作品タイトル不明
時間加速
「……本当に変わってるんですか」とひなたが聞いた。
「《構造透視》は嘘をつかない」
「でも時間って——そんな簡単に——」
「簡単ではないです。スキルの限界を超えた何かが——構造を書き換えた」
俺はひなたのスキル波形を再度確認した。
《加速》の核心部分——運動エネルギーを操作する基底構造——が、時間軸への干渉機構に置き換わっていた。対象の時間の流れを遅らせる。あるいは早める。範囲は半径二メートル程度。持続時間は短い。
だが——これは次元が違う。
「どれくらいのことができますか?」と美鈴が聞いた。実用的な声で。
ひなたが考えた。
「さっきは、相手が遅くなった感じでした。自分が速くなった感じじゃなくて」
「対象の時間を遅らせた、ということね」
「たぶん」
「味方への適用は?」
「わかりません。試してみます」
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七層の残りを進みながら、ひなたは試した。
まず美鈴に《時間加速》を適用した。美鈴が走った。二倍の速さで動いた。
「これは——」と美鈴が止まった。「体が軽い、というか。周囲の時間が遅れている感覚です」
「味方に使うと速くなる。敵に使うと遅くなる」とひなたが言った。
「一方通行ではない。加速も減速も両方できるんですね」
「両方できます」
レオンが「使い方を考えれば無限に近い応用がある」と言った。
「合理的な判断としては——最優先で運用方法を確立すべきだ」
俺は同意した。
「組んでみましょう」
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八層への移動中、俺たちは動き方を変えた。
俺が《構造透視》で敵の位置と脆弱部を確認する。ひなたが《時間加速》で相手の動きを遅らせる。レオンが《構造破壊》で制御構造を破壊する。
三つが噛み合った。
八層最初のモンスター群——七匹の汚染体——に当てた。
俺が「左側の三匹、同時に来ます。正面から斜め四十五度——」
ひなたが「スロー」と言った。声が小さかった。
七匹が、ゆっくりになった。
レオンが「了解」と言った。
三秒で七匹。
「これは——」とレオンが言った。珍しく声が止まった。「俺が隊を組んで戦ってきた十年で、これほど効率的な連携は見たことがない」
「大げさでは?」と美鈴が言った。
「褒めているわけではない。事実として言っている」
俺はレオンを見た。
「十分です」と俺は言った。
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凛花が戦った。
八層の中ほどで、複数の汚染体が同時に出た。通路が広くなっているため、包囲を仕掛けてきた。
凛花が前に出た。
片腕の剣法。左腕を庇いながら、右腕だけで対処する。
普通なら制限になる。
だが凛花の動きには——制限を感じさせないものがあった。
一手目で二匹の位置を変えた。剣の方向を変えることで相手の動線を制限した。二手目で一匹の死角に入った。三手目で片腕の一撃を叩き込んだ。
「凛花さん」とひなたが言った。
「何ですか」
「腕、どうですか」
「問題ありません」
「感覚は?」
凛花が短く考えた。
「——変わっています。左腕が感じるものが、増えています。壁の構造が変化する前に察知できる。以前より早い」
「増えてる?」
「敵の動きも——少し先が見える、という感覚があります。正確には見えるわけではないが、感じる」
俺は《構造透視》で確認した。
ゲート破片の統合が進んでいた。神経系との接続密度が、七層進入時より明らかに増している。
ここに来てから——凛花の変化が加速していた。
「凛花さん」と俺は言った。
「榊さん」
「今の感覚を覚えておいてください。後で詳しく聞きます」
「承知しました」
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九層の手前に着いた。
通路が開けた。空洞が広がっていた。
ここだけ空間が違った。ドーム状の構造。高さが十メートル以上ある。壁面に細かい文字が刻まれている。
美鈴が立ち止まった。
「少し待ってください」
彼女が壁を読み始めた。
俺は周囲をスキャンした。この空間にモンスターはいない。一時的な安全地帯のような場所だ。
「これは——《構造創造》についての記述です」と美鈴が言った。「第三の管理者に関する説明が、ここに集中しています」
「どう書いてある?」
「『創造者は孤独だ。構造を生むことができる者は、構造の外に立つことを余儀なくされる。存在そのものが異質であるがゆえに』」
ひなたが「どういう意味ですか」と聞いた。
「他と違いすぎるから、孤立しやすいということだと思います」と美鈴が答えた。
「それは——つらいですね」
美鈴が続けた。
「『創造者に必要なのは力ではない。迎えに来る者だ。鍵は揃えるものではなく、繋がるものだ』」
誰も何も言わなかった。
コメントが「意味深すぎる」「ソフィアのことを言ってる?」「設計者、ちゃんと考えてたんだな」と流れた。
俺は九層の入口を見た。
「行きます」
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九層に入った。
床に何かあった。
砂が積もっていたが、足跡が残っていた。
新しかった。
美鈴が腰を落として確認した。
「最近です。一週間以内、あるいはもっと短い。砂の状態から見て」
「俺たち以前に誰かが通った」
「ええ。一人分の足跡です。大柄な人間——靴底のパターンが——」
美鈴が止まった。
「何ですか」と凛花が聞いた。
美鈴が壁を見た。
壁に焦げ跡があった。縦に走る黒い筋。均等な間隔で。一定のパターンで。
「これは《構造模倣》の痕跡です」と美鈴が言った。静かに。「誰かのスキルをコピーして使った焼け跡。模倣した構造が安定しなかった際に生じる特有のパターンです」
「《構造模倣》」とひなたが繰り返した。
俺は止まった。
「ファウストです」
美鈴が俺を見た。
「確実ですか?」
「《構造模倣》を持つのはファウスト一人です。ここに来ている。すでに」
コメントが「え待って先にいるの?」「ヤバい」「ソフィアが危ない」と流れた。
レオンが「急ぐか」と言った。
「ああ」
俺は走り出した。
そのとき——
声が聞こえた。
深い場所から。
若い女の声。高くて、恐怖で震えていた。
「——助けて」
アラビア語だったかもしれない。言語は分からなかった。
だが意味は分かった。
俺たちは走った。