作品タイトル不明
140.二度目です
どうやら行く手では、天馬がトラブルを起こしているらしかった。
天馬とは幻獣の一種であり、姿かたちはわかりやすく翼の生えた馬。
前世の伝説の動物、ペガサスとそっくりの外見をしている。
大きさは普通の馬と同程度かやや大きく、人を乗せ飛行することが可能だ。
希少な幻獣であり、この大陸で人を騎乗させることができる天馬を飼っているのは、ウィルダム翼皇国ただ一つ。
天馬はかの国の誇りであり、国名に「翼」と入っているくらいだ。
そんな天馬が、王都の町中にいて、しかも何やらトラブルになっている。
嫌な予感を覚え、私は馬車を降り様子を見に行くことにした。
前に進むにつれ増える野次馬を、ルシアンが器用にさばき進路を確保してくれる。
やがて野次馬の前方にぽっかりと空間が空き、天馬を携えた橙色の髪の男がいるのが見えてきた。
あの青を基調にした軍服は、やはりウィルダム翼皇国のものだ。
翼皇国の軍人は栗毛の天馬を連れ、数名の獣人男性と相対している。
「おいきさま、どういうつもりだ⁉ なんてことをしてくれたんだよ‼」
叫んだ獣人男性は軍人が逃げられないよう、仲間に進路を塞がせている。
軍人は唇を歪めると、相手を蔑むように口を開いた。
「悪いのは全てそちだらろう? 躾けのなっていない駄犬の自業自得だ」
「なんだとっ⁉」
ヒートアップしていく獣人男性。
彼らの言い合いと、野次馬の囁きを合わせると、事情がぼんやりと見えてきた。
どうやら軍人は、大通りに面する店を訪ねるため、天馬を歩かせやってきたようだ。
その天馬へ、獣人男性が連れていた小型犬が吠え掛かったらしい。
天馬は、この辺りでは滅多に見かけない幻獣だ。
小型犬が警戒し吠えるのも、ある程度は仕方のないことだった。
が、軍人は許容できなかったらしい。
きゃんきゃんと煩い小型犬を黙らせるため、天馬を羽ばたかせ飛ばせ、頭上から見下ろし翼で風を叩きつけたのだという。
驚き怯えた小型犬が黙り込み諍いは終了、とはならず運が悪いことに、小型犬をつないでいたリードがちぎれてしまったのだ。
天馬を怖がり、小型犬は勢いよく逃走。
残された獣人男性が、軍人へと怒りを爆発させているようだ。
「おまえがあんな馬鹿なことをしたせいで、あいつは逃げちまったんだぞ?」
「恨むならあの駄犬のことを恨め。先に吠え掛かってきたのはあちらだ」
「手ぇ出したのはそっちが先だろうが‼」
「手? あぁ、翼のことか。頭だけではなく目まで悪かったんだな」
「悪いのはおまえの方だっ‼」
怒鳴る獣人男性を、獣人の野次馬達がそうだそうだぞと支持する。
王都に住まう獣人は犬牙族が多かった。
伴獣たる犬を愛する彼らの大部分は、異国の人間であり犬を蔑ろにした軍人を責めているようだ。
「どっちもどっち、だと思いますがね」
ルシアンがこぼした呟きに同意だった。
軍人の対応も良くないが、小型犬の躾けの責任は飼い主にあるし、リードがちぎれてしまったのは手入れを怠ったからかもしれない。
どちらを応援することもできず、ハラハラしながら事態を見守る。
ウィルダム翼皇国の軍人とこの国の住人の間での諍いが大きくなれば、最悪外交問題にまで発展がありうる。
いっそ身分を明かし、この場を仲裁しようかと思ったところで、
「王妃様、やめときな」
するりと耳に飛び込む艶やかな呟き。
背後を振り返ると長身の青年がいた。
上品に淹れた紅茶を思わせる、ゆるく癖のある赤味がかった茶色の髪。
垂れた目じりが甘い緑色の瞳を細め、レナードさんが私の背後に立っていた。
ルシアンも接近に気づかなかったのか、瞳をかすかに見開いている。
「レナードさん、なぜここに……?」
「吟遊詩人は、人々の声ある所に呼び寄せられるものさ。たとえそれが、聞くに堪えない怒声だったとしても、な」
歌うように語っているが、ようするところは野次馬のようだ。
ぱちりと片目を閉じ、こちらへとウィンクを飛ばしてくるレナードさん。
キザな仕草が様になる美しい男性だった。
「でも、おかげでこうして、美しい君に出会えたんだ。よかったらどうだい、この後一曲、俺の歌を聞いていかないかい?」
「今日は遠慮しておきます」
以前、王城を出てお忍びでいっちゃんを探していた時、ごろつきから助けてくれたレナードさん。
目敏く私の変装を見抜いており、その後何度か離宮を訪問しリュートの弾き語りを披露していた。
しかし今は、レナードさんの歌を聞いている場合ではない。
野次馬の視線の向かう先、騒動の中心では、いよいよ言い争いが激しくなっている。
口喧嘩だけでなく、暴力沙汰に発展してしまいそうだ。
怪我人が出るのはまずい。歯止めが利かなくなるし、死人まで出てしまうかもしれない。
こちらを思い、引きとどめてくれたレナードさんには悪いけど、無視することはできなかった。
「おいこの軍人野郎! 俺の話を聞いてんのか⁉」
