作品タイトル不明
帝国に入る
翌朝、気持ちよく起床すると、外はまだ夜が完全には去っておらず、じわりと朝が近づき始めているようだった。
俺は手早く準備を済ませる。もちろん、この時間に起きても湖へと水汲みに行くことはない。
それが違和感と寂しさを俺にもたらしていた。
2人が起きてくるまでは下で待てば良いかと、準備を済ませて降りてみると、既に2人が待っていた。
「すみません、お待たせしましたか?」
「いえ、我々もさっき降りてきたところなので」
アネットさんが朗らかな笑顔で言った。カテリナさんは昨晩本人が宣言していたとおり、あまり朝が得意ではないようで、やや目を閉じているような気もする。
そのカテリナさんが間延びした口調で言った。
「鍛冶屋さんって本当に朝早いんですねえ」
「ええ、まあ。なんだかんだと準備が必要ですし」
娘たちとの朝の水汲み、家族の朝食の準備。俺自身の朝の準備。
そして、鍛冶場を仕事ができる状態にまで整えていくこと。これらを全てこなすには、それなりに時間がかかる。夕方までにそれなりの作業時間を確保しようと思うと、どのみち朝は早くなければいけないのだ。
「朝食の準備はしてもらってます。すぐに来るかと」
アネットさんがそれを言い終わるか終わらないかくらいで、宿の人が食事を持ってきてくれた。
柔らかくないパンに、ちょっとしたスープ。馴染みのあるメニューだが、だからこそだろう、俺が用意したものでない、と言うところにもなんだか違和感を覚えてしまう。
「しっかり食べないと駄目ですね」
俺は少しばかりのホームシックを抑えてそう言った。
手早く朝食を済ませる頃には馬も出立の準備を済ませており、早々に出立する。
馬もしっかり休み、補給したらしく、昨日頑張って歩いてくれた割にはかなり元気である。
「よしよし、それじゃ行くよ」
優しい声でそう言ったカテリナさんに、馬は、
「ブルルルル」
と控えめにその気合いを表明してから、少し白み始めた空の下、ゆっくりと歩みを進めた。
馬車は街道を帝国に向けてひた走る。走る、と言っても急がせればその分休憩が増え、移動距離としては短くなってしまうので、早足かな? くらいの速度だ。
草原の向こうから朝日が昇る。なかなかの風景で、これはこれで家族と一緒に見たいものだなと思う。
そろそろ皆起きてきた頃だろう。アンネを除いて。俺は再び忍び寄ってきた郷愁のようなものを振り払うように頭を小さく振って、ぐるりと周囲を見やった。
道中は特に何事もなかった。一度くらいは気まぐれな野盗の襲撃があるかと思ったが、そういうこともなく、移動と休憩を繰り返して次の町で宿泊する。
時折、森と言うには少し木が少ないが、ある程度なら魔力がありそうなところ、つまり、うちの家族が立ち寄るのに良さそうなところもいくつか見かけ、記憶していく。
そして数日が経った。あまり木が多くなく、高さもさほどではなさそうな山がチラホラと見え、あの辺りも立ち寄れそうだなと考えていると、
「そろそろ帝国に入ります」
アネットさんがそう俺たちに宣言した。
俺は行く先に目を凝らす。まだ関所は見えない。あそこの衛兵が俺の顔を覚えているとは思えないが、もし覚えていたら少し面倒かも知れない。
あそこをこちらに抜けるとき、俺とヘレンは夫婦だということになっていた。それが王国から帝国へ行くときには別の女性を2人も連れているのである。
どう考えても説明が面倒になりそうな気配しかない。
そう考えているうちに、遠くに関所が見えて来た。物見櫓のようなものがあり、そこに衛兵が立っている。俺たちの接近には既に気がついているに違いない。
確か、近くに馬も留めていたので、何かすればそれで追ってくるだろう。俺たちには何かをする気はないのだが。
関所は少しずつ大きさを増していき、向こうが大声を張り上げれば誰何の声が届きそうだなと思っていると、関所から2つほどの影がこちらに向かってやってきた。