軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その8

マーレイの隣に立っていた男が、すっと剣を抜いた。

扉の前にいた男は、巻き添えを食って倒れている。

マーレイは立ち上がり、驚きの表情を浮かべてラグナルを見ていた。

そういえば外にも一人いたはずなんだけど、どうなったのだろう?

「イーリス、許可を」

ラグナルが静かな声で許可を求める。その平坦さがかえって怖い。

腐ってもマーレイは貴族だ。殺してやると言われた後に、許可を求められても、とても困る。あとあと面倒なことになるのは必須である。ああ、でも彼らには私の出自がばれてしまっているのだった。なら、いっそのこと……って、駄目だ。混乱しすぎて、馬鹿な考えしか浮かばない。

私がオロオロしている間に、剣を抜いたリーダー格の男が、ラグナルに向かって足を踏み出した。

長い刃が灯りを反射して鈍く光る。

それを見て私は叫んだ。

「こ、殺さない程度に許可します!」

ラグナルは小さく頷くと、左手を男に向かって突き出した。

ドンッと衝撃音が鳴り、男の体が宙に浮いたかと思うと、背後に飛び壁にぶつかって止まる。

魔術具も詠唱も必要としないダークエルフの黒魔法。構築の時間でさえ一瞬だ。その威力を目の当たりにして、室内の人間は誰一人動くことができなかった。

「そんな……。黒魔法は使えないはずでは……」

マーレイが呆然と呟く。

ラグナルを捉えて売り払おうとしていただけあって、彼の情報を集めていたらしい。

吹き飛んだ男は壁に体を預けたままピクリともしなかった。

虫けらを見るような目をしたラグナルの視線は、マーレイを素通りし、私を背後から拘束している男で止まる。

「その手を離せ」

ごくりと唾を飲む音が、耳のすぐ横で聞こえた。

男は、私の右腕の拘束を解くと、左腕を強く自分に向かって引いた。

背中が男の付けている胸当てに当たった。

「動くな!」

鞘から剣を引き抜く音がする。私が邪魔で左腰の長剣は抜けないから、おそらく右腰に差していた短剣を抜いたのだろう。顎の下に風を感じて、目だけを動かすと銀色の刃の端が見えた。

喉元に剣を突きつけられて、恐怖を感じないほど豪胆な人間ではない。足の裏から悪寒が突き抜け、私は震え上がった。冷たい床の上に裸足で立っている上、ほぼ裸なせいもちょっとあったかもしれない。

「手を離せ」

ラグナルの声はどこまでも凪いでいた。

「う、動くな! この女がどっ……ひっ、な、なんだ、これは」

カタカタと男が震えだす。その気持ちはわかる。ラグナルの影がずるりと伸びて男の足元に這い寄ったのだ。その光景は軽くホラーだった。でも……腕の震えだけは頑張って抑えて!

影は男の体を這い上り、私に短剣を突きつけている腕にも絡みつく。

「やっ、やめろ、出て行け、やめてくれえっ」

何をどこから追い出そうとしているのか、男は私を突き放すと、我武者羅に腕を振りまわす。と、次の瞬間にかくんと膝が折れて前のめりに倒れた。影はとっくに消えており、男には傷一つついていない。なのに、男は小刻みに痙攣して白目を向いていた。その光景は完璧にホラーだった。

マーレイは血の気を失った顔で呆然と佇んでいる。

多分、私も似たような顔色をしているだろう。

室内は静まり返っていた。

壁に激突して死んだように動かない――死んでないよね!?――男の前を横切り、床で伸びている男の傍に来ると、ラグナルはその腹を蹴りつける。

「うひっ」

喉が引き攣れて変な声が出た。

男を見下ろしていたラグナルがゆっくりと顔を上げた。黒い瞳が私を映す。

「遅くなって、ごめん」

褐色の指が伸びて、はだけていた入浴着をそっと合わせる。

「あ、ありがとう」

私は襟を掴んでしっかりと体を隠した。思わず、後ろに引きそうになった足をなんとか止める。

助けに来てもらっておいてなんだけど……

――ダークエルフこえええええええ

そう思ったのは私だけではないはずだ。マーレイは立っているのが不思議なぐらい真っ青だし、ベッドの上のルツは固まっている。

「少し後ろを向いててくれ」

ラグナルは微かに目を伏せると、硬い声で言う。

「あの、ラグナル? どうして短剣を抜くのかな?」

いつの間にか帯に差した鞘にしまわれていた短剣を、抜き放つラグナル。その切っ先が向けられた先にいるのはマーレイだ。

「黒魔法では殺せない」

殺さない程度に許可しますと言ったから、命をとるときは剣でって……そんな解釈あり!?

「ま、待って、殺すのはちょっと……」

一瞬、私も血迷ったけど、すっかり抵抗する気力を喪失している今のマーレイをどうこうするのは寝覚めが悪い。何より、まだ少年のラグナルにそんなことをさせたくなかった。

「そうですよ。殺すのは勘弁してください。その人、一応大事な証人なので」

――え?

聞き覚えのある声がした方を見れば、扉のあった場所に誘拐犯その二ことトリスタンが立っていた。

ラグナルは無言で左手を男に向ける。

「ちょっ、ちょっと、話をっ」

男はうろたえながらも、廊下に出て壁の後ろに逃げた。

直後に、男がいた場所の背後の壁に何かがぶつかる音がする。リーダー格の男を吹き飛ばした黒魔法と同じものだろう。

「あの、俺はマーレイ様の配下じゃありませんから。さっき、道を開けてあげましたよね!?」

壁からひょっこりと顔だけを出したトリスタンは涙目だ。

「お前がなんだろうと関係ない」

「そんな殺生な!」

ラグナルの眼差しは、しつこい油虫を見るそれだった。

再びラグナルが左腕をトリスタンに向けたとき、階下が俄かに騒がしくなったのに気づいた。悲鳴に混じって聞き覚えのある声がする。

彼らの声を聞いて、これほど安堵したことはない。

「ラグナル、ちょっと落ち着こう」

トリスタンはマーレイの配下ではないという。思い返せば彼の言動に首を傾げるところはいくつもあった。どこの誰かは知らないが、敵ではないらしい。

「俺は落ちついている」

ラグナルの声はどこまでも冷淡だった。その声音は、確かに冷静なように感じるが、どう見ても静かに切れている。

「うん、じゃあ、一回その手を降ろそうか」

ラグナルは動かない。ならば仕方がない実力行使だ。

私はラグナルの腕を両腕で掴んだ。そのまま下に……降ろそうと思ったのに、動かない。

ほんの数日前は抱え上げられたのに!

私はラグナルの腕を強引に抱え込んだ。これなら黒魔法を放てまい。……私ごと吹き飛ばそうとしない限りは。

ぐっとラグナルの腕を抱き込みながら冷や汗をかいていると、階段を駆け上る音が響く。

「ルツ、イーリス、ラグナル、無事か?」

そう言って部屋に飛び込んできたのは、思った通り、長剣を手にしたキーランと息を切らしたノアだった。