作品タイトル不明
116.小悪党と遭遇したようです
「いっちゃん……?」
思わぬ場所での再会に、私は足を速めた。
いっちゃんの方が、こちらへ気づいたかわからない。
私は今変装しているし、いっちゃんは何やら急いでいる様子だった。
「ここの道へ入っていったはず……!」
横道を覗き込むも、いっちゃんらしき姿は無かった。
少し先に曲がり角があるので、先へ行ってしまったのかもしれない。
曲がり角を進み細い道を辿っていき……。
しばらく探索したが、完全に見失ってしまったようだ。
「道なりに進まず、途中で建物の屋根の上に行ってしまったのかしら……?」
途方に暮れてしまった。
猫と同じく、いっちゃんもとても身軽だ。
三次元で動かれては、探し出すのは難しそうだった。
「うーん、どうしよう。大声で名前を呼べば、来てくれるかもしれないけれど……」
お忍び中の今、目立つ行動は取りにくかった。
どう動こうか迷っていると、
「お嬢ちゃん、こんなところに何の用だい?」
道の向こうから、見るからに柄の悪い獣人が近づいてくる。
いっちゃんを追いかけているうちに、あまり治安のよろしくない一角に来てしまったようだ。
気づけば後ろからも、獣人の仲間らしき男がにじり寄ってきている。
「大人しくしてた方が利口だぞ? 何も、痛い思いをさせたいわけじゃないんだ。ちょっとばかりその懐の中にあるものを、俺たちに渡してくれればいいんだよ」
前方から一人、後方から二人。
獣人たちがゆっくりと近づいてくる。
「それとも、そこの優男に助けてもらうつもりかい? そんななまっちょろい男、なんの頼りにもならねーよ」
「……このわかりやすい恐喝っぷり、いっそ懐かしい気分ですね」
ルシアンが目を細めている。
下町の孤児院で育った彼からしたら、珍しくも無い状況のようだった。
呆れたように獣人たちを見ながらも、油断なく身構えているのがわかる。
「レティーシア様、どういたしますか?」
ルシアンが囁いてくる。
相手は獣人で数が多いとはいえ、こちらのことを舐め切っている。
ふいをつけば、ルシアン一人で制圧することは十分可能。
万が一があっても、こちらには隠れてついてきている護衛もいて安心だったけれど……。
「あまり騒ぎは起こしたくないのよね……」
癪だけど、お金を渡してしまおうか?
お忍びのため、持ってきている金銭はわずかだった。
硬貨を渡し、この場をやり過ごせるならと迷いが生まれた。
「おいおい何してんだ。俺たちが怖くて動けないのか? それとも金だけじゃなくて、もっといいものをくれるってことか?」
獣人が恫喝をしてくる。
……こりゃ駄目だ。
硬貨だけじゃすまないのが明らかで、私は意識を切り替えた。
「……やられっぱなしの、泣き寝入りは性に合わないものね」
「ひっ⁉」
獣人たちへ、とびっきりの笑顔を向けてやる。
久しぶりに使う、お父様譲りの悪役な笑いだった。
これにビビって、恐喝を諦めてくれたらと願ったけれど、そう上手くもいかないようだ。
獣人がこぶしを振り上げ、ルシアンに殴りかかろうとして――――
「ぶごっ⁉」
前から来た獣人が、壁に叩きつけられていた。
ルシアンではない。
護衛の動きでもなかった。
獣人を吹き飛ばしたのは勢いよく開かれた、道に面した扉だった。
「おっと失礼、ゴミを飛ばしてしまったみたいだな」
長身の男性が、開け放たれた扉から出てきた。
獣人たちの殺気だった視線もなんのその、悠々とした足取りをしている。
「せっかく気分よくこいつを弾いていたのに、うるさくて台無しじゃないか」
男性は左手にリュートを抱えている。
出てきた建物は酒場だ。
どうやら男性は、詩人かなにかのようだ。
「いってぇなっ‼ 部外者はすっこんでろよ‼」
「君たちとそこの美しいお嬢さんは、知り合いにはとても見えないよ」
「うるさい黙っとけっ‼」
男性へ、獣人たちが殴りかかった。
危ないと叫びかけて、私は目を見開いた。
「ぐっ⁉」
「がっ⁉」
「ごあっ⁉」
三連続で響く濁った悲鳴。
あっという間に、獣人たちが叩き伏せられていた。
「行動だけじゃなく悲鳴まで汚いとか、どこまでもつまらない存在だな」
手傷の一つも追わず、男性は一人立っていた。
三人を相手にして、余裕の勝利のようだ。
「……ありがとうございました」
お礼を言いつつ、男性の全身を眺めた。
落ち着いて見ると、なかなかに綺麗な顔をしている。
年齢は二十代の半ばから後半といったところ。
緑の瞳はややたれ目で、色気を醸し出していた。
髪は上品に淹れた紅赤のような、赤味がかった茶色だ。
肩につく程の長さで、サイドに一房にビーズの飾りをつけている。
足は長くスタイルも良く、しゃれっ気のある男性のようだった。
「お礼を言われるまでも無いよ。うるさい羽虫を、黙らせただけのことだからな」
「ずいぶんとお強いんですね」
「俺は顔がいいからな」
「……はい?」
いきなり何を言い出すのだろうか?
確かに美形だけど、自分で言うとありがたみがなくなる気がする。
男性は肩をすくめ、わざとらしく笑っていた。
「男の嫉妬は醜いからね。顔で叶わないと見るや、腕力に訴えかけてくる相手が多いんだよ」
「……ご苦労されてるんですね」
「あぁ、大変だよ。でもこうして、君に出会うことができたんだから、悪いことばかりじゃないかもしれないな?」
「えっと……」
これは口説かれているのだろうか?
背後でルシアンの笑いが、冷たくなっているのだった。