作品タイトル不明
ソフィア
十層に着いたとき、俺は立ち止まった。
地下十層の入口の向こうに——庭があった。
「……」
誰も何も言わなかった。
光があった。天井から降りていた。生物発光だ。微細な光を放つ植物が天井を覆っていた。青白い光が、空間全体を満たしていた。
土があった。植物があった。水が流れている音がした。
地下十層に、庭があった。
完全な庭だった。設計されていた。花が咲いていた。見たことのない形の花が。果実をつけた木が三本あった。苔のような低い植生が床を覆っていた。水路が整備されていた。
「これが——」とひなたが言った。声が小さかった。「《構造創造》の」
「無から構造を作る」と俺は言った。「四年間、一人でこれを作った」
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庭の中央部に彼女がいた。
壁に背を押しつけていた。
銀色の髪。
暗い肌。
金色の目。
歳は二十代前半に見えた。服は古く、素材も単純だった。しかし手縫いの丁寧さがあった。自分で作ったものだ。
目が合った。
彼女は動かなかった。
恐怖と、それから——警戒。
見知らぬ人間を複数見る目だ。四年間、ここで一人で生きてきた目だ。
コメントが「これがソフィア?」「すごい美人」「こわそうにしてる」「やっぱり庭が本物すぎる」と流れた。
美鈴が前に出た。
彼女がアラビア語で話した。
「大丈夫。私たちは敵じゃない。あなたを傷つけに来たわけじゃない」
ソフィアが反応した。わずかに。体の緊張がほんのすこし変わった。
アラビア語が届いた。
「……誰ですか」とソフィアが言った。美鈴の翻訳が同時に来た。「なぜここを知っている」
「あなたに会いに来た。外の世界から来た。あなたが持っているスキルのことを知っている。そして——あなたが四年間ここにいることも」
ソフィアが動かなかった。
「外の世界」と彼女は繰り返した。ゆっくりと。日本語ではなかったが、俺には美鈴の訳で聞こえた。「外の世界が——まだある?」
「あります」
「私が入ったとき、世界はひどい状態でした。ダンジョンが爆発的に増えて、人が死んでいた」
「今も、完全には解決していない。でも——人は生きています。戦っています」
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ソフィアが庭を見た。
端の方を見た。
そこには黒い筋が走っていた。庭の縁から少しずつ、汚染が侵食していた。
「見てください」とソフィアが言った。「これが——最近始まりました。私の構造を食べている」
「《構造汚染》です」と俺は言った。
美鈴が訳した。
「あの人が来てから」とソフィアが続けた。「白い服の人。マスクをした人。最初に気配がして、次に——庭の端が変色し始めた」
「ファウスト」とレオンが言った。
俺が確認した。《構造透視》で庭の汚染部分を見ると——これは外からの攻撃だ。誰かが八層か九層から、遠隔で構造汚染を送り込んでいる。
「来る前に——話させてください」とソフィアが言った。
美鈴が翻訳した。
「私は四年前、ここに入りました。スキルを使ったら、自分でも制御できなくて——無から構造を作り続けてしまって。外に出られなくなりました。最初の二年は、出ようとするたびにモンスターに追われた」
「今は?」
「今は——制御できます。このダンジョン全体の構造を支えることが、私にできることだと分かりました。私が構造を維持しているから、モンスターが少ない。七層より下は、私の管理が届かなかった」
俺は《構造透視》で確認した。
本当だった。
このダンジョンの十層から十二層——ソフィアがいる場所の周辺は、構造が整っていた。彼女が維持していた。ソフィアがいなければ、とっくに崩壊していたかもしれない。
「四年間、一人でここを支えていた?」
「他に、やる人がいなかったので」
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ひなたが前に出た。
ゆっくりと。急がずに。
手を差し出した。
「天野ひなたです」と彼女は言った。美鈴が訳した。「師匠に怒られながら毎日戦ってます。よろしくお願いします」
ソフィアがひなたの手を見た。
見続けた。
「……友達になりたい、ということですか」
「そうです」
「友達になったら——どうなりますか」
「一緒に行動できます。話せます。心配し合えます」
ソフィアが手を見た。
長い時間だった。
十秒か、二十秒か。
ソフィアがゆっくりと手を伸ばした。
指先がひなたの手に触れた。握った。
「初めて見ました」とソフィアが言った。静かだった。「これが——友達、というものですか」
「そうです」とひなたが言った。
ひなたが笑った。
コメントが「泣ける」「ひなたえらい」「ソフィアちゃん……」「四年間一人か」と流れた。
俺はソフィアのスキルを《構造透視》で見た。
《構造創造》の構造が、視界に入った瞬間——
ああ、そうか、と思った。
第三の鍵だ。
間違いない。三つが揃った。《構造透視》、《構造破壊》、《構造創造》——設計者が三千年以上前に設計した、三つの管理者スキルが、この場所に集まった。
「ソフィア」と美鈴が言った。アラビア語で。「あなたのスキルは、世界を救うための鍵です。私たちと一緒に来てください」
ソフィアがまだひなたの手を握ったまま、俺を見た。
金色の目が俺を見た。
「あの人が来る」
小さい声だった。
「白い服の人。もう、すぐそこまで来ている」
美鈴の訳が届いた。
ソフィアの声が続いた。
「彼は——私のスキルを奪おうとしている」
庭の縁の汚染が、また広がった。
黒い筋が、根のように伸びてきた。