軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その7

一気に酔いが覚めた。

ダークエルフは嘘を嫌う。

ラグナルは力と記憶の封印は解けたと言った。それは真実だろう。

なら、時の支配は?

骨ばった大きな手を握りしめ、私は家路を急いだ。

途中ラグナルが二言、三言話しかけてきたが、とても答える気になれない。

力の封印は黒魔法ジャンキーのダークエルフにとって、苦痛以外のなにものでもなかっただろう。記憶が奪われたのも心細かったに違いない。しかしそれらは彼の命を脅かすものではなかった。

力と記憶と時。三種の枷が入り混じったラグナルにかけられた印術の中で最も危険なのは時の支配だ。

逆行して子供になり赤子になって――消失する。

目の前で小さく小さくなって消えるラグナル。

そんな未来が、待ち構えているかもしれない。そう考えるだけで、ぞくぞくとした悪寒に似た焦燥感に駆られる。

歩く速度はだんだんと早くなり、家が見える頃にはたまらずに走り出していた。

ラグナルの手を握りしめたまま、鍵を開ける。片手で開けるのは手間だったが、少しでも手を緩めたらどこかに行ってしまうんじゃないかという気がしてならなかった。

家に入る寸前、ラグナルが微かな抵抗を示した。それまで早歩きになろうが走ろうが、私の速度に合わせて付いてきてくれていたのに、敷居を跨ぐ足を止めた。中に入るのを躊躇うようなそぶりを見せるラグナルを力任せに引き込んで戸を閉める。簡単に逃げられない様に施錠も忘れない。

ずんずんと部屋の奥へとラグナルを引っ張っていき、ベッドの前まで来るとそれを指し示していった。

「服を脱いで。そこに横になって」

一瞬、虚をつかれたような顔をしていたラグナルだが、すぐに気を取り直したのか薄く笑った。

「時と場所を選んでくれたのか?」

おどけていうラグナルに確信が強まる。

「時の支配の印。解けてないんでしょ?」

ラグナルの顔から笑みが消える。漆黒の瞳でじっと私を見据える。戸惑いと抗議が篭ったその視線を受け、私は負けじと見つめ返した。

「質問は、まだ七つ目だよ」

ちっと舌を打つ音。記憶を取り戻したラグナルは少々ガラが悪い。だが、怖いとは思わなかった。

「一日十個までと約束したが、必ず答えるとは約束していない」

ちょこざいな。

「そんなの、詭弁じゃない」

脱いでくれないなら、無理やり脱がすまでである。さっき路地裏でしたように。

私は上着の留め具に手を伸ばした。

それをひらりと避けて、ラグナルはため息を吐いた。

「わかった。答えるから、勝手に服を脱がそうとするのはやめると約束しろ」

私は肯かずにラグナルの顔をじっと見上げる。

『お前は普段は優柔不断なくせに、いざとなったら驚くほど頑固だね。手を焼かされるが悪くない素質だ』

珍しく、本当に珍しく兄が褒めるほど、こうと決めたら引かない頑固さには自信がある。

「……支配の印は、完全には解けていない」

やっぱりか!

「だが、大方解けているうえに、力の封印が解呪されているからな。以前と違って抑え込むのは容易い」

「それって、黒魔法を使わなかったらでしょ」

ラグナルは首を横に振る。

「ダークエルフの魔力を甘く見るな。印に抗う魔力は多めに見積もっても二割で足りる」

ダークエルフの魔力は人間のそれとは比べものにならない。彼らの二割がどれほどのものなのか私には想像が難しい。

「マーレイの手下から助け出してくれたときに使った術。あれはどのくらい魔力を使うの?」

ラグナルは過去を思い出すように首をかしげると、視線を外した。

「あの術は精神に干渉するもので、比較的多く魔力を使うが、封印を免れていた力を全て当てれば、発動に事足りた」

「つまり、あの時、支配の印を抑えていたなけなしの魔力を全て使ったと」

阿呆かな。

「頭に血が上っていたんだ。仕方ないだろう」

仕方ないだろうじゃない!

オーガスタス曰くダークエルフは激情型だ。この先も頭に血が上ってうっかり魔力を使いすぎてしまわないとは限らないではないか。

「七割」

「は?」

「印が解けない限り、七割以上は使わないって約束して。じゃないと遺跡探索のチームからは外してってオーガスタスに直訴する」

そう詰め寄るとラグナルは呆れたように私を見た。

「七割もなにも、イーリスの許可がないと俺は黒魔法を使えないが」

……あれ? その約束も続いてたの?

「えーと、以前、ノアを黒魔法で焦がしたって聞いたけど?」

使ったよね? 私の許可なしに。

「あの時は力の封印が解けていると、認識していなかったんだ。無意識の発動だった。危うく殺すところだった」

まじですか。

ウォーレスはちょっぴりと言っていたが、もしかしてちょっぴりどころじゃなく焦げたのだろうか。

「そんなに心配ならイーリスがずっと側にいればいいだろう。俺は許可なく黒魔法を使えないからイーリスから離れられないし、イーリスは俺を監視できる」

そう言ってラグナルは唇の端を吊り上げて笑う。それはコールの森の中で見た、一年前には見られなかった笑い方だった。

ラグナルの腕が私の腰に回る。そのまま私の身体をぐっと引き寄せた。

「それで問題ないだろう?」

囁くように紡がれる言葉は甘く魅力的で、普段なら流されてしまっていたかもしれない。

だが、あいにくと、私の頭の中は解呪に失敗した印のことでいっぱいだった。

「問題ないかどうか確かめるから、服脱いで、そこに寝転んで」

ラグナルの口からうっともぐっともつかないうめき声が漏れる。

「今、ここでか?」

「時と場所を選んだつもりだけど?」

それとも路地裏がお好み?

私が一歩も引かないと見て取ったラグナルが白旗をあげる。

「わかった。ただし、イーリスも約束してくれ。解呪に力を注ぎすぎないと。俺には癒しの術は使えない」

もちろんと私は頷いた。兄に三度目はないと言われているのだ。私だって死にたくはない。