軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

32.生誕祭を巡る思惑

「レ、レティーシア様、大変です!!」

駆け込んできたのは、若手の料理人の一人だ。

今日は非番だったはずで、服装もシンプルなベージュ色の私服の上下だ。

料理人は厨房に駆け込んでくると、シフォンケーキを見て固まっていた。

「っ……!! やっぱりっ………!!」

「どうしたのですか? そんなに慌てて?」

「俺、見たんです!! 今日、ナタリー様が開かれた大規模なお茶会で、そこで―――――」

「失礼します、レティーシア様。お客様がいらっしゃっております」

執事のボーガンさんが厨房へと入ってきた。

急用とはどうも、連れ立ってやってくるらしい。

心優しく有能なボーガンさんは、主である私の料理趣味を尊重してくれている。

普段、ちょっとした用事ならば、厨房にまで呼びにはこず、待っていてくれるのだ。

そんな彼がわざわざ来たということは、急を要する要件に違いなかった。

厨房を出て、申し訳なさそうに犬耳を伏せるボーガンさんに事情を聞こうとしたところ、

「あら、レティーシア様はこちらにいらっしゃったのですか?」

「………ディアーズさん」

ディアーズさん、そして彼女と陣営を同じくするギラン料理長が待ち構えていた。

こちらの姿を認識したディアーズさんが、小ばかにするように唇を歪めた。

「レティーシア様、仮にも王妃ともあろうお方が、そのようなはしたない格好をなさるのはどうかと思いますわよ?」

今の私の格好は、料理のために髪を結い上げ、簡素なエプロンドレス姿だ。

確かに王妃として人前に出ていい姿ではないだろうけど、アポなし突撃してきた相手になじられる筋合いはなかった。

「はしたなくてごめんあそばせ。でも、非礼な相手を出迎えるには、この程度の服装でも十分ではないかしら? 私まだ、急な訪問を受け入れたつもりも、非礼を詫びられた覚えも無いのですが?」

「詫びる? むしろ私どもは、あなたに感謝されるべきだと思いますわよ?」

「あら、どういうことでしょうか?」

「その理由は、これを見ていただければわかるかと思います」

ギラン料理長が、手に持っていた盆の覆いをとった。

「シフォンケーキ⁉」

見覚えのある卵色のケーキ。

やや表面が毛羽立ち粗かったが、ドーナッツ型のそれはシフォンケーキにそっくりだった。

「っ!! レティーシア様!! そいつです!!ナタリー様のお茶会で今日、それが提供されていたんです!!」

背後から、若手料理人が駆け寄ってきた。

「レティーシア様とジルバートさんのシフォンケーキを真似して盗んだんですよ!!」

「盗む? 何を人聞きの悪いことを言っているのですか?」

「はぁっ⁉ ふざけないで―――――――レティーシア様⁉」

叫びたてる若手料理人を手で制止し、代わりに前へと一歩出た。

怒鳴りたい気持ちはこちらも同じだが、彼は平民だ。

貴族であるディアーズさんに無暗にたてつけば、罰せられる恐れがあった。

「どういうことか、私にもお聞かせ願えますか? そこのケーキは、私たちが作成していたケーキとそっくり同じに見えるのですけど?」

「言いがかりです。ただの偶然にすぎませんわ」

「偶然の一言で、押し通せるとお思いですか?」

「心外ですね。むしろ真似したのは、そちらではないのですか? 先ほどだって、そこの料理人が、一方的にこちらを盗人扱いして騒ぎ立てようとしたのです。そんな常識知らずの料理人はさっさと解雇すべきだと、わざわざ忠告するためにこちらにやってきたのですよ?」

