軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三つ目の鍵

美鈴がドイツに到着したのは翌日の夕方だった。

凛花が手配した。凛花は「必要な人材だと判断しました」とだけ言った。

美鈴は小柄だった。凛花より少し背が低い。台湾出身、二十五歳。目が鋭い。笑顔が多いが、笑顔の裏で考えていることが顔に出ていた。

「はじめまして、榊さん。噂通りの顔をしていますね」

「どんな噂ですか」

「愛想がないという噂です」

「正確です」

「いい返しですね、記録しておきます」

ひなたが「気が合いそう——あ、でも私と気が合うってことは師匠と合わないかも」と言った。

「私は愛想がいい方なので大丈夫です」

「合いそうで合わなそう」

美鈴がひなたを見た。

「あなた、面白いですね。名前は?」

「天野ひなたです。D級です」

「D級でここにいるんですか」

「縁です」

「縁、ね」

美鈴が笑った。本当に笑っていた。

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ゲートハブの中で、美鈴が古代文字の解読を始めた。

ナビが「通訳補助が必要な場合は支援します」と言った。美鈴が「同じ文字体系を使いますか?」と聞いた。ナビが「使います」と答えた。美鈴が「では三十分ほどで読めます」と言った。

三十二分後、美鈴がメモを持って戻ってきた。

「三点、報告します」

全員が集まった。

「一点目。第三の管理者について。バベルの坑道の第十二層に存在する。単独。設計者の記録によれば、《構造創造》スキルの保有者は、スキルが発現した時点でゲートの構造維持に関与し始める。要するに——」

美鈴が言葉を区切った。

「第三の管理者は、三年以上前からイラクのダンジョン深部で、ゲートの崩壊を一人で抑えている可能性があります」

「三年以上」とひなたが言った。

「はい」

「一人で?」

「記録ではそうなります」

ひなたが黙った。

俺も黙った。

「二点目。九条さんの腕について」

凛花が視線を上げた。

「腕の破片はゲート素材です。これは昨日お伝えした通り。ただし追加情報があります。設計者の記録によれば、このタイプのゲート素材は、管理者スキルの保有者と長期間接触することで融合を開始します。九条さんの腕は今、融合の初期段階にあります」

「融合、というのは」と凛花が言った。

「取り出せなくなる、ということです。逆に言えば——取り出す必要がなくなる。身体の一部になります」

「……排除反応が出ないということですか」

「むしろ受容が進みます」

凛花が自分の左腕を見た。

スリングを外して、包帯の巻かれた腕を静かに見ていた。

「三点目」と美鈴が続けた。「三つの鍵は、統合されなければならない。設計者の目的はダンジョン網の安定稼働です。現状は管理者不在による不安定化が進行しています。第三の管理者が崩壊を一人で抑えているのもそのため。三つの鍵が揃えば、システムが正常化する」

「正常化とは何を指す?」とレオンが言った。

「ダンジョン内のモンスター活動の安定化。《構造汚染》の影響を受けにくくなる。また、設計者の残したデータの完全閲覧が可能になります」

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レオンが腕を組んだ。

「妹が動いている」

「妹さん?」とひなたが言った。

「アリス。米国在住。スキルは《構造感知》——管理者スキルに隣接する感知型スキルだ。ダンジョン網の異常をここ二年で追跡していた。私と連絡を取り合っていたが、先週から合流を示唆するメッセージが来ている」

「こちらに来るということですか」と俺は言った。

「来るとしたら、ここかイラクだろう」

ひなたが「レオンさんって妹いたんですね」と言った。

「いる」

「どんな人ですか」

「うるさい」

「似てる?」

「うるさい方が」

「どっちが?」

「アリスの方が、うるさい」

ひなたが「想像できます」と言った。

レオンが少し困った顔をした。レオンが困った顔をするのを、俺は初めて見た。

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決まった。

全員で、バベルの坑道に向かう。

ゲートの起動まで、最速ルートを取る。通信が取れれば十五時間。取れなければ七十二時間後に飛ぶ。その間に装備と情報を整える。イラクの入口付近は包囲されているため、軍との連携が必要になる。レオンが元US軍のルートを持っている。

「動けます」とレオンが言った。

「準備します」とひなたが言った。

美鈴が「私も行きます。古代文字が読めるのは現場でも役に立つ」と言った。

「危険ですよ」と俺は言った。

「この情報、戦場でなければ意味がないでしょう」

「……そうです」

「では決まり」

俺は配信を立ち上げた。

「こんばんは。榊誠二です。次はイラクに向かいます。三人目の管理者を探しに行きます」

コメントが流れた。

「え」「イラク!?」「本気か」「ゲートで行くのか」「ひなたちゃんも行くの?」

「詳細は準備が整ったら話します。今日はここまでです」

切った。

その夜、スマホに着信が入った。

凛花だった。

「榊さん」

「はい」

「私も行きます」

俺は少し止まった。

「腕が——」

「美鈴さんが見てくれます。融合が進んでいれば、戦闘にも耐えうると言っていました」

「まだ確認が——」

「三年待ちました」

凛花の声が変わった。

いつもの丁寧な声ではなかった。

「もうこれ以上、待てない」

俺はそれ以上、何も言わなかった。

言えることが、なかった。

「わかりました」

「ありがとうございます」

電話が切れた。

俺は窓の外を見た。

ドイツの夜は静かだった。

街の明かりが遠い。

《構造透視》が動いていた。

ドイツのダンジョン。日本のダンジョン。そして遠く——中東の方角に、もう一つのダンジョンの輪郭が、かすかに感知できた。

そこに、誰かがいる。

一人で、ずっと待っている。

三年以上。

俺は息を吐いた。

「次、行くか」

誰もいない部屋で、俺は言った。