「馬鹿とは会話が通じないな。これだから、地を這うしか能のない奴らは嫌なんだ。これ以上、おまえ達と会話したところで時間の無駄だな」
ルシアンが野次馬をかきわけ作った道を進む。
軍人が手綱を引き、天馬が羽ばたきを始めた。
巻きあがる風に野次馬達が騒然とし、獣人男性が軍人に掴みかかろうとして、
「うおおっ⁉」
「ひひんっ⁉」
ばっしゃん、という音と共に。
突如虚空から石畳へと降り注いだ大量の水に、人々は驚き天馬はいなないた。
魔術を発動し終えた私は、一歩二歩と前に出る。
自然と、まだ前にいた野次馬たちが体を引き道ができる。
かつかつと石畳を鳴らし、私は騒ぎの中心へ足を進めた。
「二人とも、そして天馬も、どうか落ち着いてください」
しんと静まり返った場に私の声が響く。
お見合いでの庭師猫達のキャットファイト阻止に続き、この短期間で二度も、喧嘩の仲裁役になるなんてね。
お見合いの時のように、水を魔術で出し驚かせ、強制的にこちらの言葉を聞かせることにしたのだ。
その後がめんどくさいけど仕方ない。
私は覚悟を決めると、当事者の二人へと語りかけた。
「熱くなるのもわかりますが、まずやるべきことがあるはずです。そちらの獣人の男性は、逃げた愛犬を探すのが先ではないでしょうか?」
「お、おぅ……。それなら、逃げたとこを見てた奴が、探しに行ってくれてるぞ」
歯切れ悪く答える獣人男性。
「そうでしたか。ですがやがはり、飼い主であるあなたも捜索に加わった方がいいと思います。愛犬の性格や逃げ込みそうな場所を知るあなたがいた方が、捜索は速やかに進むはずです」
「……あ、あぁ。そうさせてもらおう」
獣人男性はぎこちなく頷いた。
これ以上、この場で軍人と争っても、めんどうなことになると理解できたのかもしれない。
愛犬を探し始めた獣人男性に、軍人が鼻を鳴らした。
「はっ。ちょっと小娘に叱られたぐらいで、尻尾を巻いて逃げ出すんだな」
「なんだとっ⁉」
軍人の挑発に乗せられ、再び険悪になる二人。
あぁ、もう。
なんでそんな血の気が多いのよ。
一回の制止で冷静になってくれただけ、庭師猫の方がずっと賢いかもしれない。
ため息をつきたい気分をこらえ、軍人へと視線を向けた。
「言い争いを蒸し返さないでください。これ以上喧嘩を長引かせては、あなたにも利益は無いはずです」
「長引かせる? あんな腰抜けの獣まじりの一匹や二匹、すぐ片付くに決まってるだろう」
「獣混じり、という呼び方はやめてください」
それは獣人への蔑称だ。
案の定というべきか、獣人の野次馬たちが拳を握り軍人を睨みつけている。
「おぉ怖い怖い。すぐに暴力に出る、野蛮な獣混じりどもめ。わかるだろう? このままじゃ俺は袋叩きだ。正当防衛をさせてもらおう!」
自ら敵対感情を煽っておいて、わざとらしくのたまう軍人。
手綱を引き、天馬にまたがっている。
あそこまで言っておいて逃げるとは思えないし、上空から攻撃を仕掛けようとしているのかもしれない。
「……ごめんなさいね」
まずは謝っておく。
軍人の命令を従順に聞くしかない、天馬に対してのものだ。
謝り、そして私は素早く呪文を唱えた。
『―――無形の腕よ!』
天から地へと吹き付ける強風。
風に翼と馬体を押さえつけられ、天馬が慌てて石畳へと着陸する。
「貴様何をするんだ⁉」
馬上から叫ぶ軍人。
今にも切りかかってきそうだ。
私を守るため前に出ようとするルシアンを制し、軍人を見上げ口を開く。
「あなたがたを守るため、魔術を使わせてもらいました」
「ふざけるな‼ どう考えても今のは、俺と天馬が飛ぶのを妨害してだだろう⁉」
「そうです。飛び立たないようしていました」
「やっぱり嫌がらせだろうが!」
「違います。あなたもご存じのはずでしょう?」
冷静になればわかるはずだ。
淡々と、私は事実を突きつけていった。
「『翼ある幻獣に乗る者、もしくはなんらかの飛行能力を有する者は、その地の支配者の許可なく、街中で飛行を行ってはいけない』」
この国ではそう定められているし、他の多くの国にも似たような法律があった。
この世界で空を飛べる人間、ないしは獣人は希少な存在だ。
空を飛ばれてしまえば、地上からは容易に手出しできなくなってしまう。
だからこそ、飛行能力を有する者が好き勝手にしないよう、様々な決まりが設けられているのだ。
「天馬を駆る騎士であれば皆知っている、ごく初歩的な規則のはずです。当然、あなたもご存知でしょう? あなたは今日この王都内で天馬を飛ばしていいと、許可を貰っているのですか?」
「っ……。それはっ……」
言いよどむ軍人。
やはり許可は下りていないようだ。
もうじきに、王都にはウィルダム翼皇国の使者が訪れる予定になっている。
が、まだ到着したという話は聞かないし、陛下も王都での飛行許可は出していないはずだ。
目の前の軍人はたぶん、使者の本隊に先んじて王都の様子を見に来た天馬騎士といったところかな?
