作品タイトル不明
134.陛下の子供時代について
ぐー様の正体を知って以来初めて、陛下とじっくりとお話しすることになった私。
陛下は自らのことを、王家の祖である聖なる獣への先祖返りだと言った。
先祖返り。
私はそっと、心の中で繰り返した。
隔世遺伝のようなものなのだろうか?
それを言い出すと、そもそも遺伝上、狼と人間両方の特徴を備えた子供は生まれるのか?
という根本的な疑問が湧いてくるわけだけど……。
この世界には獣人がいるし、魔力という不思議な力もあった。
現にこうして今、狼と人間の二つの姿を持つ陛下がいるのだから、血脈は続いているようだ。
「……陛下は昔から、ぐー様の姿に自由に変化することができたのですか? 幼い頃、陛下は病弱でしたのですよね?」
目の前の、堂々たる佇まいからは信じられない程に。
幼少期の陛下は体が弱く、あまり表には出てこられなかったらしい。
もしかしたらそれも、何か先祖返りの影響なのかもしれない。
「体が弱かったのは本当だ。体調が崩れると、ちょっとしたはずみで、狼の姿に変化してしまい困っていた。そんな状態で、迂闊に外に出ることは出来ないだろう?」
「人間が狼の姿に変わったら、びっくりされてしまいますものね」
「だからこそ療養のためにも、部屋に閉じこもり寝台の住人になることが多かった。あの頃の私にとっては子供部屋の中だけが、生活のほぼ全てと言って過言ではなかったからな」
陛下の子供時代は、自由とは程遠かったようだ。
遊びたい盛りに気の毒に、と思いかけたところで。
碧の瞳が過去を懐かしむような、柔らかな色をしているのに気が付く。
「陛下の幼少期は、温かな思い出に彩られているのですね」
「……あぁ」
少しの沈黙の後、陛下が肯定を返した。
陛下が、どんな子供時代を送っていたのか気になって。
もっと陛下のことを知りたい、と。
そんな思いがいつの間にか、私の中で強くなっているのを感じた。
「陛下はどのような子供だったのですか?」
「……いわゆる子供らしい、活発な性格ではなかったはずだ。体が弱く、様々な制限の多い生活だったが……。悪いことばかりではなかったと、今でもそう思っている」
「どなたか、寄り添ってくださる方がいたんですね」
陛下は厳格で一見近寄りがたいけど、優しいところもあるお方だった。
きっと誰か心優しい人が、陛下のお心を育んでくれたのだ。
「兄上だ」
愛しさと、そして切なさが。
ない交ぜになった光が、一瞬陛下の瞳によぎった。
「5つ年上のレオナルド兄上が、よく私の元へ訪ねてきてくれた。兄上は大変優秀で、慈しみにあふれた方だった」
レオナルド殿下。
先代国王の第一王子であり、今はもう故人だった。
「私が勉学に行き詰まっていればわかりやすく教えてくれ、王城で起こった出来事を、面白おかしく語り聞かせてくれたものだ。時には木剣を持ち込み、習いたての剣術を披露してくれたりして、幼い私は目を輝かせていたな」
追想を語る陛下がふ、と、笑みと吐息の中間を吐き出した。
つられるように、私も想像していた。
私の腰あたりの背丈しかない陛下が、胸を弾ませ笑顔を浮かべるところを。
愛らしくて、自然と笑みがこぼれた。
「ふふ、レオナルド殿下は、とても良い兄上だったのですね。誇らしく思う陛下のお気持ちが、こちらにも伝わってきますわ」
「……私はそんなに、わかりやすかったか?」
「私も五歳年上の兄、クロードお兄様によく構ってもらっていましたから、兄上を自慢に思うお心はよくわかりますわ」
クロードお兄様、懐かしいなぁ。
めんどくさがりでマイペースな性格だけど、私のことは可愛がり面倒を見てくれていた。
お兄さんっ子という共通点を見つけ、陛下をぐっと身近に感じる。
ほっこりしていると、陛下が静かにこちらの様子をうかがっていた。
「おまえは、私の兄上への思慕を否定しないのだな。兄上がなぜ亡くなったか、知らないわけではないだろう?」
「えぇ、知っております」
母親である第一王妃と、グレンリード陛下の母親の第三王妃と共に、運悪く崖崩れに巻き込まれ死亡。
……というのは表向きの発表だ。
第一王妃とレオナルド殿下が第二王妃の暗殺をもくろんだ結果、もろとも落命してしまった。
それがおおよその、政治関係者の見方だった。
「真実がどうであったのか、その時のレオナルド殿下が何を考えていらしたのかは私にはわかりませんが……。陛下が今でもレオナルド殿下のことを、慕っているのはよくわかりました。その思いは、とても尊いものだと思いますもの」
王族というのは、兄弟仲がこじれやすいものだけど。
だからこそ一時期でも心を通わせられ、レオナルド殿下との交流が今の陛下の優しさの礎になっているのなら、私は否定したくなかった。
「……母上の仇であろう兄上を憎めない私を、おまえは咎めないのか?」
「無理に憎む必要は無いと思いますので」
一歩踏み込むような陛下の質問に、私は率直な思いを答えた。
血統を重んじる王侯貴族の風潮からしたら、非常識な答えになるだろうけど。
母親のことは無条件に慕うべし、とは私には思えなかったのだ。
王族には珍しくないことだが、陛下の母上はあまり子育てには関わらなかったと聞いている。
つい今しがた、幼少期を語る陛下の口からも、母上に関する言葉は一つもなかった。
陛下が薄情なのではなく、親子としての情を育むだけの触れ合いがなかったのだ。
疎遠な母上より、足しげく陛下の元に通ってくれた、レオナルド殿下の方を慕うのも自然だった。
「陛下は国王として注目を集める身ですから、あまり大っぴらにすると面倒事を引き寄せそうですが……。陛下はこの場で、私だからこそ仰ってくれたんですよね? でしたら何も、問題などないと思いますわ。私、こう見えても口は堅い方ですから」
少しおどけるように、肩をすくめて見せる。
この場にいるのは私と陛下だけだ。
陛下にも肩の力を抜いて、少しでも楽に過ごしてほしいな、なんて思ったところで、
「そうか。おまえだからこそ、私は兄上の話をしていたのか……」
ぽつりとこぼされた、陛下の呟きを耳が拾った。
こちらを見る碧の瞳と視線を合わすうち、じわじわと頬が熱くなってくる。
あぁぁあ、恥ずかしい………。
私、陛下に馴れ馴れしすぎじゃない?
『私だからこそ仰ってくれなんですね』、なんて。
冷静になると自意識過剰すぎだ。
ぐー様の前で私は、色々と心の内を語っていた。
ついついそのノリで、ぐー様である陛下のお心を私にも話してもらえたら、なんて思ってしまったようだ。
完全に距離感がバグッてしまっていて気まずい。
笑顔が引きつらないようしていると、陛下が瞳を細めた。
「私だけではなく、おまえも存外、焦りや内心がわかりやすいな」
偉そうな、それでいてどこか親しみのある言葉。
ぐー様だ。
陛下に重なるようにして、鼻を鳴らすぐー様の仕草を私は幻視した。
「陛下は、ぐー様にそっくりですね……」