俺の言う台詞だ。俺にも格好を付けさせてくれ」

そう言ってジェフは私の前に膝をついて

「アンナ。俺と結婚してください」

とこの上なくシンプルに結婚を申し込んでくれた。