先ぶれがトラブルを起こしていては、元も子も無いと思うけどね。
「この場でこれ以上、天馬を本格的に飛ばそうとすれば、あなたには相応の罰が下るはずです。だから私は、飛び立つのを止めようと魔術を使ったんです」
「ぐっ……、このっ……!」
形勢の不利を悟り、黙り込んだ軍人だったけど。
何ごとか思いついたのか、にぃと唇を歪めた。
「はっ! やはり小娘は馬鹿だな!天馬騎士が身を守るため、正当防衛のための飛行であれば、罪に問われないのを知らないんだな!」
「知っています」
「知ったかぶりだ! 知らなかったからこそ、浅知恵で俺を脅そうとしたんだろう?」
「事実を告げたまでです。あれのどこが正当防衛だったと言うのですか? 自分から獣人達を罵っておいて、あなたの主張は通じません。目撃者だって、この通りたくさんいますよ」
私が水を向けると、野次馬達が頷きを返してくれる。
非難のまなざしで、軍人を睨みつけていた。
「っ……! 獣混じりと、地を這うしかない人間どもが騒いだところで、それがどうしたと言うんだ?」
語調強く叫びつつも、軍人の顔には焦りが滲んできている。
「警備兵だ! 警備兵がこっちへ向かってるぞ!」
野次馬の誰かの叫びに、軍人はびくりと身を震わせた。
これ以上この場に留まり、警備兵につかまってはマズイと気が付いたらしい。
「くそっ……! そこの小娘、顔は覚えたからな⁉ せいぜい覚悟していろよ‼」
小物丸出しの捨て台詞を残し、天馬を走らせ逃げていく軍人。
進路にいた野次馬達が、悪態をつき道を空けていった。
「お嬢様、どういたします? あの天馬騎士を捕え、警備兵に突き出しましょうか?」
「そこまではやめておきましょう」
軍人が警備兵に捕らえられたら、いよいよ大事になり外交問題になるかもしれない。
そもそも騒動の発端からして、軍人だけが悪いわけでも無かったし、このまま有耶無耶にした方が賢明に思えた。
軍人の方だって、自らの失態を吹聴し蒸し返すことは無い……はずだと願いたい。
「お騒がせしました」
野次馬達に一礼すると、私は足早にその場を離れた。
追いかけてくる人間がいてもまけるよう、わき道に入り歩いていく。
いくつか角を曲がったところで、道沿いの屋根の上からいっちゃんが降りててきた。
「にゃにゃっ!」
けんかの仲裁ご苦労様でした、と言うように鳴くいっちゃん。
野次馬にもみくちゃにされるのを嫌って、屋根の上から眺めていたようだ
「庭師猫の喧嘩の仲裁より疲れたわ」
私は苦笑しつつ、ちらりと周囲へ視線を走らせた。
「レナードさんの方は、いなくなっているわね」
紅茶色の頭は、近くには見当たらなかった。
レナードさんが私に話しかけているところを、野次馬の数人は見ていたはずだ。
仲裁役として名乗り出た私の知り合いと野次馬達に見なされ、騒動に巻き込まれるのを嫌ったのかもしれない。
「どうやらお嬢様が仲裁役を買って出た後すぐ、あの場から離れていったようです」
ルシアンに耳打ちする、平民の服を着た男性。
私のお忍びに付けられた護衛兵の一人で、正体を隠し見守ってくれていたのだ。
彼らは優秀で、今も私の動きを追いつつ、周りに人の少ないところで馬車に合流し乗りこめるよう、御者と連携し馬を走らせてくれている。
「……わかったわ。ありがとう。早めに王城に戻りましょう」
気になることはあるが、他にやるべきことがある。
私はいっちゃんと共に、馬車へと合流し乗り込んだのだった。