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作品タイトル不明

エンディング③ ミスリルの淑女。

後に、アレリラ・ウェグムンド侯爵夫人の生涯を描いた伝記が出版された。

彼女は貴族学校主席卒業後、歴史上初めて、女性として帝国行政に関わる事務官として就職。

その後、己の才覚ひとつで筆頭宰相秘書官までのし上がり、宰相閣下に見初められて侯爵夫人となった。

結婚後。

金山をペフェルティ伯爵から譲渡され、やがて【 魔銀(ミスリル) 】の産出地となった鉱山の莫大な資産で、民の生活を豊かにする数々の事業を起こし、その全てを成功させた。

その事業では、特に職を求める女性を優先的に数多く採用し、女性労働者の地位を確立した。

子もなしており、一人娘が手を離せない年頃以外は継続して筆頭宰相秘書官も務め続け、北国バーランドの施策を参考に、帝国内の労働や女性に関する法を提案してその整備に努めた。

また彼女は、美にも聡かった。

侯爵領内で生産され、彼女が窓口となって販売した美肌軟膏は、成功事業としての利益のみならず、侯爵夫人としての彼女の交友関係に多大な影響をもたらしたことで知られる。

故に貴族女性社会でも、彼女はその地位を確かなものとしていたという。

侯爵夫人、事業成功者、宰相秘書官の三つの顔を持ち、『その全てにおいて完璧であった』とされる彼女だが。

出自はただの一子爵令嬢であり、その異色の経歴と成功はやがて多くの女性達の希望や憧れとして語られるようになった。

次代で成功者となった女性達の多くが彼女の指導を受け、また尊敬の意を表明していることが、かの女性がどれ程の傑物であったかの証左であると言える。

だが、所作こそ完璧であった彼女は、見方を変えれば美点とも言えるが、多くの場合で欠点と言える部分が一つあった。

その美貌に表情を浮かべることが、壊滅的に苦手であったと言われているのだ。

彼女の無表情と、鉄の微笑み以外の表情を見た者は、それ程多くはない。

伝記の著者らは希少で幸運な数人であるが、それでも『見たことがあるのは数度、それも宰相閣下と共にある時のみであった』と記している。

そうして伝記の最後をこう締め括り、それが後の世での彼女の異名となった。

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アレリラ・ウェグムンド侯爵夫人は、傑物である。

あれ程の人物が、イースティリア・ウェグムンド宰相閣下という、もう一人の傑物を伴侶に得たことはお互いにとって最良であっただろう。

著者らは限りない敬意と少しばかりの嫉妬を込め、その成功の元手となったある鉱物になぞらえて、彼女をこう呼ぼう。

―――〝 魔銀(ミスリル) の女傑〟と。

この伝記の筆を取る栄誉を与えられたことに、深い感謝を込めて。

共著

筆頭帝国秘書官 ニードルセン・ポリオ準男爵

元・帝国秘書官 ヌンダー・マンゴラ準男爵

元・帝国秘書官 ノーク・パエリ準女爵

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