軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

手直し

炎が立てるゴウゴウという音を聞きながら、俺は火床の近くにある作業台へと向かった。

火は入れたが、まずは火を使わない作業からだ。ニルダの刀を鞘から抜き、作業台の上に用意した水桶と数種類の砥石の前に腰を下ろす。

隣の金床では、リケが在庫用の釘や小さな金具を打つ準備を始めている。

「リケ、俺は先にこっちの研ぎと調整をやってしまうよ」

「はい、親方。私は小物の補充を進めておきます」

リケの小気味よい鎚音を背中で聞きながら、俺は刀身を改めてじっくりと見つめた。

歪みや曲がりはない。ただ、刃の線がごく僅かに丸みを帯び、本来の鋭さを失っている箇所がある。

柄巻を解き、目釘を抜き、柄を外して鍔と 鎺(はばき) を外して、刀身のみにする。 茎(なかご) にも特に傷みは出ていない。抜けにくくなるよう、わざとサビを浮かせているのだが、そのサビも赤錆ではなく黒錆のまま維持されているので、問題はなさそうだ。

再び刀身を矯めつ眇めつしていると、リケ以外の家族が鍛冶場に入ってきた。その中にはもちろんニルダの姿もある。

彼女は俺が刀をバラしたのを見て言った。

「どうだ?」

「手入れは問題ないな。お前がやってるのか?」

「いや。ああ、勿論普段の手入れは自分でしているが。後はその拵を作ったものに任せている」

「なるほど。いや、良い感じに維持されているよ」

魔力抜けについても見てみたが、どうやらこの刀からは魔力が抜けていない。

一瞬はて? と思ったが、以前にニルダが「魔界は澱んだ魔力が多い」と言っていたのを思い出し、一人内心で納得した。

つまり、抜けてはいるが補充され、それも澱んだ魔力なので抜けにくい、ということだろう。

普通の人間であれば、長時間触れていると刀がため込んだ魔力にあてられて体調を崩したり、なんてことも起こるのかもしれないが、ニルダは魔族である。

おそらくはそのあたりの影響が出ないのだろう。

「妖刀になったりせんだろうな……」

「?」

「いや、なんでもない。さて、研ぐか」

俺がボソリと呟いた言葉にニルダが反応したが、俺は頭を振ると、水を張った桶から中砥石を取り出し、台に固定する。刀身にたっぷりと水を含ませ、刃の角度を一定に保ちながら砥石へと滑らせた。

シャッ、シャッ、と静かで規則的な音が工房に響く。

指の腹を通して、砥石が鋼の表面を薄く削り取っていく感触が伝わってくる。ほんの微か丸まっていた刃の線が整っていく。

時折、親指の腹で刃先をそっと撫で、微細な引っ掛かり――返りが出ているかを確かめる。この感覚は目で見るより、指先で触れた方が確実だ。

中砥石で全体の刃筋をきっちりと整えた後、仕上げの砥石へと変える。より細かな粒子で鋼の表面を磨き上げ、鏡のような輝きと剃刀のような鋭さを取り戻していく。

最後に打ち粉を叩き、古い油と汚れを完全に拭い去ってから、新しい油を薄く引く。光にかざすと、俺が最初に打った時の、あの冷たくも澄んだ刀身に戻っていた。

「よし」

俺は刀を再び組み立て、鞘に収めてからニルダに差し出す。

「こいつはこれで良いと思うが、持ってみてくれ」

言われたニルダは鞘を払う。ジリッとした気配が鍛冶場に生じたが、まあ、斬りかかってくることはあるまい。

ニルダはスッと目の間に刀身を立てるように持ち、その後しっかりと握ってから、数度振るった。

「うむ。さすがだな」

ニルダが刀を鞘に納めながらそう言った。これで一つ目の仕事は終わりだ。

「よし。じゃあ次だな……」

俺は立ち上がり、納品箱の前へと歩み寄った。箱の蓋を開けると、底の方に分厚い布に包まれた「それ」が鎮座している。

両手で抱え上げると、大きさの割にかなり重い。 作業台の上に置き、昨日ニルダが結んだ布の端に指をかけた。

静かに結び目を解き、布を左右に開く。昨日隙間から見えた金属の塊が、ついにその全容を露わにした。

「これは……」

俺は手近にあった乾いたぼろ布を手に取り、金属の表面にこびりついた土や煤のような汚れをゆっくりと拭き取っていった。

汚れが落ちるにつれ、隠れていた金属肌が現れる。

俺は手袋を外し、素手でその表面に触れた。鉄のような冷たさだが、手打ちの鍛造品特有の僅かな凹凸や、ハンマーの跡が一切ない、極めて滑らかな手触りだ。

「削り出しかな。いや、そうとは限らんか」

俺は独りごちた。鋳造であれば独特の表面になる。いわゆる鋳肌と言われるものである。形自体は鍛造なり鋳造なりとして、確実にその後削って滑らかにしているはずだ。

この手触りと見た目だと、ヤスリではなく旋盤のようなものを使ったように思える。

指先を滑らせていくと、昨日見えた「完璧な正六角形のナット」に行き当たる。

ネジ部分はさておき、頭がここまで正確に六角なのはかえって違和感がある。それが一つだけでなく、等間隔に配置され、二つの分厚い金属部品を強固に繋ぎ合わせていた。

さらに側面を指でなぞると、細かい溝が何層にも重なっている部分があった。これもまた、ノギスで測ったかのように隙間の幅が均一だ。

そして正面には、何かの管を接続するためと思しき、完璧な真円の開口部がぽっかりと口を開けていた。

前の世界の知識で、それらが何であるのかを推測していく。 放熱のためのフィン。圧力を逃がさないためのボルト留め。流体を通すための円形ポート。

エンジンではという推測が俺の頭をよぎった。

継ぎ目の部分を爪でカリカリと引っ掻いてみると、金属ではない、劣化したゴムか樹脂のようなものがポロポロと崩れ落ちた。パッキン、あるいはガスケットと言われるものも使われているらしい。

この世界で、こんなものをゼロから設計し、しかもこの精度で工作できる技術は、今のところ存在しない。

間違いなく、俺と同じような現代の知識を持ち、そしてそれを形にできるほどの〝チート〟を持った者が作ったのだと思えた。

「不思議な形をしていますね」

いつの間にか小物の作業に区切りをつけたのか、リケが隣からひょっこりと顔を出して遺物を覗き込んでいた。

「ああ。俺もこんな作りのものは、初めて見る」

俺はそう言ったが、嘘ではない。この世界に来てから、こんな完全な工業製品を見たのは初めてだ。

リケは小首を傾げながら、遺物の周囲をぐるぐると観察している。

「これ、何に使うものなんでしょう? 剣や鎧の部品じゃないですよね。馬車の車輪の軸受けとも違いますし……。でも、すごく丁寧に作られているのは分かります」

「そうだな。ただ、これをどうやって作ったのかが問題だ。俺たちの知る鍛冶のやり方じゃ無理だと思うんだよな」

リケの言う通り、丁寧といえば丁寧だ。だが、そこには職人の手触りや温もりのようなものは一切感じられない。

もしかすると熱を発するようになるのかも知れないそれは、今のところ冷たいまま静かに眠り続けていた。