軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その7

また階段を上がる感覚があった。

登り終わったと思ったらターンして、もう一度。

洞窟から繋がった場所が地上だとしたら、三階だ。

少し歩いて、扉が開く音がする。

部屋の中は甘い匂いが薄い。数歩歩いて、肩から下ろされた。柔らかい感触がして体が跳ねる。おそらくベッドの上だろう。硬い床じゃなく良かったとは、場所が場所であるだけに思えない。

肌にあたる布は滑らかだった。城の寝具と同じぐらい上等そうだ。

「手足を縛っておけ」

「縛るんですか? 気つけを嗅がさない限りあと半刻は目を覚ましませんよ。獏虎の血を嗅いだ者は血の流れが悪くなります」

命令するのは、獏虎の血布を持っていた男だ。気弱そうな声がそんな必要はないと言いたげに反論するが、徐々に尻すぼみになっていく。

「マーレイ様はすぐに見えられるのですよね。なら縛らずとも……」

首謀者の名前に反応しそうになって、ぎゅっと目を瞑って耐える。

隠し通路を知っているのだから単なる賊ではないと思っていたが、やはりマーレイだったようだ。とっくに帰っていたのだ。いや、端から視察になど出向いていなかったのかもしれない。

「血を嗅がせてから時間はとった。もう縛っても問題はない。分かったらさっさと手足を縛れ」

「は、はいっ!」

苛立ちを含んだ声で叱責され、気弱そうな声の主が、手と足をそれぞれまとめて縛る。私を縛り終えると、隣でごそごそと動く気配が。ルツの手足を縛っているらしい。

猿轡を噛ませないのは、たとえ目覚めて叫んでも問題ないからだろうか。

手足を縛ると、男たちは部屋を出ていった。

四人分の足音が遠ざかったのを確認してそっと目を開ける。

「えっ」

隣に寝かされていたルツと目が合って思わず声が出た。

「静かに」

注意され、口を閉じて頷く。

あと半刻は目を覚まさないんじゃなかったのか。それともルツも意識を失ったふりを?

「申し訳ありません。不意をつかれました」

しょんぼりとした声で告げられて首を捻る。

「獏虎の血、嗅いだんですか?」

それでどうして意識が戻ったのか。

「子供の頃に他国で拐かされかけたことがありまして、獏虎の血に体を慣れさせているんです」

なんて、リスキーな。誘拐犯その二も言っていた通り、あれは血の巡りを悪くするのに。それでも必要だったのだろうか。モーシェも大変だ。

「イーリスは嗅がなかったんですね。流石は……」

ルツは慌てて言葉を切った。続く言葉は想像がつくが、イーはあまり関係がない。

「ルツが嗅がされて、気を失ったのを見ていたから、分かっただけですよ」

先に風呂場に足を踏み入れていたのが私だったら、確実に落ちていた自信がある。

それに、実は今、結構くらくらしている。

口や鼻の周りについた血から揮発したものを吸ってしまっているのだ。

「城の中……ではなさそうですね」

ルツは辺りを見回した。

部屋は意外にもこざっぱりとした上品な調度品で揃えられていた。

それでも城ではないとわかるのは、使われている石材が違うからだろう。機密性の高い部屋なのか、あれほど姦しかった女の声は全く聞こえない。

「ヘリフォトの南街にある娼館の類じゃないかと」

そう言うと、ルツは顔を引きつらせた。

「本当に申し訳ありません。すっかり油断していました……」

「なに言ってるんですか。ルツのせいじゃないですよ。その、巻き込んでたら、すみません」

というか確実に巻き込んでいる。ラグナルもノアもあれほど警戒していたのに、マーレイが留守にしているなら大丈夫だと思い込んでいた。そもそも狙われるとしたら、ラグナルだと思っていたし。

