軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

家族の昔話です。

その後、晩餐の席でイースティリア様が人足の話を振ると。

父、ツェルン・ダエラール子爵は、二つ返事で人員配置の見直しを了承した。

食事を終えるとそそくさと入浴に向かうその背中を見送っていると、フォッシモが大きく溜め息を吐く。

「俺の話を、あの半分でも聞いてくれればね……」

「お父様は上に逆らわない気質ですからね」

「短気だし、小心者だし、日和見だし。母上はよく愛想を尽かさないね?」

と、フォッシモが話を振ると、母、タリアーナは口元を押さえて吹き出した。

どうやら、弟と親しげに話していたからか、父よりも早くイースティリア様に慣れたようだ。

「そうね、フォッシモ。貴方の言う通りだけれど、あの人はあれでも良いところもあるし、可愛いところもあるのよ?」

「……可愛い?」

珍妙なモノを見るように母を見つめるフォッシモに、アレリラは目を細めて苦言する。

「お母様に対して、その顔は何ですか」

「いやゴメン。あんまり予想外の返事だったからさ」

慌てて表情を改める彼とのやり取りを、どこか楽しそうに見ていた母は、食後のお茶を軽く口に含む。

容姿だけはアレリラに似ているけれど、母は表情豊かでのんびりとした人だ。

あまり社交が得意ではなく、特に男性が苦手だと口にしていた。

「お聞きしたことがなかったのですが、お母様の縁談は、お祖父様が取り持ったのでしょうか?」

良い機会なので話を振ってみると、母は「ええ」とうなずいた。

「『彼は君のことを大切にしてくれるだろう』と、あなた達のお祖父様は仰っていたわ。実際、大切にしてくれているわよ。あの人は口では偉そうにしているけれど、どこに行くにも私と一緒でなければ気が済まないのよ。『心配だ』って」

「心配って?」

フォッシモの問いかけに、母は、どことなく嬉しそうに答える。

「『君が美しいから、目を離してる間に誰かに取られないか心配だ』って」

「…………父上が?」

「そうよ。縁談の申し込みも、あの人から来たらしいわ」

あまり王都で人と交流しなかった母だが、一度だけ祖父に連れられて行った夜会で見初められたらしい。

遠目に見ただけで一目惚れし、その場では話しかけることも出来なかったみたい、と母は言う。

「可愛いわよね」

「いや、一般的にはそれはヘタレって言うんじゃないかな……」

「そんなこと言うけれど、貴方はあの人にそっくりよ?」

「どこが!? 俺はあんなに頭固くねーよ!」

「フォッシモ。言葉遣いに気をつけなさい」

すぐムキになるのは、まだまだ子どもの振る舞いだ。

と言うよりも、それこそこういう部分が、父に似ているのかもしれない。

アレリラは、口を挟んで話を戻すことにした。

「縁談が纏まるまで、お会いしたことはなかったのでしょうか?」

「顔合わせはしたけれど、遠かったから一度だけだったわ。先にお祖父様がお会いになって、決めたのよ。その時に『社交が嫌いなら公の場に出なくても大丈夫です、大切にします』って宣言したって。ふふ、今でもその話をすると不貞腐れて真っ赤になるのよね」

「ヤッベェ……親の惚気、想像以上にキツい……!」

アレリラは父のそんな話になんとも思わなかったが、フォッシモは頭を抱えていた。

母は相手にするのをやめたのか、こちらを見て目を細める。

「あの人は心配性なのよね。アレリラを産んだ時も大変だったのよ。ちょうど王都の社交シーズンに入りかけていたところで、私は一緒に行けなかったの。そうしたらあの人、『心配だ! 王都には行かない!』ってダダを捏ねてしまって」