「あら、それは残念ですね。私はこの忠義ものの料理人を、解雇するつもりは全くありませんもの」

きっぱりと言い切ると、ギラン料理長へと視線を移した。

「あなた、仮にも料理人の端くれでしょう? 他人のレシピを盗みとるなんて、恥という言葉を知らないのですか?」

「なんのことですか? もしかしてそれは、罪人は自らの罪を他人に投影しているということでしょうか?」

「………こちらがそちらのレシピを盗んだと、まさかそう言いたいのですか?」

「違うのですか? この離宮の料理長ジルバートは、以前こちらの厨房を首になった人間です。その腹いせに、こちらからレシピを盗もうとしたんじゃないでしょうか?」

「…………あなた、最低ね」

遠慮なく軽蔑のまなざしを向ける。

ギラン料理長、獣人への嫌がらせを起原とする料理を嬉々として作るあたり、尊敬できない人間だとは感じていた。

だがまさか、堂々と料理を盗作するとは、料理人としても人としても最低としか言えなかった。

ここのところ穏やかな離宮暮らしが続いていたから、他人にこんなにも嫌悪感を覚えたのは久しぶりだ。

そして更に腹立たしいのは、ギラン料理長の言葉が対外的には一定の説得力があることだった。

ジルバートさんを直接知らない人間からすると、元職場を首になった腹いせに盗作を行ったというギラン料理長の主張は、それなりに信ぴょう性のあるものになるのだ。

加えてなお状況が悪いことに、私はここのところ、ずっと離宮にこもっていたのだ。

こちらこそが先にシフォンケーキを作っていたと、身内である離宮の関係者以外で証明できる人間がいないのが痛い。

「…………ナタリー様が今日、縁者や知人のご婦人を招いたお茶会をするとは聞いていました。その場でシフォンンケーキをお披露目することで、権利を主張するつもりなのですね?」

「自分たちの作った新作ケーキをご客人に楽しんでもらうのは、当然のことでしょう? 今日のお茶会は慈善の一環として、通りがかった下々の者にもケーキの一切れを提供しています。何十人もの人間が、新作ケーキの発案者が私どもであると、証言してくれるはずですわ」

慈善事業の一環とは、ふざけたことを言ってくれている。

どうせ、より多くの人間にシフォンケーキを目にさせるのが目的だ。

そのおかげで、この離宮の若手料理人が、ケーキの盗作に気づき知らせようとしてくれたのだ。

「…………シフォンケーキの発案者、ですか。でも目的は、それだけではないのでしょう?5日後の陛下の生誕祝いに、あなたたちはシフォンケーキを提出するつもりでしょう?」

「えぇ、そのつもりです。私たちこそが、シフォンケーキを作り出したのですもの。どうやらそちらも、何故かこちらのケーキとそっくりのケーキを開発していたようですけど、生誕祭に提出なさるのはやめた方がいいと忠告いたしますわよ? 多くの人間の目の前で、盗作を断罪されるのはお嫌でしょう?」

親切めかしていうと、ディアーズさんは踵を返した。

「それではこちらも生誕祭に向け忙しいので、お暇させてもらいますね。あと五日間、その短期間で、そちらがどれだけ素晴らしい捧げものを用意できるか、楽しみにさせてもらいますわ」

………それが狙いか。

生誕祭に提出する品は、その人間の格付けの一環になるのだ。

ただでさえ新参者の私が、まともな品を用意できなければ侮られ、軽んじられることになる。

私は以前、ディアーズ様擁するナタリー様の陣営につくことを断っていった。

味方にならないならば、すなわち敵であると。

こちらがこの国での地盤を固める前に、弱体化させようという腹積もりのようだった。

「ふん、ジルバートなんかを重用しているから、こんなことになるんですよ。あいつは知ったかぶりで、目障りな奴でした。ナタリー様の離宮を追い出された時に料理人をやめていればよかったのに、身の程を知らないんでしょうね」

不愉快な声。毎度一言多いギラン料理長だ。

ジルバートさんへの敵意を隠そうともしていないその様子。

仮にも料理人である彼が、なぜケーキの盗作に加担したか少し疑問だったけれど。

「あなた、ジルバートさんに嫉妬していたのね?」

「はい? いきなり何を言い出すんですか?」

「料理の腕でジルバートさんに勝てないから、告げ口をしてナタリー様の離宮から追い出した。なのに彼が、私の元で重用されているのを知って、悔しくなったんでしょうね。ジルバートさんの功績を横取りするために、盗作に手を染めたんじゃないかしら?」