しかし、ルツは首を横にふる。

「いえ、違うんです」

そうルツが話し出したことには、ラグナルとキーランたちが剣を交えたあの時、兵舎棟に武器を借りにいったゼイヴィアとウォーレスは妙なことに気づいたらしい。

兵を動かそうとして、慌てて取りやめられた、そんな形跡があったというのだ。

不審に思った彼らは、次の日、私たちが街に出ている間に、密かに探りを入れ、懸念が当たっていたと確信を得た。

そこで、保存食の状態などから、日数を逆算して一つの仮説をたてた。

マーレイは兵を率いてコールの森に入り、狒々神ではなく、――ダークエルフを捕らえるつもりだったのではないか、というものだ。

これなら狒々神がコールの森に入ったことや、それを追ったダークエルフがいた話を伏せていたことに説明がつく。秘密裏にダークエルフを手中に収めたかったからだ。もしも狒々神を討つつもりだったなら、情報を伏せる必要などない。むしろもっと大々的に喧伝してから行ったほうが手柄になるのだから。

その話を聞いて、ルツもラグナルを護ることに焦点をあてるべきだと考えた。それが油断に繋がった、と。

そう言われても、やっぱりルツにとってはとばっちりだ。

私なんてマーレイが留守ってだけで、タダ飯、タダ風呂と喜んでいた。

「それにしてもモーシェまで敵に回すとは、あの男がここまで浅薄だとは思いませんでした」

まあ、そこが一番の誤算だろう。モーシェは契約を取り仕切るだけあって、王族の覚えもめでたい一族だという。国外ならまだしも、この国でモーシェに手を出すということは王に牙を剥くも同義だ。

