作品タイトル不明
114.ぐー様はぐー様ですから
(ぐー様をどう思うか、だと……?)
レティーシアの言葉に、グレンリードは警戒心を強めた。
(私とぐー様が同一人物だと、レティーシアは気づいていないはずだが……)
まだ油断できないと、グレンリードの直感が告げていた。
「お聞かせ願いたいんです。陛下はぐ―様のことで何か、知っていることがあるんではないでしょうか?」
「…………」
グレンリードは思考を巡らせた。
ぐー様については過去レティーシアへと
『珍しい緑の瞳を持つ狼だったせいで、過去に誘拐されかけたことがある。その時の影響で気難しく、また再び誘拐される危険性があるので、狼番の狼たちとは別の場所で世話をさせている』
という説明をしたはずだ。
(……だが、レティーシアが今聞きたいのは、その説明ではないだろうな)
考えを整理しつつ、グレンリードは口を開いた。
「逆に聞かせてもらおうか。なぜあの狼のことが、おまえは気になっているのだ?」
「……ぐー様が、ただの狼に思えないことがあるからです」
「瞳の色のことか?」
「それもありますが……」
レティーシアが一度言葉を切った。
紫水晶の瞳には、グレンリードの様子を伺う光がある。
「ぐー様、ただの狼にしては賢すぎると思います。人間の言葉を、完全に理解しているんじゃないでしょうか? 一度や二度ではなく何度も、こちらの言葉や、その言葉の裏にある意図や感情までも、ぐー様は理解していましたわ」
「……………」
それはおまえの気のせいだ、と誤魔化すには。
グレンリードには残念ながら、心当たりがありすぎるのだった。
「国王として多くの人間に会っていると、時折信じられない程賢い者が現れるものだ。そのぐー様とやらも偶然、狼としては天才的な頭脳を持ち生まれてきたのだろうな」
「……本当にそれだけでしょうか?」
レティーシアの追及は止まらなかった。紫水晶の瞳が、壁のタペストリーを見上げている。
色鮮やかな糸で描かれているのは、ヴォルフヴァルト王国の祖と伝えられる、翠の瞳を持つ銀色の狼だった。
「陛下はライオルベルン王国に二年ほど前に現われた、獅子の聖獣の話を知っていますか?」
「……あぁ、知っている。噂に聞いただけだがな」
ライオルベルン王国の前王太子が企んでいた陰謀を、金の獅子を従えた令嬢と、現王太子が暴いたという話だ。
ライオルベルン王家の祖は、金の獅子の姿をした聖獣だという伝承があった。
国の危機に復活した黄金の獅子が、現王太子たちに加護を与えた……というのが、一般に出回っている噂の大筋だ。
もっとも、無邪気に噂を信じたのは子供や平民に限られている。
多くの身分ある人間はこの噂話について、前王太子の悪行から人々の目を背け、現王太子に箔をつけるための作り話だと捉えられていたが……。
「もしかしたらですが……。ライオルベルン王国では本当に、獅子の聖獣が現れたんじゃないでしょうか?」
「……もし本当だとしたら?」
「この国にも同じように、伝説上の存在とされていた、狼の聖獣がいるんじゃないかと思ったんです」
そう言い切ったレティーシアに、グレンリードは内心拍手を送った。
(よく気がついたな。突飛な推測だが、当たらずとも遠からずだからな……)
さすがに、グレンリードがぐー様に変化しているとまではわからなかったようだけど。
少ない手掛かりから、よくぞ正解に近いところまでたどり着いたものだ。
(さて、こちらはどう返すべきか……)
下手に誤魔化したところで、勘のいいレティーシアは見破るに違いない。
グレンリードは慎重に口を開いた。
「……もしもの話だが……。そのぐ―様が我が王家の祖である聖獣だとしたら、おまえはどうするつもりだ? 捕まえて利用するか、それとも怖れ遠ざけるつもりか?」
「いえ、そんなつもりはございませんわ」
グレンリードのたとえ話を、レティーシアはあっさり否定した。
「正体が何であろうと、ぐー様はぐー様だと思います。ぐー様があくまで、ただの狼のフリを続けるというのなら……ぐ―様のことを私は、今まで通りかわいがろうと思いますわ」
レティーシアの言葉に嘘は無かった。
それを理解しつつ、グレンリードは思わず呟いていた。
「……私にかわいがられた覚えは無いのだが……」
「何か仰いましたか?」
「……何でもない」
グレンリードは心の中でため息を吐き出した。
(聖獣をあくまで、ただの狼と同じように扱うとは……。器が大きいのか馬鹿なのか……)
どちらにしろレティーシアの答えは、グレンリードにとって悪いものでは無かった。
(あの離宮でぐー様としてすごす時間が、私は嫌いでは無いからな)
グレンリードとしても、そろそろその点については認めていた。
狼たちを撫でまわすレティーシアの、気の抜けたあの笑顔を見ていると、癒されるものがあると自覚している。
(幸いレティーシアも、ぐー様の正体について、確たる証拠を掴んでいるわけではないようだ。こちらから正体を明かす気が無い以上、大きな問題にはならないはずだ)
グレンリードは一人頷き、レティーシアへと口を開いた。
「ぐー様について、私が答えられることは他にない。たとえ聖獣であろうと気にしないというなら、今まで通り接してやれば十分だ」
◇ ◇ ◇
「ぐー様について、私が答えられることは他にない。たとえ聖獣であろうと気にしないというなら、今まで通り接してやれば十分だ」
陛下の答えに、私はそっと胸を撫でおろした。
ぐー様の正体について踏み込んだ以上、二度とぐー様に近づくなと、そう言われる可能性もあったのだ。
これからも変わらず、ぐー様を撫でることができるのは嬉しかった。
「聖獣、か……」
帰りの馬車の中、ぽつりと呟きを落とした。
ぐー様の詳しい正体については不明なままだが、グレンリード陛下の受け答えを鑑みると、ただの狼で無いのは間違いなかった。
「……でもやっぱり、ぐー様はぐー様よね」
あちらから離宮に来てくれるなら、こちらも可愛がるだけだ。
ぐー様は気難しいし偉そうだけど、優しいところもある狼だった。
言葉こそしゃべれないが表情豊かで、落ち込む私を慰めてくれたこともある。
「ぐー様がいなくなったら寂しいものね……」
これからも存分にもふらせてもらおうと、そう思う私なのだった。