「…………っ!! ふざけたことを言わないでください!!」

ギラン料理長の顔が赤黒くなる。図星のようだった。

「私も帰らさせていただきます!!」

逃げる様に去っていくギラン料理長。

彼が去った後には、忘れられたシフォンケーキもどきが置き去りにされていた。

「レティーシア様、どうしましょう………?」

呆然とジルバートさんが呟いた。

いつも顔色の悪い彼だが、今はまるで幽霊のように真っ青だ。

「私の存在のせいでシフォンケーキを盗作されてしまい、お詫びのしようもありません………」

「ジルバートさんは何も悪くありません。ギラン料理長たちが、ただただ卑劣なだけです」

「ですが…………」

「まずは、置き去りにされたこのシフォンケーキもどきの味を確かめませんか? 対策を練るのは、それからにいたしましょう」

さすがに、このケーキに毒を仕込むほど、馬鹿な真似はしないはずだ。

ギラン料理長は許せないが、ケーキ自体に罪はない。

腹立ちを紛らわせるように配膳を手配させ、ケーキの味を確認する。

「おいし………くはないけど、まずいというほどでもありませんね」

「………同感です」

ジルバートさんと意見が一致したようだった。

味自体は悪くないのだけど、シフォンケーキの命のふわふわとした食感がいまいちだ。

しっとり感も足りず、少しパサついた感触だった。

前世の小学生の時に作った、生地に油を入れ忘れたシフォンケーキの失敗作が近い気がする。

「味も食感も、レティーシア様と私たちのシフォンケーキの方が上に感じられますが…………」

「問題は、先にあちらが公表してしまったことですね………」

ため息をつく。

ジルバートさんの指摘を受け入れたシフォンケーキや、前世の美味しいシフォンケーキを知る私からすると、ギラン料理長の作ったこれは失敗作だ。

だがそれでも、この世界の基準でいえば、十分斬新な食感と形をしているのだ。

味という、個人差のある感覚のみが根拠では、盗作の証明には不足かもしれなかった。

「泣き寝入りしたくはありませんが……。先手を打たれている以上、勝てるかは正直怪しいですね」

だからこそ向こうも、やたら強気だったのだ。

負けるのは論外。引き分けでも私としては許容範囲外。

盗作を告発し争うなら、勝利を確信できる手札が無ければいけなかった。

私は2年でこの国を去る予定だけど、その後もジルバートさん達の人生は続いていくのだ。

ナタリー様の離宮を首になり、更には盗作疑惑までかけられたジルバートさん達が、料理人として働き続けるのは難しくなるはずだった。

「レティーシア様、こちらのことを思いやってくださって悩んでおられるなら、その配慮はいりません。どうかお心のまま、ギラン料理長の罪を告発されてください」

「いいえ、そういうわけにもいきませんわ。勝利できなければ、私の王妃としての看板にも泥を塗られてしまいます。そんな危険を冒すくらいなら、残念ですがシフォンケーキについては諦めるつもりです。陛下の生誕祭には、私が祖国から携えてきた、織物を提出したいと思います」

もともと、シフォンケーキの改良が間に合わなかった場合に備えた品は用意してあった。

だがやはり、シフォンケーキに比べインパクトが弱いし、何よりジルバートさんと作り上げたシフォンケーキの功績を横取りされ利用されるのは許せなかった。

どうするべきかと悩んでいると、周囲を囲む料理人たちの暗い顔が目に入る。

……………この空気はいけない。

この重苦しくも刺々しい雰囲気は、盗作が発覚したからだけではなかった。

―――――――――――裏切り者。

シフォンケーキの作り方を、ギラン料理長に教えた者がいるのだ。

そしてその下手人として可能性が高いのが、料理人たちの誰かなのだった。

「みなさん、今はお互いを疑うのはやめましょう。誰か外部の人間が、盗み見を行っていた可能性もあります。この離宮の近辺で狼を散歩させているエドガーが何か見ていないかどうか、確認してきたいと思います。もうすぐ夕食の準備が始まる時間ですから、みなさまは厨房にお戻りください」

私の一言に、どこかほっとした空気が漂う。

料理人たちだって、仲間の中に裏切り者がいるとは疑いたくないはずだ。

外部犯の可能性を指摘され、今やるべき仕事を与えられ、気が楽になったようだった。

ちょうど都合がいいことに、もう少しするとエドガーたちが散歩にやってくる時間だ。

離宮の外に出、前庭の木陰に座り込み、思考を整理していくことにした。

陛下の生誕祭にシフォンケーキを出すべきかどうか。

どうすれば盗作を証明できるのか。

レシピを盗んだ人間はどこにいるのか――――――――――

「ぐぁうっ‼」

「きゃっ⁉」

至近距離から響く、不機嫌な狼の唸り声。

『こちらの存在を無視するんじゃない』

と不満げな様子で、ぐー様が鼻先に皺を寄せ座りこんでいた。