マーレイはどうする気なのか。留守中に賊が入っただけで、無関係だとでも言うつもりなのだろうか。

つらつらとそんなことを考えていると、廊下を歩く音が聞こえた。

私はルツと目を合わせて頷き合い、瞼を閉じた。

「おや、これは……」

扉が開くと同時にマーレイの声がする。

「可哀想に、何も縛らずとも良いでしょうに」

おっとりというよりは、ねっとりとした口調だ。

「ルツ・ウーイルは討伐ギルドに所属する魔術師です」

誘拐犯のリーダー格の声がマーレイに応える。

「ああ、そうでしたね。女の身で何をしているのやら。黒髪の女の縄を解いて、気付け薬を嗅がせなさい」

私のことだ。体が強張りそうになって、私は詰めていた息をゆっくり吐いた。

男の一人が近づく気配がする。

「気付け薬を嗅がせます」

誰に言っているのか、そう宣言するのは気弱そうな男の声。

つんっと鼻にくる刺激臭がして、私はたまらず咽せた。

右手を口元に当てようとして、縛られているのを思い出す。引っ張られた左肩が痛い。

私は体を丸めて、吐き気をやり過ごしてから、体を起こそうともがいた。

意識を失ったふりをして担がれて運ばれ、手足を縛られた上に柔らかいベッドの上に転がされると、上手く体が動かないと初めて知った……

「おっと」

バランスを取れず、起こしかけた体が傾ぐ。側にいた男に支えられ、反射的にお礼を口にのせかけて慌てて閉じる。こいつは誘拐犯その二だ。

「彼女をこちらへ」

声がした方を向けば、ゆったりとした服に身を包んだマーレイが優雅にソファに腰掛けて座っている。

私は男に支えられ、マーレイの正面の椅子に座らされた。

「トリスタン、お前は外で見張りだ」

マーレイの隣に立つ男に指示され、気弱な声の男ことトリスタンが部屋を出ていった。

ぱたん、と扉が閉じると、その前に男が一人立つ。部屋にいる人物は全部で六人になった。

ベッドで気を失ったふりをしているルツ、目の前のマーレイ。その隣に立つ実行犯のリーダーらしき男。私の背後に回った男。扉の前で仁王立ちしている男。そして私である。

ルツは手足を縛られているうえに、ワンドもスタッフもない。

マーレイは一見丸腰だが、三人の男はいずれも腰に剣を下げている。

大人しくマーレイに従う以外に選択肢はなかった。

「強引な真似をして申し訳ありません。イーのお嬢さん」

いきなり確信を突いてくる。私は肯定も否定もせず、マーレイを見つめた。

相変わらず顔色の悪い男である。どちらかといえば優男に分類される容貌をしているが、目の下にべったりとついた隈が全てを台無しにしていた。

「いやはや、驚きました。せっかくの獲物がロフォカレに保護されたと知らせを受けた時は諦めざるを得ないとがっかりしましたが、まさか彼がイーのお嬢さんを連れてきてくれるとは。売れば終わりのダークエルフより、貴女はよほど価値がある」

マーレイの隣の男が眉を顰める。余計なことを喋るんじゃねえと言いたげだ。

「女性に手荒なことは好まないたちでしてね。どうですか我々と手を組みませんか。我々が顧客を得て、貴女が力を振るう。贅を尽くした暮らしと安全を保障いたします」

これ以上、手荒な真似をされたくなければ、言うことを聞け。大人しく従うなら衣食住を世話してやる。つまりそういうことだろう。

「何か勘違いをされていませんか?」

「勘違い……とは?」

「私にはあなた方が期待するような力なんてありませんよ」

当主の妹だからといって、兄や他の力の強い一族の者と同じだと思ってもらっては困る。

あまりに解呪の力がへなちょこだったため、結果的に兄に里を出されたのだ。

ラグナルの印とて、高価な金平石と、何より彼の内側からの抵抗があってこそ解けてきているに過ぎない。私一人の力なら、おそらくあの端っこの一文字を消しただけで終わっている。

遺跡などの劣化した呪いを解くぐらいなら出来るだろうと、いっときは、遺跡専門の冒険者になろうかと考えたこともあったけど、そもそも遺跡に潜れるだけの戦闘能力がないと気づいて諦めた。解呪の力頼みな点でパーティも組めないし……。切ない。

「何をおっしゃる。貴女は間違いなくイーの人間だ。私は人の顔を覚えるのが得意でしてね。一度見た人間の顔は決して忘れないのですよ。ルンカーリの港街に当主といらっしゃったことがあるでしょう」

力がないと言っただけなのに、私がイーの人間ではないと否定したと、勘違いしたらしい。

マーレイはうっすらと笑みを浮かべた。ただし目は笑っていない。

「それでも違うとおっしゃるのなら……仕方ありません。立っていただけますか?」

……一度も違うだなんて言ってないのに。

マーレイは私の背後に立つ男に目で合図する。

男は私の脇に手を差し込み、強引に椅子の横に立たせた。

「服を剥げ」

「はっ!?」

私は抱き込むように両手を体に回す。しかし、襟首をつかまれ一気に両側に引かれた。剣を扱う男の力に勝てるわけもなく、あっさり服を剥がれ、おまけに両手首を拘束される。

入浴着の下には下着をつけない。つまりすっぽんぽんだ。

露わになった体を見て、マーレイはほぅと息を吐いた。

その視線の先は胸でも下半身でもなく臍である。

「ああ、支配の印。やはり間違いない、イーの一族だ」

「…………………あのっ」

私、一度も否定してないんだけど!

そう抗議の声をあげるより速く、ルツががばっと体を起こした。

「や、やめなさい。卑劣な!」

ルツさん、ありがたいけど、起きちゃったよ……

「おや、ウーイル。目が覚めたのですか」

熱っぽい眼差しで、臍の印を見つめていたマーレイがルツに視線を向けた。

その時だった。

バンッと大きな音をたてて扉が開いた。というより吹っ飛んだ。

扉があった場所から顔を出したのは銀色の髪のダークエルフ。ラグナルだ。

片手にキーランからもらった抜き身の短刀を携えたラグナルは、部屋の中を見回し、男に拘束されている私に目を止めると、黒い瞳を限界まで見開いた。

すっとその目が眇められる。

「お前ら……殺してやる」

そう呟いたラグナルの目は完全に据わっていた。