母が、ふふ、と思い出し笑いをする。

「当時の私にはあまり分からなかったけれど、侍従が必死に説得しててね。『帝室主催の新年会は、絶対に行かないといけない』っていうことを、私もその時に知ったわ」

「え? 母上、それまで新年会にも参加してなかったのですか!?」

テーブルに突っ伏し掛けていたフォッシモが顔を上げる。

こんなに忙しない子だったかしら、と思いつつ、アレリラは母の話に耳を傾ける。

「結婚するまでに出たのは、デビュタントの時くらいだったわね。それも、挨拶だけしてすぐに帰ってしまったし」

母が昔、『新年はお祖父様も帝都に向かわず、ほとんど領地で一緒に過ごしていた』と言っていたのを思い出す。

「お母様は昔、雪の深い土地だったからあまり頻繁に王都に出られなかった、と仰っておられましたが」

「そうね。お祖父様からそう聞かされていたわ。でも、より北方のロンダリィズ伯爵家の方は毎年少し早めに出立して参加なさっている、と聞いて、それも驚いたわね」

アレリラがチラリと目を向けると、イースティリア様は、二人のやり取りをいつも通りの顔で眺めていた。

ーーー出立前のやり取りや、ペフェルティ領での祖父の動きを見るに、きっとそれだけではないのでしょうね。

お母様が新年会にすら参加しなくて良かったのは、何かしらの『特権』や『免除』があったのだ。

それまで黙っていたイースティリア様が、そこで初めて口を開いた。

「タイア子爵は、御母堂にとって、どのような人物でしたか?」

※※※

イースティリアの問いかけに、タリアーナ夫人は特に疑問を抱いた様子もなく、質問に答えてくれる。

「とても優しい人ですよ。少し悪戯好きですが、危ないことをした時以外で怒られたような記憶は、ほとんどありません。ですが……おそらくあの人は、私のことがあまり好きではないのです」

「そう感じる理由が?」

ふと彼女の表情が 翳(かげ) ったので、重ねて問いかけると、すぐに微笑みを浮かべて困ったように小首を傾げる。

「宰相閣下はご存知かと思いますが、わたくしは、あの方の実の娘ではありませんから」

「耳に挟んだことがあります。理由がおありだったのでしょう?」

「ええ。身籠った後に離縁された母……アレリラ達の祖母を、あの人が引き受けたのだと聞いております」

「俺たちとお祖父様って血が繋がってなかったの!?」

「あら、貴方には言ってなかったかしら」

「初めて聞いたよ!」

フォッシモとタリアーナ夫人のやり取りを聞きながら、イースティリアは得心した。

ーーーなるほど、そう説明していたのか。

そしておそらく、それ以上の詳しい事情は説明していないのだろう。

タリアーナ夫人の父母世代であれば知っている者も多いだろうが、帝室の醜聞であるが故に、現帝陛下が地位を継いだ頃には、既に多くの者が口をつぐんでいたに違いない。

知らずとも無理のない話だ。

「タリアーナ夫人が、あまり社交そのものを好んでいないのは、そうした理由が?」

積極的に社交をしないよう、タイア子爵に言い含められていた可能性もある。

すると、タリアーナ夫人は軽く視線をそらした。

「そうですね。田舎者でしたし、その、私は今もあまり、男性が得意ではないのです」

言葉を濁した物言いから、あまり言いたくないことなのだろう。

しかし、イースティリアとしてはタイア子爵の人となりを知るために、少しでも情報が欲しかった。

ーーーどうすべきか。

尋ねて良いものか判断がつかず、アレリラに目を向けると、どうやら彼女もこちらを見ていたようだ。

視線で問いかけると、微かに頷いて彼女が口を開いた。

こうした意思疎通が素早く通じるのも、アレリラと共にいるのが心地いい点だ。

「男性が得意ではないことは存じていますが、何か事情が?」

「あまり言いたくはないけれど……あなた達だけでタイア領に向かうのですものね……」

「ええ。知っておけることがあれば、他の者の口よりもお母様の口から聞いておきたいと思います」

アレリラが淡々と述べると、タリアーナ夫人は小さく息を吐いてから答えた。

「私が幼少の頃、お祖母様が流行り病で身罷ったことは知っているでしょう? その時、丁度北の国との戦争が起こっていて……お祖父様は、北征軍の助太刀に向かっていたのです」

その話は、陛下から聞いた話と符合する。

ーーー流行病だったのか。

死亡時期などは把握しているが、その時の詳しい状況まで年鑑に記されているわけではない。

ーーータイア子爵が、上下水道の整備について考え始めたのも、その頃なのかもしれんな。

病が不衛生な環境から広がるのは、その当時から徐々に周知されて来たことだ。

妻を失ったことが、行動の一因になったことは想像に難くない。

イースティリアがタイア子爵の行動の理由について納得していると、タリアーナ夫人は、さらにこう言葉を重ねた。

「その隙を突いて……暴漢が、屋敷に侵入して来たのです」