軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

48 カディスの夏祭り

夏至の太陽はなかなか沈まず、夕方なのに明るい。カディスの港は岩場で、ゴツゴツした石の上に数えきれないほどの人たちがいた。皆、手に小さな舟の形をした板切れを持ち、短いロウソクに火を灯して引いていく波に乗せて自分の舟を送り出している。

笑って見送る人。泣きながら見送る人。目を閉じて祈りを捧げている人。

どの人もろうそくが燃えている間だけここに訪れるという旅立った人の魂と会話をしているのだろう。

港の奥の方は砂地と草地だ。

簡単な造りの屋台がずらりと並んでいて焼肉、果物、甘い焼き菓子、果実水、アクセサリー、素朴なおもちゃ。いろいろな物が売られていた。

ノンナは屋台を見て歩くのに忙しく、ごった返す人の中で手を繋いでいないと見失ってしまいそうだった。

(ああ、これなら見つかりようもない)と変なところで安心し、(見つからない理由で自分を慰めてどうする)とも思う。

狭い場所にぎっしりと人が集まって大変な混み具合。長い時間をかけてノンナが選んだのは揚げた丸いパンにたっぷりの 甜菜糖(てんさいとう) をまぶしたものだ。

「お母さん、甘くて美味しいよ!」

そう言って私に食べかけのパンを差し出す。少し 齧(かじ) って

「うん!美味しい!」

そう答えるとノンナは嬉しそうに笑った。最近前歯が抜けてせっかくの美人さんが台無しだけれど、それはそれで愛おしかった。

「見て!」

ノンナが指差す方を見ると、そろそろ引き潮がピークになるのか大勢の人が一斉に小さな舟を海に浮かべている。

「わあ」

口の周りに甜菜糖をくっつけたノンナが海を見ている。千を軽く超えているであろう小さな舟がロウソクを乗せて沖へ沖へと進んでいく。

「ノンナも舟を浮かべようか」

「いいの?」

「もちろんよ」

あちこちで売っている船形の板切れを二つ買い、ロウソクに火を点けてもらう。火が消えないように手で囲って私とノンナは岩場へと進んだ。

「転ぶと怪我をするから。足元を見るのよ」

「うん!」

打ち寄せる波に靴を濡らしながら私とノンナも周りの人たちと一緒になって舟を浮かべた。手のひら二つ分ほどの舟はユラユラと揺れながら少しずつ沖へと向かって流れていく。

私は声を出さずに口だけを動かして自分の舟のロウソクに向かって話しかけた。

(お父さん、お母さん、エミリー。会いたいよ。会いたい。ずっと頑張ってきたけど、少し、疲れちゃった)

喉の奥に熱い塊が詰まったようになって、涙がポロポロこぼれた。周囲にたくさん人がいたけれど、しゃがみこんですすり泣きしながら舟を見送った。

「ふっ……くっ……」

驚くほどたくさんの涙が流れ落ちる。

ノンナが小さな手で背中をさすってくれる。

「ごめん、ね、ノンナ。今泣き止むから」

「いい。お母さんだって泣いていいよ」

しゃがんだまま手で涙を拭いて何度も深呼吸をして

「何かお土産を買って帰ろうか」

と笑ってノンナに話しかけたらノンナがポカンとした顔で私の背後を見上げていた。

急いで振り返ると、私の斜め後ろに団長さんが立っていた。

「ジェフーッ!」

ノンナが団長さんに飛びついた。

「ジェフ! ジェフ!」としがみつくノンナを左腕で抱き上げ、団長さんは私の肩を抱いて立ち上がらせた。

「君が見つかるまで何年でもここに通うつもりでいたんだが。最初の年に見つけられた」

相変わらずいい声だった。

何か言わなきゃ、謝らなきゃと思うけれど、私は子供みたいに泣くことしかできなかった。

団長さんはがっちりした体格の男の人に

「申し訳ないが先に帰る」

と声をかけた。

「はい、お疲れ様でした。今年は管理官様が手伝ってくださったのでとても楽でしたよ。おやすみなさい」

男の人は優しい顔で私たちを見送ってくれた。団長さんは私たちを小さめの家に案内してくれた。

「ここが俺の家なんだ」

「団長さんの家?」

「俺はもう団長じゃないんだよ。今は公爵領の保安管理官なんだ」

そう言って私たちをソファーに座らせると、団長さんは使用人らしい年配の女性に

「あとは俺がやるからもう帰ってもいいよ」

と声をかけた。

ノンナは座ったまま頭をコクリコクリとしていた。興奮して疲れたらしい。私がノンナのカツラを外してやり、団長さんはノンナを軽々と抱き上げて長椅子に寝かせ、薄い夏掛けをかけた。

団長さんは私の隣に大きな体を寄せるようにして座り、何も言わずに広い胸の中に私を閉じ込めて動かなくなった。

「無事でよかった。君に何かあったらと、どれだけ心配したか」

「ごめん……なさい」

「いい、謝らなくていい。謝って欲しいんじゃない。それより何から話したらいいか。君には伝えなければならないことがたくさんあるんだ」

団長さんは私を胸の中に閉じ込め、両腕でがっちりと抱えたまま、たくさんのことを話してくれた。

ハグルから暗殺部隊が来たこと、私は死んだことになっていること、アシュベリーの偉い人たちに私の正体を知られたこと。ヨラナ様たちが無事なこと。

「君が特務隊のエースと聞いて納得したよ」

そう言われて私は顔を上げられなかった。

「だからもう君は逃げなくていい。ビクトリア・セラーズは死んだんだ。これからは落ち着いて暮らせるさ。うっかり知り合いに会うのが心配ならこのカディスで暮らせばいい。ハイデンの港は外国人が出入りするが、カディスに来ることはない。ここは半農半漁の町だからね。夏至の日以外は地元の人間しかいないんだ。ここで俺と暮らそう。俺はここから管理官事務所に通う」

私はさっきから気になっていることを尋ねた。

「団長さんは……」

「ジェフ、と」

「ジェフは、どうして騎士団を辞めてここに?私のせいですよね?」

「いいや。君のせいじゃない。実は俺は薄々君が組織を抜けてきたんじゃないかと思ってた。だからもともと君と暮らすために騎士団を辞めようと考えていたんだよ。だけど君がいなくなったからこうして働いている。君がいてもいなくても結局辞めることは変わらなかった」

そうだろうか。私がこの人と関わらなかったら……。そこまで考えてから慌てた。そうだ!船!

私が「大変! 帰りの船が!」と言うと、「連絡したい場所があるなら使いを送る」と言って団長さん、いや、ジェフは私を離さなかった。

「俺はもう後悔したくないんだ。あの手紙を貰ってどれだけ後悔したことか。もっと早く君と話し合っておくべきだったとどれだけ自分に腹を立てたか。君がカディスでも心配ならノンナと三人で山奥に引っ越してもいい。俺なら猟師で食っていける」

「……」

「ビクトリア、今までどこで何をしていたんだい? 危険はなかったのか? 聞かせてほしい」

「ジェフ、それを話す前に聞いてほしいことがあるの」

背筋を伸ばし、まっすぐにジェフの顔を見た。

言おうとしていることに緊張して身体が震えた。

「八歳で養成所に入った時、名前を捨てさせられてクロエという工作員名を与えられました。それから二十年間一度も名乗ったことがなかったけれど、私の本当の名前はアンナです。アンナ・デイル。それが父と母がつけてくれた私の大切な名前なんです」