作品タイトル不明
135.ぐー様と姿が重なります
「陛下は、ぐー様にそっくりですね……」
「同じ存在であるから、当たり前だろう」
「……えぇ、ふふ、そうですわね」
私はくすりと笑った。
強張った体がほぐれていくようだ。
陛下がぐー様であると知ってしまい、私は距離感を掴み損ねていた。
けれど、そう。
そこまで難しく考えなくてもいいのかもしれない。
ぐー様はいつだって、さりげなくこちらを気遣ってくれていた。
陛下もそれは同じだ。目の前にある姿が銀狼から人間へ変わろうと、本質は変わらないということ。
麗しく整った陛下のお顔と、もふもふとしたぐー様の顔。
二つがぴったりと重なり、愛おしさが満ちてきた。
「おまえ、なぜそのように笑っているのだ?」
「陛下がぐー様でよかったな、と思ったんです」
零れ落ちたのは、自分でも少し意外な言葉だ。
そして私は自覚する。
ぐー様の正体を知って混乱し、ぐー様の前での振る舞いを思い出し恥ずかしくなってしまったけれど。
それだけではなくて、私は嬉しくもあったようだ。
ぐー様が陛下であるなら、これからもきっと、良い関係を築いていけると思ったのだ。
「……やはりおまえは、変な奴だな」
どことなく呆れた様子の陛下が、半目になるぐー様の姿と重なって。
ツボに入ってしまい、私はくすくすと笑い続けた。
「ふふ、失礼いたしました。ついぐー様の時のお姿を思い出してしまって――――」
こんこん、と。
私の言葉の途中で、控えめに扉が鳴った。
預けていた料理の、毒見が終わったようだ。
「陛下、ご夕飯はまだですよね? 持ってきた料理、食べていただけませんか?」
私の提案に、陛下は頷いてくれた。
その青みがかった碧の瞳がきらり、と。
料理を求める時のぐー様と同じように光ったのを、私は見た気がしたのだった。
◇ ◇ ◇
――――レティーシアが王城へとやってくる少し前。
グレンリードは一人、眉間へと皺を寄せていた。
(レティーシアがやってきたら、私はどう振る舞うべきだ?)
むぅ、と。
グレンリードは悩み考え込んでしまう。
以前までであれば、国王らしく堂々と訪れを待っていればそれで良かった。
しかし今や、レティーシアにはぐー様であることを知られてしまっている。
顔を合わせるのが気まずかったが、同時に彼女に会えることに喜んでいる自分も確かにいる。
(……うろたえ無様な姿は見せたくないな)
考えた結果、グレンリードはいつも国王として会っていた時と同じ調子で、レティーシアを出迎えることにした。
玉座にしっかりと腰かけ、開かれていく扉を見やる。
「……!」
ふわり、と。
開かれた扉から漂ってくる嗅ぎなれた香りと。
こちらを見つめる紫水晶の瞳に、鼓動が一つ高鳴った。
久しぶりに見たレティーシアの姿は、何より鮮やかにグレンリードの瞳に映った。
(……銀狼の姿の時であれば、こちらから近くへと行くことができるのにな)
今は玉座で待つことしかできずもどかしい、と。
つい考えてしまった自分に、グレンリードは少し驚いた。
これではまるで、自分で思っているよりずっと。
(レティーシアの訪れを、私は待ち望んでいたのか……?)
心の揺れを感じつつも、グレンリードは無表情を崩さなかった。
何年もの間、国王として自制し振る舞っていたおかげだ。
優雅に一礼するレティーシアに声をかけ、人払いをする。
メルヴィンや護衛、そしてレティーシアの伴ってきた従者ルシアンには、部屋のすぐ外で待機させておく手はずだ。
先祖返りについては王家の機密であり、余人には聞かせられない話である。
そのための人払いだが、部屋を出ていく寸前の、ルシアンの視線が突き刺さる。
従者としての完璧な振る舞いは保ったまま、けれど確かに、鋭い瞳をグレンリードへと一瞬見せていた。
(あいつには、ずいぶんと警戒されているようだな)
ルシアンにはぐー様の正体を知られた時に、非難するような眼差しを向けられている。
ぐー様の秘密を隠していた以上、当然とも言える反応だった。
(そう、警戒するのが当たり前の反応のはずなのだが……)
レティーシアには不思議と、そのような様子は見られなかった。
それなりに気を張って張いるらしいのは、鼻に届く匂いでわかった。
が、それだけで、会話していくうちにその緊張感も和らいでいったようだ。
淑女らしい優雅な微笑に、ぐー様の前で見せる明るく気さくな表情が時折混じっていて。
だからこそグレンリードも、普段滅多に口にしない、兄レオナルドへの思い出をつい語っていた。
「そうか。おまえだからこそ、私は兄上の話をしていたのか……」
レティーシアとの会話は心地よかった。
グレンリードを恐れず、無遠慮に踏み込みすぎることもなく、陽だまりのような言葉を返してくれる。
王族としては褒められたものではない、レナルドを慕うグレンリードのことを、レティーシアは否定しなかった。
彼女の言葉に嘘は無いと、特殊な鼻を持つグレンリードにはわかっている。
(いや、違うな。レティーシアがそういう人間であると、『匂い』がなくともわかっていたはずだ)
ぐー様として、彼女の飾らない姿を見てきたグレンリードは知っている。
非の打ち所の無い礼儀作法を備えており優秀だが、レティーシアには普通の令嬢とはズレたところがあった。
今だって、グレンリードとぐー様がそっくりだと、なぜかくすくすと笑っている。
「おまえ、なぜそのように笑っているのだ?」
「陛下がぐー様でよかったな、と思ったんです」
あいかわらず、彼女の言葉に嘘の気配は無い。
向けられるのは柔らかな、ぐー様とグレンリードが同一の存在であることを、受け入れ歓迎するような微笑だ。
ほころんだ唇に、煌めく紫水晶の瞳に、束の間グレンリードは目を離せなくなった。